第21話 公爵様は料理ができない
調査開始から六日目、俺は強制的に休暇を取らされた。
「命令されて休むのって、休んだ気しない」
「昨日、資料を読みながら寝た人間が言うな」
「目を閉じて考えてただけです」
「よだれが落ちていた」
「見なかったことにして」
王都全域の調査は進んでいる。
儀式予定日の正体はまだ不明。ただ、複数の地下礼拝堂から同じ日付が見つかっていた。
休んでいる場合ではない。
分かっていても、頭の奥がずっと張っている。
昼前、厨房の使用人たちまで交代休を取っていると知った。
「外で食べる?」
「人混みは避けたい」
「じゃあ俺が作る」
「手伝う」
その言葉を聞いた時点で止めればよかった。
五分後。
「その玉ねぎ、敵じゃないです」
「切れと言っただろう」
「細胞単位にしろとは言ってない」
まな板の上には、ほぼ泥と化した玉ねぎ。
カイは真顔だった。
「剣ならもっと綺麗に切れる」
「包丁で剣技使わないでください」
十分後。
「鍋に水入れました?」
「ああ」
「油は?」
「入れてない」
「何で水だけ」
「焦げると思った」
「……閣下」
「何だ」
「座ってて」
「手伝うと言った」
「戦力外通告です」
壁際へ追いやられた最強騎士は、見るからに不満そうだった。
でも十分後、俺が肉を焼いている横で、黙って皿を並べ始めた。
「それはできるんだ」
「馬鹿にしてるのか」
「少し」
煮込みを二皿に分ける。
カイは一口食べ、少しだけ目を見開いた。
「どう?」
「うまい」
「それだけ?」
「何を求めている」
「作った人への敬意」
しばらく真剣に考える。
「毎日食いたい」
俺の手が止まった。
「……それ、料理の感想?」
「そうだが」
「本当に?」
「何が違う」
本人は分かっていない。
だから余計にずるい。
食後、皿を洗いながら、窓の外に騎士の巡回が見えた。
休日でも街は警戒態勢だ。
「二十一日」
俺が呟く。
カイが横に立った。
「まだ十五日ある」
「短いね」
「ああ」
「もし全部終わったら」
「終わったら?」
「こういう日、また作りたい」
言ってから、自分で驚く。
カイは何も笑わなかった。
「作ればいい」
「簡単に言うなあ」
「難しいのか」
「……今は」
俺たちはまだ恋人でもない。
事件が終わった先の話をするには、早い気がした。
でも、その夜。
同じ家で、同じ鍋の残りを温める未来を少しだけ想像してしまった。
命糸を見るまでもなく、それが嫌ではなかった。
食器を片づけ終えた頃、玄関の呼び鈴が三度鳴った。
休日用ではない。警護局の緊急符号だ。
カイの顔から、さっきまでの台所の人間らしさが消える。
届けられたのは西区の見取り図だった。十三か所に、黒い印。
「同時刻に?」
「はい。住民の証言では、鐘の音を聞いた直後に家族の名前が出てこなくなった者が三名」
俺は紙へ指を置いた。黒い印はばらばらに見えて、一本の円を描いている。
「これ、礼拝堂を囲んでるんじゃない」
カイが地図を引き寄せる。
「王都を囲んでいる」
鍋からまだ湯気が上がっていた。
さっきまで想像していた“またこういう日”が、急に遠くなる。
カイはそれを見て、俺の肩へ一度だけ手を置いた。
「冷める前に食え」
「今?」
「食ってから行く。倒れた鑑定官は使えない」
優しいと言うには言い方が悪い。
でも俺は椅子へ戻った。
未来のために、まず残り物を食べる。
たぶん、そういうことなのだ。




