第16話 最強の男が膝をつく
戦いは、俺が見たことのない速さだった。
カイの剣。
仮面の男の黒刃。
ぶつかるたびに火花ではなく黒い糸が散る。
「左!」
俺が叫ぶ。
カイが避ける。
「足元!」
跳ぶ。
「今!」
剣が仮面を割った。
男の顔が露わになる。
二十代後半。
不自然なくらい白い肌。
そして首に黒い紋章。
「十年前と顔が変わってない」
カイが言った。
「当然だ」
「何者だ」
「誰でもない」
男が笑う。
「縁を捨てれば、人は時間からも自由になれる」
「だったら一人でやってろ」
「世界がまだ苦しんでいる」
「大きなお世話だ」
俺は黒い糸を見る。
男自身にはない。
でも核から大量の糸が流れ込み、身体を動かしている。
「カイ! 本体じゃない!」
「何?」
「核から力もらってる! 先に核!」
カイが方向を変える。
男が初めて焦った。
「させない」
黒刃が俺へ向く。
速い。
避けられない。
カイが間に入った。
刃が胸を貫く。
「……え」
音が消えた。
「カイ?」
黒い刃が抜かれる。
血。
カイが膝をついた。
銀赤の糸が一気に白くなる。
「嘘」
俺は駆け寄った。
「カイ!」
「来るな……」
「黙って!」
胸の傷。
十年前の紋章と重なっている。
黒いものが広がる。
糸が切れ始める。
唯一の一本が。
「やめろ」
俺は掴んだ。
「ノア」
「離さない」
「核を壊せ」
「その前にあんたが死ぬ!」
「王都が先だ」
「知らない!」
「ノア!」
「今だけは知らない!」
涙が出た。
腹が立つ。
怖い。
「何が最強だよ」
「……悪かったな」
「ほんとだよ」
糸を引く。
手が裂ける。
「またそれを」
「十年前もやった」
「だからやめろ」
「十年前の俺にも言ってください」
「言った」
「聞かなかったでしょう」
「ああ」
「じゃあ今も無理」
カイが笑った。
こんな時に。
「似てるな」
「誰に」
「十四歳のお前に」
「同一人物です」
「そうだった」
銀赤の糸を結び直す。
でも黒い侵食が止まらない。
何か足りない。
十年前と違う。
俺自身の糸が必要だ。
「カイ」
「何だ」
「俺のこと、忘れないで」
「忘れない」
「約束」
「ああ」
「絶対?」
「絶対だ」
「じゃあ、ちょっと借ります」
「何を――」
俺は自分の胸の糸を掴んだ。
痛い。
引き抜く。
「ノア!」
世界が白くなる。
自分の命を、彼の糸へ流す。
黒い侵食が止まった。
代わりに視界が暗くなる。
「馬鹿!」
初めてカイにそう言われた。
「……それ、そっちが言う?」
「ノア、目を開けろ」
「開いてます」
「閉じるな」
「眠い」
「寝るな」
声が震えている。
「カイ」
「何だ」
「生きてる?」
「ああ」
「ならよかった」
そこで意識が切れた。




