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命の糸は、君にだけ繋がっている  作者: YunCang


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第3話 同居初日にベッドが一つしかない

「客室がない?」


「ない」


「公爵邸なのに?」


「改装中だ」


「十二部屋くらいありそうですけど」


「ある」


「じゃあ一個貸してくださいよ」


「全部改装中だ」


「そんな馬鹿な改装あります?」


 ヴァルクハイト公爵邸に来て三十分。


 俺はすでに帰りたい。


 帰る家はさっき燃えたけど。


 カイは廊下を歩きながら振り返りもしない。


「西棟で配管事故があった」


「東棟は?」


「雨漏り」


「南棟」


「使用人区画」


「北棟」


「俺の部屋」


「じゃあ俺、使用人区画でいいです」


「警護できない」


「騎士団長なのに?」


 足が止まった。


 カイが振り返る。


「お前は喧嘩を売るのが趣味か」


「不便な状況を確認してるだけです」


「なら確認は終わった」


 扉を開ける。


 広い寝室だった。


 そして中央に、どう見ても一台しかない大きなベッド。


「……俺、床で寝ます」


「勝手にしろ」


「閣下がベッドなんですね」


「俺の部屋だ」


「一応、客を床で寝かせる罪悪感とか」


「命を狙われている客がうるさい」


「確かに」


 俺は荷物を置いた。


 燃えた家から持ち出せたのは鞄一つ。着替え二枚、財布、仕事道具。それだけだ。


 カイはそれを見た。


「他は」


「燃えました」


「必要なものを書け」


「自分で買います」


「明日も外に出るつもりか」


「仕事ありますし」


「休め」


「嫌です」


「命令だ」


「直属の上司じゃないでしょう」


「今日から直属だ」


「最悪だ」


「何か言ったか」


「人生について」


 カイが眉間を押さえた。


 夕食は驚くほど普通だった。


 パン、肉の煮込み、根菜のスープ。


 もっと銀の蓋とか、名前の分からない鳥とか出てくると思っていた。


「公爵って毎日こういうの食べるんですね」


「何を想像していた」


「孔雀」


「食わない」


「白鳥」


「食わない」


「金箔」


「食べ物ではない」


「まともだ」


「お前は貴族を何だと思っている」


「税金で孔雀を食う人」


 カイがスプーンを置いた。


 怒らせたかと思った。


「……ふ」


「今、笑いました?」


「笑ってない」


「絶対笑いましたよね」


「食え」


「ごまかした」


 食後、俺は資料を広げた。


 十二人の死者。


 全員の糸が死の前後に消失。


 カイの胸にある黒い紋様。


 そして俺たちの間だけにある異常な糸。


「十年前の件、話してください」


「今か」


「今です」


 カイはしばらく黙った。


「王都南部で反乱があった」


「灰月事件」


「ああ。俺は十九だった。追撃中に地下礼拝堂で刺された」


「誰に」


「神官」


「何て名前です?」


「記録にない」


「顔は?」


「覚えていない」


「十九歳で刺してきた人の顔を?」


「忘れたんじゃない」


 灰色の目が細くなる。


「思い出そうとすると、何もない」


 それはオルドたちと同じだ。


「そのあと、人との縁が消え始めた?」


「正確には、他人が俺を忘れやすくなった」


「……どのくらい?」


「昔の部下が、三年会わなければ俺の顔を思い出せない程度」


 軽く言うことじゃない。


「家族は?」


「両親は死んだ。叔父――国王は覚えている」


「強い関係は残る?」


「たぶんな」


 俺は彼を見る。


 糸はない。


 本当に一本も。


「寂しくないんですか」


 口に出してから後悔した。


 カイは少しだけ目を伏せた。


「慣れた」


 その答えが、思ったより嫌だった。


「慣れるもんじゃないでしょう」


「そうか」


「そうです」


「お前はうるさいな」


「よく言われます」


 夜。


 床に毛布を敷いた。


 五分で腰が痛くなった。


「……硬い」


 ベッドから声がする。


「知るか」


「公爵家の床、もう少し柔らかくできません?」


「床に柔らかさを求めるな」


「金持ちなのに」


「関係ない」


 十分。


「寒い」


「黙れ」


「暖炉弱くないです?」


「お前が火を小さくした」


「乾燥するから」


「なら耐えろ」


 さらに五分。


 ベッドが軋んだ。


「来い」


「どこに」


「ベッド」


「嫌です」


「俺も嫌だ」


「じゃあ解決してる」


「明日寝不足で役に立たないほうが困る」


「……そっち側から越境しないでくださいよ」


「お前こそ」


 結局、端と端に寝た。


 大人二人が寝ても十分広い。


 なのに変に意識する。


 背中合わせ。


 暗闇。


「閣下」


「何だ」


「本当に、俺以外との糸が一本もないんです」


「そうか」


「気にならないんですか」


「気になる」


「見えないくせに」


「お前が気にしているからな」


 一瞬、返事ができなかった。


「……寝ます」


「ああ」


 夜中、目を覚ました。


 胸が温かい。


 見ると、銀赤の糸が光っていた。


 カイは眠っている。


 けれど、その手が俺の寝間着の裾を掴んでいた。


 子供みたいに。


 俺はしばらく見てから、そっと手を外そうとした。


 握る力が強くなった。


「……寝てるよな?」


 返事はない。


 仕方なく、そのまま目を閉じた。


 朝。


「昨夜、俺の服掴んでましたよ」


「知らん」


「証拠あります」


「何だ」


「皺」


「弱いな」


「じゃあ今夜観察します」


「床で寝ろ」


「横暴」


 カイはコーヒーを飲んだ。


 耳だけ、少し赤かった。


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