第31話 古文書庫で二人きり
残り六日。
王立古文書庫の地下は、埃と乾いた革の匂いがした。
「くしゃみ出そう」
「資料に唾を飛ばすな」
「命令で止められるものじゃない」
教団の前身組織について、三百年前まで遡って調べる。
三時間。
「飽きた」
「まだ三棚ある」
「人は休まないと死ぬ」
「お前はすぐ極論にするな」
結局、十分休憩。
床へ座ると、カイも隣に座った。
「公爵が床座るんだ」
「疲れた」
「人間だった」
「何だと思ってる」
「最強兵器」
「……お前、本当に俺を何だと思っている」
肩が触れる。
静かになる。
外では国が動いている。
あと六日で何が起きるか分からない。
だからか、余計なことを聞きたくなった。
「カイ」
「聞いてる」
「好きって、いつ分かった?」
「急だな」
「休憩中だから」
カイは少し考えた。
「お前がいない時」
「攫われた時?」
「もっと前だ」
「いつ」
「警護局で別の部屋にいた時」
「数時間じゃん」
「ああ」
「重い」
「今さらだ」
「俺はまだ分からない」
「急がなくていい」
「本当に?」
「ああ」
「キスしたくない?」
口から出て、自分で固まった。
カイがこちらを見る。
灰色の目が、戦場の時とは全然違う。
「したい」
低く、迷いがない。
喉が鳴るのが自分でも分かった。肩が触れているだけなのに、急にそこだけ熱い。剣を握るために硬くなった指、首筋に残る薄い古傷、制服の襟から覗く皮膚まで、今まで“護衛の身体”として見ていたものが別の意味を持ち始める。
俺は視線を本へ落とした。文字が一行も入ってこない。
「……そんな真顔で言わないで」
「嘘をつく方がいいか」
「それは嫌」
カイの手が床につく。俺の指から拳一つ分だけ離れた場所。触れない。
その距離の方が、下手に触られるより意識する。
「でも待てる?」
「待つ」
「どこまで?」
「お前が自分で近づくまで」
胸が熱くなる。
誤魔化すように背中を壁へ預けた瞬間、硬いものが当たった。
「痛っ」
古文書が一冊、棚と壁の隙間に落ちている。
引き抜く。
表紙に、断糸教団の古い紋章。
「……見つけた」
カイが本を見る。
「キスより先にか」
「何その言い方」
「少し残念だ」
「そういうこと普通に言うようになったね」
笑いながら本を開く。
次の瞬間、笑いは消えた。
そこには「結糸者」という言葉と、その代償が記されていた。




