第23話 王都祭と一個の林檎
残り十三日。
王都祭を中止する案は最後まで出たらしい。
だが大規模な中止はかえって混乱を招く。警護局は巡回を倍にし、地下入口だけを封鎖した。
俺は非戦闘員なので、午後までは資料室詰めだった。
「祭り行きたい」
「仕事中だ」
「知ってます。願望」
「人が多い」
「祭りだからね」
「危険だ」
「公爵様が一緒なら平気では?」
カイが黙った。
「今、自分が最強なの認めた顔」
「言ってない」
結局、夕方一時間だけ外へ出た。
カイは制服を脱いで普通の黒い上着を着ていたが、何の意味もない。
「顔が強い」
「何だそれは」
「隠密向いてない」
「お前もだ」
「俺は普通」
「よく喋る」
「それ隠密と関係ある?」
屋台で焼き林檎を買う。
「一個でいい」
「二人だぞ」
「半分こ。祭りっぽい」
「そういうものか」
一口齧って渡す。
カイは反対側から食べようとして、一瞬だけ止まった。
「何」
「いや」
「気にするんだ」
「何を」
「間接キス」
からかうつもりだった。
カイは目を細め、俺が齧った場所をそのまま食べた。
「ちょっと」
「祭りっぽいんだろう」
「使い方違う!」
耳が熱い。
その時、人混みの向こうで少女が泣き出した。
母親とはぐれたらしい。
俺には一本の細い金糸が見えた。
人波の向こうへ伸びている。
「こっち」
少女の手を取り、糸を辿る。
三十歩先で必死に名前を呼ぶ女性がいた。
再会した瞬間、金糸が強く光る。
「こういうの見ると」
「何だ」
「切らせたくないなって思う」
カイは少女と母親を見る。
彼には糸は見えない。
「俺にも分かる」
「見えなくても?」
「あの顔を見れば十分だ」
帰り道、人波が急に詰まった。
手首を掴まれる。
そのまま手を繋がれた。
「子供じゃない」
「知ってる」
「なら」
「はぐれる」
「言い訳下手」
カイは返事をしなかった。
俺も手を離さなかった。
祭りの灯りの下、銀赤の糸が人混みの中で一番よく見えた。
でもその夜、俺が覚えていたのは糸の色ではなく、握られた手の温度だった。
――そして、もう一つ。
祭りの鐘が六つ鳴った瞬間、広場の上を黒い線が横切った。
見えたのは俺だけだった。
「止まって」
カイの手を強く引く。
屋根の上、鐘楼から鐘楼へ。人の縁ではない黒糸が、街を縫うように走っている。
「何本だ」
「七。いや、八」
最後の一本が王城の方角へ伸びた。
その瞬間、近くにいた男が妻へ向かって言った。
「……あなた、誰だ?」
妻の笑顔が凍った。
赤青の糸が一瞬だけ黒く霞み、すぐ戻る。
完全な切断ではない。試験だ。
「教団、祭りを使って術式の通り道を確認してる」
カイはもう広場の出口を見ていた。
「警護局へ戻る」
繋いだ手が離れる。
今度は惜しいと思う暇もなかった。
十三日。
敵も同じように数えている。




