第36話 もし明日死ぬなら
残り四日。
夜になっても眠れなかった。
横を見る。
カイも目を開けている。
「起きてる?」
「ああ」
「もし明日死ぬなら、何したい?」
「縁起でもない」
「仮定」
「お前を安全な場所へ送る」
「つまらない答え」
「現実的だ」
「最後の日に現実的な人、嫌だな」
「お前は」
「肉食べる」
「最後までそれか」
「あと酒。昼から」
「弱いだろう」
「一杯でいい」
「他は」
暗闇の中、天井を見る。
「好きな人に好きって言う」
空気が止まった。
「いるのか」
「かもしれない」
「誰だ」
「教えない」
「……ノア」
「何」
「俺以外なら困る」
「何で」
「……かなり困る」
以前なら「殺したくなる」と言ったかもしれない。
今は言い直した。
その変化に気づいて、少し笑う。
「成長したね」
「何が」
「自分で考えて」
「馬鹿にしてるのか」
「少し」
静かになる。
「カイ」
「聞こえてる」
「明日じゃなくても、死なないでね」
「お前も」
「約束」
「ああ」
暗闇で手を伸ばす。
指先が触れた。
カイの手が探るように俺の手を包む。
「もう一個ある」
「何が」
「死ぬ前にしたいこと」
「何だ」
言いかけてやめた。
「事件終わったら言う」
「また予約か」
「そっちが始めた制度でしょう」
カイが小さく笑った。
本当は、キスしてみたいと思った。
唇だけじゃない。近づいた時に感じる体温も、剣を振ったあとの荒い呼吸も、眠る時に無防備になる横顔も、最近は必要以上に目に入る。
自分がこの男を“好きかもしれない”だけじゃなく、触れたいと思っていることも、もう誤魔化しにくかった。
それでも「死ぬ前に」じゃなくて、「生きたあと」にしたかった。
恐怖の勢いで奪う一回ではなく、その先がある前提で。
だから今はまだ、言葉にしない。
しばらくして、カイの呼吸が少しゆっくりになった。
「寝た?」
「起きている」
「じゃあもう一個」
「多いな」
「事件終わったら、何したい?」
今度は死ぬ前じゃない。生きたあとの話。
カイは少し考えた。
「朝、起こす」
「それ今もやってる」
「飯を食う」
「それも」
「仕事へ行く」
「地味」
「帰る」
そこで声が止まる。
「お前がいるところへ」
暗闇で顔が熱くなった。
「……やっぱり今日ちょっと強いな」
「何が」
「何でもない」
「帰ったら、朝飯どうする?」
俺が聞くと、カイは少し考えた。
「卵」
「また?」
「嫌か」
明日の話ができた。それだけで、今夜は十分だった。




