第44話 最後に確認する
礼拝堂前の前室。
騎士たちは無言で装備を確認していた。
剣を抜く音。
革紐を締める音。
教授が触媒石を並べる音。
誰も大声を出さない。
怖い時、人は案外静かになる。
俺は壁際で手袋を締め直した。
指が少し震えている。
「ノア」
カイが来る。
「何」
「最後に確認する」
「縁起悪い言い方」
「違う」
灰色の目がまっすぐ俺を見る。
「帰りたいなら、今でも帰れる」
「帰らない」
「怖いなら言え」
「怖い」
今日は誤魔化さない。
「手が震えてる」
「ああ」
「逃げたい気もする」
「ああ」
「でも行く」
「分かった」
「そっちは?」
カイが一瞬だけ黙る。
「怖い」
「何が」
「全部だ」
初めて聞く答えだった。
「王都を失うこと。部下を失うこと。お前を失うこと。自分が判断を誤ること」
「最強でも?」
「強いことと、怖くないことは違う」
俺が言われた言葉を返された。
「覚えてたんだ」
「お前が言ったことは大体覚えている」
「重い」
「今それを言うか」
少し笑う。
緊張がほどける。
「カイ」
「何だ」
「俺、途中で無理だと思ったら言う」
「ああ」
「そっちも言って」
「分かった」
「勝手に庇って死ぬの禁止」
「お前もだ」
「約束」
「ああ」
俺は手を出す。
カイが握る。
長くは握らない。
一呼吸分だけ。
離す。
「行こう」
「ああ」
その時、奥で最初の予備鐘が鳴った。
礼拝堂の扉が内側からゆっくり開く。
黒い糸が、冷たい風のように前室へ流れ込んできた。
俺たちは同時に前を向いた。
エリオットが剣を抜きながら近づいてくる。
「配置、最終確認です。俺たち六人は側面の術者を抑える。教授は後方。ノアは核。閣下は――」
「ノアと核までの道を開ける」
「はい」
俺は口を挟む。
「カイがエドガーに捕まったら?」
「俺たちが引き剥がします」
「俺が倒れたら?」
エリオットが一瞬黙った。
「撤退判断は教授。閣下じゃありません」
「なぜ俺ではない」
「あなたはノア絡みだと判断が狂う可能性があるので」
「……」
「反論ないんだ」
「合理的だ」
教授が鼻を鳴らした。
「よし。誰か一人の英雄譚にするな。全員で帰るぞ」
騎士たちが頷く。
俺も息を吸う。
怖い。
でも一人じゃない。
扉の向こうで、鐘の駆動音が始まった。




