↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/104

第2話 俺はあんたと関わりたくない

 翌朝、俺は王室警護局の応接室で、人生最大級に帰りたかった。


「座れ」


「座ってます」


「なら黙れ」


「何も言ってません」


 カイ・ヴァルクハイトは机の向こうで書類をめくった。


 昨日と同じ黒い制服。襟元まできっちり留めている。朝から隙がない。


 この人、寝起きでもこの顔なんだろうか。


「今、失礼なことを考えただろう」


「顔に出ました?」


「出ている」


 俺は真顔になった。


「で。俺がここに呼ばれた理由は?」


 カイが一枚の紙を滑らせる。


 死亡者一覧だった。


 三か月で十二人。


 役人、騎士、商人、神官。年齢も身分もばらばら。


「共通点は?」


「ない」


「じゃあ事故じゃないですか」


「全員、死ぬ前に人間関係が消えている」


 指が止まった。


「……どういう意味です」


「家族が突然、顔を思い出せなくなった。友人は名前を忘れた。記録から署名だけが抜けた例もある」


 背中が冷える。


「そんな魔術、聞いたことがない」


「だからお前を呼んだ」


「俺、便利屋じゃないんですけど」


「知っている。三等命糸鑑定官だ」


「階級まで調べたんですか」


「仕事だからな」


「趣味だったら怖いですよ」


「安心しろ。興味はない」


 言い方。


 俺は紙をめくった。


 十二人目の名前で手が止まる。


 オルド・ファーレン。


「知っているのか」


「昔、同じ部署にいました」


 陽気なおっさんだった。


 昼飯になると人のパンを勝手に一口食う。


 妻の惚気が長い。


 三年前、地方へ異動した。


「遺体は?」


「保存してある」


「見せてください」


 カイが立つ。


「今から行く」


「……閣下も?」


「専属調査官だろう」


「俺が、ですよね?」


「俺のだ」


「言い方」


「何がだ」


「何でもないです」


 王立医務院の地下は寒かった。


 白い石台に、オルドが眠っていた。


 三年ぶりに見た顔は、俺の記憶より痩せている。


「失礼します」


 手袋を外し、額に指を置いた。


 普通、死者の糸は残る。


 切れた糸が数日から数週間、残光みたいに漂う。


 愛されていた人ほど多い。


 オルドなら、たくさんあるはずだった。


 妻。二人の娘。職場仲間。


 なのに。


「ない」


「何が」


「全部」


 糸がない。


 切れた跡すらない。


 まるで最初から、誰とも繋がっていなかったみたいに。


 俺は目を凝らした。


 首筋に黒いものがある。


「灯り」


 カイがすぐ近くまでランプを寄せた。


「もう少し右」


 無言で動く。


「近い近い」


「見えない」


「俺が見るんです」


「なら説明しろ」


「今しますから」


 首筋から胸へ、黒い糸の残骸が潜っている。


 人の糸じゃない。


 何かに――切られている。


「これ、事故じゃない」


 俺は呟いた。


「誰かが糸を消してる」


「可能か」


「普通は無理です」


「普通ではないなら?」


「……分からない」


 そこで気づいた。


 黒い残骸が微かに震えている。


 俺の背後へ向かって。


 振り返る。


 カイ。


 正確には、彼の胸。


 糸のない男。


 俺とだけ繋がっている男。


「閣下」


「何だ」


「服、脱いでください」


 沈黙。


「……もう一度言え」


「服を」


「聞こえていた」


「じゃあ聞き返さないでください」


「理由を言え」


「胸を見たい」


「ノア」


「その言い方やめてもらえます? 俺が変なこと言ってるみたいじゃないですか」


「変なことを言っている」


「仕事です」


「なら先にそう言え」


 カイはため息をつき、制服の上着を脱いだ。


 シャツのボタンに手をかける。


「全部ですか」


「胸が見たいんだろう」


「……そうですね」


 何だろう。


 急に俺のほうが悪い気がしてきた。


 三つ目のボタンが外れたところで、見えた。


 鎖骨の下。


 黒い紋様。


 そして、その中心から俺へ銀赤の糸が伸びている。


 息が止まる。


「それ、いつからあります?」


 カイが自分の胸元を見る。


「十年前」


「原因は」


「死にかけた」


「雑ですね」


「説明すると長い」


「じゃあ短く」


「刺された」


「短すぎる」


 俺は額を押さえた。


 カイがボタンを戻す。


「俺はあんたと関わりたくないんですけど」


「奇遇だな」


「そっちも?」


「ああ」


 少し安心した。


 カイは淡々と言った。


「だが、お前は今日から俺の屋敷に住め」


「……は?」


「狙われる」


「何で」


「お前が今、見つけたからだ」


「誰に?」


「それを調べる」


「俺が?」


「俺たちが」


 胸の糸がまた光る。


 嫌な予感は、だいたい当たる。


 このときの俺はまだ知らなかった。


 その夜、本当に俺の部屋が燃えることも。


 燃えていく窓を見ながら、カイが俺に一言だけ言うことも。


「だから言った」


 腹が立つほど正論だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。