第38話 王様は全部知っている
残り三日、夕方。
国王に呼ばれた。
謁見室ではなく、小さな書斎だった。
「君がノアか」
「前にも会ってます」
「そうだったな」
「忘れた?」
冗談半分で聞いた。
国王は笑わなかった。
「昔は、カイのことを何度も忘れた」
横のカイが黙る。
「朝になると、甥がいたことだけ抜けている日があった。日記に書いた。『カイを忘れるな。お前はあの子を愛している』と」
胸が痛くなる。
「今は?」
「以前より鮮明だ」
「完全じゃない?」
「十九歳より前の顔は、まだ霞む」
カイの命糸が消えたことで、彼と繋がった人間の記憶も薄れた。
それでも国王は文字に残して抵抗した。
「核を壊せば戻るかもしれません」
「戻らなくてもいい」
「え」
「今のカイをまた知ればいい」
国王はカイを見る。
「記憶が縁のすべてではないと、君たちを見て思った」
カイの顔が少しだけ緩む。
「叔父上」
「何だ」
「昔から説教が長い」
「それを覚えているなら十分だ」
初めて、二人が家族らしく見えた。
帰り際、国王がカイだけを呼び止める。
廊下で待つこと十分。
「何の話?」
「お前のこと」
「何で」
「大事にしろと言われた」
「王命?」
「ああ」
「じゃあ逆らうと反逆罪?」
「そうなるな」
「重すぎる」
カイがこちらを見る。
「命令がなくてもする」
「……今日はそういう日?」
「何が」
「こっちを困らせること言う日」
「事実だ」
やっぱり強い。
でも、以前ほど逃げたくはならなかった。
廊下を出る前、国王が一冊の古い手帳を俺に渡した。
「これは?」
「灰月事件のあとにつけていた日記だ」
開く。
同じ人物について、短い記録が何度も書かれていた。
『カイは雨の日に珈琲を飲まない』
『剣を磨く時は一人にしてやれ』
『十一歳の時、王宮の池に落ちた。本人は否定する』
「叔父上」
カイの声が低くなる。
「最後のは必要ない」
「忘れたくなかったのでな」
国王は笑った。
俺も笑った。
でも次の頁で、胸が詰まる。
『今日、顔が思い出せなかった。それでも私はこの子を大切に思っていたはずだ』
記憶が薄れても、残ろうとしたものがある。
俺は手帳を閉じ、カイへ差し出した。
「持ってて」
「なぜ」
「取り戻してから読めばいい」
カイはしばらく表紙を見ていた。
「……分かった」
その声は、普段よりずっと小さかった。




