第42話 誰かを選ぶということ
旧王都へ向かう街道には、避難する人々の列が続いていた。
親が子供の手を引く。
恋人同士が一つの荷を持つ。
老人を背負う若者。
喧嘩しながら歩く夫婦。
糸だらけだった。
真っ直ぐなものは少ない。
絡まって、擦れて、細くなって、それでもどこかへ続いている。
「綺麗か」
カイが聞く。
「ぐちゃぐちゃ」
「そうか」
「でも、それがいい」
「見えない俺には分からない」
「見えなくても同じですよ」
「何が」
「人間関係なんて、だいたいぐちゃぐちゃ」
「お前と俺も?」
「特に」
「ひどいな」
「喧嘩したし、勝手に心配するし、俺は逃げるし、そっちは追うし」
「お前が逃げなければいい」
「そういうところ」
少し笑う。
避難列の端で、少年が父親に怒鳴っていた。
「俺は戻る! 母さん一人じゃ無理だ!」
父親も怒鳴り返す。
「だから俺が行く! お前は妹を連れて行け!」
二人の糸は激しく揺れている。
怒っているのに、切れない。
「選ぶって、綺麗じゃないね」
「何が」
「誰かを選んだら、別の誰かを選べない時もある」
「ああ」
「それでも選ぶ」
俺はカイを見る。
「俺、あんたとの糸は切りたくない」
カイが足を止めた。
「今の、返事か」
「違う」
「違うのか」
「事件終わってからって約束でしょう」
「頑固だな」
「予約を守ってるだけ」
カイが笑った。
これから死ぬかもしれない日に、二人でそんな話をしている。
でも不思議と、それが怖さを小さくした。
遠くで旧王都の尖塔が見えた。
残り四時間。
街道を外れる直前、避難列の少女が俺の袖を引いた。
「お兄ちゃん、これ切れそう」
何のことかと思ったら、母親と喧嘩して飛び出してきたらしい。
糸は切れていない。
ただ、細く揺れている。
「大丈夫。切れてないよ」
「見えるの?」
「少しだけ」
「直せる?」
俺は首を振った。
「これは君たちが直すやつ」
少女が不安そうにする。
「謝るとか、話すとか。俺よりそっちの方が効く」
母親が遠くから少女の名前を呼んだ。
少女は一瞬迷い、走って戻る。
糸が少し太くなった。
カイが横で見ている。
「何」
「お前、何でも結ぶわけじゃないんだな」
「当たり前でしょう」
「そうか」
「人の縁まで俺が全部決めたら、エドガーと同じになる」
俺は手を引っ込めた。
見える糸はそこにある。けれど触らない。
答えを待つための距離を、初めて自分で作れた。




