第22話 眠れない夜に名前を呼ぶ
悪夢を見た。
十四歳の俺が、地下礼拝堂の床に座らされている。
『君は結ぶ側だ』
白い仮面。
声だけが優しい。
『なら、何度切っても結べるね』
手のひらに何百本もの糸を押しつけられる。
赤、青、金、白。
すべてが途中で黒く染まり、切れる。
『結べ』
指先から血が出る。
『結べ』
一本直すたび、胸の内側から何かを抜かれる。
『まだ足りない』
呼吸ができない。
「ノア」
目を開けた。
暗い寝室。
カイが俺の肩を掴んでいる。
「夢?」
「ああ」
「顔色が悪い」
「見なくていい」
「無理だ」
起き上がると、手が震えていた。
情けない。
隠そうと拳を握る前に、カイが両手で包んだ。
「冷たいな」
「寝起きだから」
「嘘だ」
「便利ですね、俺の嘘分かるの」
「便利だ」
「否定しないんだ」
軽口を叩いても震えは止まらない。
「何を見た」
「昔」
「話せるか」
命令ではない。
俺は少しずつ話した。
白い仮面。
切れる糸。
結べと命じられる声。
途中で言葉が詰まっても、カイは急かさなかった。
「俺、昔は能力を使うのが怖かった」
「知らなかった」
「言ってないから」
「なぜ」
「弱いみたいで嫌だった」
しばらく沈黙。
「怖いことと、弱いことは同じじゃない」
「閣下が言う?」
「俺も雨が怖い」
平坦な声だった。
だからこそ胸に刺さる。
十九歳のカイは雨の夜にすべてを失った。
「……そうだった」
「ああ」
「じゃあ、お互い様?」
「そういうことにしておけ」
手を握ったまま横になる。
カイは元の位置へ戻ろうとしたが、俺が袖を掴んだ。
「カイ」
「何だ」
「名前で呼ぶと落ち着く」
「なら呼べ」
「何回でも?」
「ああ」
「カイ」
「ああ」
「カイ」
「いる」
「カイ」
「……うるさい」
「さっき何回でもって」
少し笑えた。
カイの口元もほんのわずかに緩む。
「でも、いるでしょう」
「ああ」
「ならいい」
その夜は、手を繋いだまま眠った。
朝、先に起きたカイの手がまだ俺を握っていた。
目が合ったが、どちらも先に離さなかった。




