第37話 俺が帰る場所
残り三日。
朝、修理業者から連絡が来た。
俺の家の修復が終わったらしい。
「帰れる」
何気なく言っただけなのに、カイの手が止まった。
「何」
「別に」
「顔」
「出てない」
「俺には出てる」
言い返して、二人とも少し黙る。
午後、家を見に行った。
王都東区の端。
小さな二階建て。
台所と居間と寝室が一つずつ。
公爵邸に慣れたせいで、前よりずっと狭く見える。
「ここ住んでたんだ」
「ああ」
カイが台所の棚を開ける。
「勝手に見るな」
「何もない」
「壊れた時に片づけたから」
寝室へ行く。
ベッドは一人用。
「狭い」
「一人だから」
言ってから、カイがベッドを見ていることに気づく。
「何その顔」
「狭いと思っただけだ」
「絶対それだけじゃない」
「俺の屋敷の方が広い」
「張り合うところそこ?」
窓を開ける。
昔の匂いがする。
ここは俺の家だ。
でも、妙に静かだった。
食卓にカイはいない。
朝に起こされない。
野菜を食えと言われない。
それを想像しただけで、少し空っぽに見えた。
「今日、ここに泊まるか」
カイが聞く。
「うーん」
「無理に戻らなくていい」
言葉とは逆に、目が全然そう言っていない。
「今日は屋敷に戻る」
「……そうか」
戻る。
口から自然に出た。
俺もカイも気づいた。
あの大きな屋敷は、いつの間にか「行く場所」じゃなくなっていた。
「事件終わったら、この家どうするか考える」
「ああ」
「勝手に買わないでくださいね」
「まだ何も言ってない」
「顔が言ってる」
「そんなに分かりやすいか」
「俺にだけ」
今度は俺が、その言葉を使った。
カイが少し笑った。
玄関を出るところで、向かいの家の老婆に呼び止められた。
「ノアちゃん!」
「ちゃんはやめてって何年も言ってるでしょう」
「十四の頃から変わらないもの」
老婆はカイを見上げる。
「この人が、最近一緒にいるっていう?」
「誰から聞いたの」
「町内は王宮より情報が早いよ」
カイが真顔で会釈した。
「カイ・ヴァルクハイトです」
「まあ。ちゃんとした人ね」
「どこ見て判断した?」
「ノアちゃんが帰ってくる顔してるから」
俺は言葉を失った。
老婆はそれ以上何も言わず、修理祝いだと小さなパンを二つ押しつけてきた。
帰り道、カイが一つ持つ。
「帰ってくる顔って何だ」
「俺も知らない」
「でも、戻るんだろう」
「今日はね」
今日は。
その言葉の先を、二人とも急いで決めなかった。




