第19話 恋人未満の護衛命令
事件が終わるまで考える。
そう言ったのは俺だ。
だから、昨夜カイに「好きだ」と言われたことについて、今すぐ答えを出す必要はない。ないはずなのに、朝食のスープを三口飲む間に、俺はもう五回くらい向かいの男を盗み見ていた。
当の本人は平然と新聞を読んでいる。
「何でそんな普通なんです?」
紙面から目も上げない。
「何が」
「昨日、俺に好きって言ったでしょう」
「言った」
「恥ずかしくない?」
「事実を言っただけだ」
「強いな……」
こっちは一晩中、思い出すたびに枕へ顔を埋めたというのに。
カイが新聞を畳んだ。
「今日は警護局へ行く」
「俺も?」
「ああ。押収品の鑑定を頼みたい」
「外出禁止じゃなかった?」
「単独外出を止めただけだ」
「つまり閣下同伴なら可」
「そうだ」
「権限の私物化っぽい」
「護衛だ」
「便利な言葉ですね」
口ではそう言いながら、少し安心した自分が腹立たしい。
警護局の地下保管室には、断糸教団から押収した品が長机三台分並べられていた。黒い針、擦り切れた祈祷書、煤のような粉、白い仮面。俺は薄手の手袋越しに一つずつ触れ、残った縁の痕跡を拾う。
「これは三人。こっちは五人。……この針、最後に触ったやつ、右手を怪我してた」
記録係が慌てて書き留める。
カイは二歩後ろから俺を見ている。
「近くないです?」
「護衛だからな」
「背中に視線刺さるんですけど」
「慣れろ」
「横暴」
黒い革表紙の手帳に指が触れた瞬間、耳の奥で鐘が鳴った。
「っ……」
床が傾く。
腰を抱かれるのと、俺が机に手をつくのはほぼ同時だった。
「離れろ」
「平気」
「その言葉は信用していない」
「前科一回で厳しい」
「三回だ」
「数えてるの怖いな」
だが手帳から目を離せなかった。
最後の頁に名前が並んでいる。
ノア・リーヴェル――十四。
喉が乾いた。
「十四歳の時に登録されてる」
カイの気配が一瞬で冷える。
そのすぐ下。
カイ・ヴァルクハイト――十九。
横に、古い術式文字で一語。
――対。
「二人一組、って意味?」
「分からない」
「教授に見せよう」
カイが手帳へ手を伸ばす。
「待って。まだ残滓がある」
「もう十分見た」
「俺の仕事です」
「お前が倒れない範囲でな」
「三等鑑定官を子供扱いしないでください」
「三等鑑定官は昨日、階段で躓いた」
「あれは靴底」
「一昨日は昼を抜いてふらついた」
「監視日記つけてる?」
言い合っていると、入口からエリオットが顔を出した。
「……邪魔しました?」
「してない」
「してません」
同時に答えた。
エリオットが妙な顔をする。
「本当に息ぴったりですね」
「違う」
今度はカイだけが答えた。
俺は黙って胸元を見る。
銀赤の糸が、さっきより少しだけ太く光っていた。
その夜、教授へ手帳を届ける途中で、俺はふと思った。
教団が十年前から俺たちを知っていた。
それなら、あの日の出会いは本当に偶然だったのか。
俺がカイを選んだと思っていた。
けれど、もしそこまで誰かに仕組まれていたのなら。
初めて、銀赤の糸が少しだけ怖く見えた。




