第32話 結糸者の代償
古文書の一節を教授が三度読み直した。
結果は変わらなかった。
『結糸者、他者の縁を繋ぐたび、自らの命脈を削る』
「今まで何本繋いだ」
「数えてない」
「ノア」
「仕事で細い補修なら何度か。完全に切れた糸を戻したのは、この前が初めて」
「自分の命糸を使ったのは」
「二回」
カイが椅子から立ち上がった。
「二度と使うな」
「分かってる」
「本当に?」
「約束したでしょう」
「お前は必要になれば破る」
図星だった。
「……目の前で誰か死にそうなら」
「お前が死んでもいいのか」
「そうじゃない」
「なら他の方法を探す」
カイの声が強い。
教授が机を叩いた。
「喧嘩はあとじゃ。続きがある」
古文書の次頁。
『対を得た結糸者は、命脈を分担しうる』
「分担?」
「補助となる命糸があれば、ノア一人の命を削らずに済む可能性がある」
「銀赤の糸?」
「おそらくな」
カイが即答する。
「やる」
「まだ実験段階じゃ」
「やる」
「俺にも聞いて」
カイがこっちを見る。
「どうしたい」
一瞬、驚いた。
前なら決めていただろう。
この前の喧嘩を覚えている。
「……やりたい」
「理由は」
「一人で命削るのは嫌。でも二人でやるなら、ちゃんと制御できるかもしれない」
「ああ」
「ただし、そっちの命も勝手に使わない」
「分かった」
教授が頷く。
「では練習じゃ。ただし一本だけ。切れかけた植物の縁で試す」
「植物にも糸あるんです?」
「人ほど複雑ではない」
温室へ移動する。
枯れかけた蔓。
根と茎の間に、白く細い糸がある。
「手を繋げ」
「普通に?」
「普通以外にどう繋ぐ」
カイの手を取る。
銀赤の糸が熱を持つ。
「ノア、自分の胸じゃなく、二人の間の糸から力を引け」
意識を集中する。
今までの結糸は、胸の奥から糸を引き抜く感覚だった。
今回は違う。
カイの呼吸。
俺の脈。
その間で一本の線が太くなる。
「今」
白い糸へ触れる。
切れ目が塞がった。
蔓の先がほんの少し持ち上がる。
俺は息を呑んだ。
「痛くない」
カイが俺の顔を見る。
「本当に?」
「うん」
教授が記録紙へ走り書きする。
「成功じゃ」
カイの手はまだ離れない。
「もう終わったよ」
「分かっている」
「じゃあ」
「少しだけこのままでいい」
以前なら勝手に握っていた男が、今日は言葉にした。
「……いいよ」
俺も握り返した。
能力の成功より、その変化の方が少し嬉しかった。




