第48話 初めてのキスくらい、ちゃんとしたい
恋人になって三日。
思っていたより、何も変わらない。
朝。
「起きろ」
「あと五分」
「昨日も言った」
「毎日必要なんです、五分」
「意味が分からない」
朝食。
「葉も食え」
「芋食べてる」
「それは葉じゃない」
「分類細かいな」
仕事。
「エリオットと昼行ってきます」
「……何時に戻る」
以前なら「駄目だ」と言っただろう。
俺はちょっと笑った。
「一時」
「分かった」
「成長した」
「うるさい」
変わっている。
少しずつ。
一番困るのは夜だった。
同じ寝室。
同じベッド。
事件中は疲れすぎて考える余裕がなかった。
今はある。
肩が触れるだけで意識する。
隣で寝返りを打たれるだけで、呼吸が近い。
「カイ」
「何だ」
「近くない?」
「前からこの距離だ」
「恋人になる前は気にしてなかった」
「今は?」
「……気になる」
暗闇で沈黙。
カイの手が俺の頬へ伸びかけ、途中で止まった。
「触っていいか」
胸が跳ねる。
「ああ」
指先が頬へ触れる。
戦う時はあれだけ迷いのない手が、今は驚くほど慎重だった。
「キス、まだですね」
俺が言う。
「そうだな」
「したくない?」
「したい」
声が低い。
今までと違う。
冗談で流せない音だった。
「じゃあ、何でしないの」
「お前が、したいのか分からなかった」
身体の奥が熱くなる。
「したい」
今度はちゃんと言った。
カイが息を止める。
「もう一度」
「聞こえたでしょう」
「聞きたい」
「性格悪い」
「今は否定しない」
俺は笑って、少しだけ近づいた。
「キスしたい」
カイの親指が頬骨をなぞる。
それだけで背中がぞくりとした。
「ノア」
「何」
「途中で嫌になったら言え」
「分かってる」
唇が触れる。
最初は軽い。
離れたあと、互いの呼吸だけが近い。
「……終わり?」
言ってから恥ずかしくなる。
カイの目が細くなった。
「不満か」
「そういうわけじゃ」
「なら確認する」
「何を」
もう一度唇が重なった。
今度は長い。
頬にあった手が首の後ろへ回る。
近い。
体温がはっきり分かる。
カイが少し角度を変える。
「ん……」
自分の声にびっくりして、肩が跳ねた。
すぐ離れる。
「止める?」
低く聞かれる。
俺は首を横に振った。
「止めない」
その返事のあと、三度目は俺から近づいた。
唇が触れる。
胸の銀赤の糸が眩しい。
でも今日は見ない。
目を閉じる。
糸より、相手の呼吸を覚えたかった。
少しして離れる。
額が触れたまま、どちらも喋らない。
「……これ」
俺がやっと言う。
「何だ」
「思ったより恥ずかしい」
「俺もだ」
「嘘」
「本当だ」
「顔全然変わってない」
「心臓は速い」
「触っていい?」
「ああ」
胸へ手を置く。
本当に速い。
「……ちょっと安心した」
「何が」
「俺だけじゃない」
カイが俺の手の上から手を重ねる。
「お前だけなわけないだろう」
その言葉の方が、キスより効いた。
その夜は、それ以上進まなかった。
寝台へ入ってからも唇が熱くて、俺は何度か寝返りを打った。
隣から低い声がした。
「寝ろ」
「誰のせいだと思ってるんですか」




