第34話 告白の予約
その夜、カイは執務室で報告書を書いていた。
俺は向かいの長椅子で古文書を読んでいる。
同じ部屋にいるだけ。
会話は少ない。
でも最近、こういう時間が増えた。
「ノア」
「何」
「事件が終わったら」
「うん」
「返事をくれ」
視線を本から上げる。
「何の?」
カイが露骨に嫌そうな顔をした。
「好きだと言った」
「覚えてますよ」
「なら聞き返すな」
「急かさないって言ったでしょう」
「急かしていない」
「予約?」
「ああ」
「告白に予約制度作る人、初めて見た」
「今見たな」
「得意げに言うな」
笑った。
でも、その笑いの奥で少し怖かった。
事件が終わる。
それは、答えを出す日が来るということでもある。
「カイ」
「何だ」
「もし俺が違うって言ったら?」
ペン先が止まった。
「受け入れる」
「本当に?」
「ああ」
「屋敷から出してくれる?」
「……」
「そこ黙る?」
「出す」
少し遅かった。
「でも、しばらく機嫌は悪い」
「正直」
「お前に嘘をつく意味がない」
そう言ってから、カイは机越しに手を差し出した。
「今は、触っていいか」
「どこ」
「手」
「そこまで聞く?」
「聞く」
この前の喧嘩以来、彼は本当に一度止まるようになった。
俺は本を閉じて手を乗せる。
指が絡む。
ただ握るより少し親密だった。
カイの親指が、俺の指の付け根を一度だけなぞる。偶然かと思ったのに、二度目は明らかに意図的だった。
「これ、手繋ぐだけ?」
「今は」
その二文字で心臓が跳ねる。
「意外と我慢強い」
「強くない」
カイの視線が一瞬、俺の口元へ落ちた。
見間違いじゃない。
この人も同じことを考えている。そう分かった途端、指先から首まで熱が上がった。
「じゃあ何で我慢してるの」
「お前がまだ答えを出していないからだ」
「……律儀」
「嫌なのか」
「逆」
言ったあと、逃げたくなるくらい恥ずかしい。
カイは追わなかった。ただ繋いだ手だけを少し強くする。
「限界はある」
「それ、今言う?」
「聞いたのはお前だ」
「もし俺が嫌って言ったら」
「止まる」
迷いのない返事だった。
俺はその言葉に、しばらく何も返せなかった。
「……知ってる」
だから怖くない。
自分の返事がまだ決まっていないのに、この人の隣が安全だと思える。
それがもう、半分くらい答えのような気もした。
カイが俺の指を一度だけ強く握る。
「五日後」
「うん」
「逃げるな」
「逃げません」
「約束だ」
「予約の次は約束?」
「必要だ」
「重いなあ」
でも、その重さを今日は笑って受け取れた。




