第39話 最後の買い物
残り二日。
薬、包帯、魔力灯、非常食。
警護局の倉庫は埋まっていたが、俺個人の装備は自分で確認したかった。
「最後の買い物みたいで嫌ですね」
「最後にするな」
「そういう意味じゃない」
「分かっている」
市場は避難準備で慌ただしい。
薬屋で包帯を十巻買う。
「多くない?」
「お前が怪我する」
「俺前提?」
「俺も使う」
「じゃあ二十巻」
「増やすな」
店主が俺たちを交互に見て笑った。
「ご夫婦で遠征ですか?」
俺が口を開く前に、カイが答えた。
「まだ違う」
俺は固まった。
店主も固まった。
「……まだ?」
「カイ」
「何だ」
「その言い方」
「間違っているか」
「間違っては……いや、間違ってる!」
店主が楽しそうに袋を渡してくる。
「頑張ってね、お兄さん」
「何をですか!」
外へ出てから、俺はしばらく文句を言った。
「予約済みだろう」
「告白の予約を法的事実みたいに扱うな」
帰り道、祭りで買った屋台がまだ出ていた。
焼き林檎を一つ。
今度は何も言わず、自然に半分ずつ食べた。
「最初、これで変なことしましたね」
「何が」
「俺の齧ったところ食べた」
「覚えてない」
「嘘」
「証拠は」
「顔」
カイがほんの少し笑った。
買い物袋は重い。
未来の話はまだ怖い。
でも、二日後も一緒に市場を歩きたいと思った。
それだけは、もう迷わなかった。
市場の出口で、小さな革紐を二本買った。
「何に使う」
「手首」
「飾りか」
「違う。触媒石を固定する予備」
一つをカイへ渡す。
「そっちも」
「俺も?」
「戦闘中、銀赤の糸を共鳴させる時に直接手を握れるとは限らない。これに触媒を仕込めば接点になる」
カイは革紐を見てから、自分で手首へ巻いた。
「似合わない」
「お前が渡したんだろう」
「最強公爵に市場の三銅貨」
「値段は関係ない」
妙に真面目に言う。
俺も自分の手首へ巻いた。
恋人の印じゃない。
戦うための道具だ。
それなのに、同じものが二つ並ぶのを見て少し嬉しかった。
警護局へ戻る途中、訓練場から声が飛んだ。
「団長、共鳴具を使うなら実地で確認を!」
若い騎士三人が木剣を構えている。
カイが俺を見る。
「五分だけだ」
「俺も?」
「お前が使う道具だ」
俺は訓練場の端に立った。開始の合図と同時に三人が散る。
カイは一人目の突きを半歩で外し、柄頭を胸へ当てる。二人目の横薙ぎを刃の根元で受け、その反動のまま身体を入れ替えた。三人目が死角へ回る。
俺には見えた。攻撃の意思が、細い赤黒の残滓になって先に動く。
「左後ろ、低い!」
カイは振り返らない。俺の声だけで剣を逆手にし、背後から来た木剣を止めた。
三人が同時に距離を取る。
「今の、見えたのか」
「人の糸じゃない。選ぶ直前の“向き”みたいなのが一瞬だけ」
若い騎士が再び踏み込む。
「右二歩」
カイが動く。
俺が見る。彼が斬る。
最後は三本の木剣がほぼ同時に地面へ落ちた。
静かになった訓練場で、カイが自分の手首を見る。三銅貨の革紐が淡く熱を持っていた。
「使える」
「安物なのにね」
「お前が選んだ」
それだけで価値が決まるように言う。
俺は視線を逸らした。
でも同時に分かった。
明日の俺は、カイの後ろで守られているだけじゃない。
彼の剣が届かない一瞬を、俺が見つけられる。




