第40話 前夜
期限前夜。
王都の鐘楼はすべて封鎖された。
それでも十三鐘の術式は地下の人工鐘で起動するらしい。
街は早く眠った。
公爵邸も静かだった。
俺は眠れない。
カイも眠っていない。
「怖い?」
暗闇で聞く。
「ああ」
少し驚いた。
「何が」
「お前を失うこと」
「王都じゃなく?」
「それも怖い」
「順番」
「嘘をつく必要はない」
「正直すぎ」
俺は笑って、それから真面目になる。
「俺も怖い」
「何が」
「あんたが死ぬの」
「死なない」
「俺も」
「約束した」
「ああ」
しばらく、時計の音だけがする。
「ノア」
「起きてるよ」
「明日が終わったら」
「分かってる」
「返事を」
「忘れない」
「絶対?」
「立場逆になってない?」
俺は手を伸ばす。
カイも探るように握る。
「絶対」
握ったまま、俺はもう一つ言った。
「明日、俺が『止めて』って言ったら止まって」
「ああ」
「そっちも言って」
「俺も?」
「二人で結ぶ術、片方が無理したら意味ないから」
「分かった」
「約束」
「ああ」
「あと」
「まだあるのか」
「明日も、おはようって言おう」
間があった。
「……ああ。必ず」
その返事を聞いて、ようやく目を閉じた。
眠りに落ちる直前、手はまだ繋がっていた。
枕元には、明日の装備を一式並べてある。
俺は念のため、小さな紙へ三行だけ書いた。
『家は売らないこと。
ミラに借りている本を返すこと。
カイに野菜を食わせること。』
書き終えて、自分で嫌になって紙を丸める。
「何を書いた」
「見ないで」
「遺書か」
図星で黙る。
カイが起き上がり、丸めた紙を取った。
「返して」
読まずに、燭台の火へ入れた。
「何するの」
「明日帰ると言った」
「保険くらい」
「要らない」
「横暴」
「帰ってから書け」
「帰ってから遺書書く意味ないでしょう」
思わず笑った。
紙は燃えて灰になった。
不思議と、それで眠れた。
消灯したあと、暗闇の中で衣擦れがした。
「まだ起きてる?」
「今寝ようとしていた」
「一個だけ確認」
俺は手首の革紐を持ち上げる。
「明日、これが切れたら?」
「声を使え」
「聞こえなかったら?」
「お前の位置まで行く」
「作戦として雑」
「なら生きて文句を言え」
ベッドの上で身体を向ける。暗くて輪郭しか見えない。
数時間後には、この身体が血まみれになる可能性がある。そう考えた途端、触れたい衝動が喉まで上がった。
でも俺は手を伸ばさなかった。
「カイ」
「聞いてる」
「帰ってきたら、俺から触る」
沈黙。
「……覚えておく」
声が少し低かった。
それで十分だった。
生きて帰る理由が、また一つ具体的になった。




