第30話 好きな人の弱点
残り七日。
警護局はほぼ泊まり込みになった。
「カイの弱点って何です?」
地図へ印をつけながら、エリオットが突然聞いた。
「雨」
「そういう深刻なのじゃなくて」
「料理」
「それはいいですね」
「あと甘い物そんなに得意じゃない。朝は強い。酒も強い。方向感覚もいい」
そこまで言って、エリオットがにやついていることに気づいた。
「何」
「詳しいなと思って」
「一緒に住んでるから」
「好きなんですね」
「……まだ決めてない」
「じゃあ何で耳赤いんです?」
「暑い」
「地下室ですよ」
「うるさい」
夜、屋敷へ戻ると、カイが報告書を読んでいた。
「お前の弱点なら知っている」
「聞いてた?」
「エリオットが嬉しそうに報告してきた」
「あいつ後で覚えてろ」
「朝が弱い」
「普通」
「寒さに弱い」
「普通」
「空腹だと機嫌が悪い」
「それも普通」
「方向音痴」
「少しだけ」
「嘘が下手」
「それは認める」
「怖い時ほど喋る」
言葉が止まった。
「……それ、いつ気づいた?」
「最初から」
「嫌な観察力」
「あと」
カイが報告書を閉じる。
「自分の命を軽く扱う」
「この前の話またする?」
「責めてない」
静かな声。
「弱点は、直せるものだけじゃない」
俺は少し考える。
「じゃあ、そっちの弱点も一個知ってる」
「何だ」
「俺」
冗談半分。
でもカイは笑わなかった。
「ああ」
即答でもない。
それが妙に重い。
「認めるんだ」
「今さら否定しても、お前には分かるだろう」
「糸で?」
「顔で」
今度は俺が黙った。
好きな人の弱点になる。
嬉しいだけではない。
胸の奥が冷えた。
俺が知ったのと同じ場所を、カイももう知っている。
それでも彼は、手を離さなかった。
その直後、机の上の地図へ黒い点が一つ増えた。
エリオットが扉から顔を出す。
「東鐘楼、また一件。今度は切断じゃなくて、十秒だけ“誰とも繋がっていない”状態になったそうです」
俺は立ち上がる。
カイも同時に外套を取った。
「行く?」
「行く。だが走るな」
「何で」
「さっき昼を抜いただろう」
見抜かれていた。
「俺の弱点、増やさないで」
「自分で増やしている」
渡された携帯食を口に押し込む。
外套を羽織るカイの腕が目の前を横切った。訓練で鍛えた前腕、手袋を締める指。最近、そういうところに視線が止まる自分がいる。
「何を見てる」
「装備」
「嘘だな」
「……急いでるんでしょう」
先に廊下へ出る。
背後で小さく笑われた。
弱点を知られるのは、少し怖い。
でも、同じくらい相手の弱点を知っていることが、今は心強かった。




