第15話 地下礼拝堂
旧王都の地下には、地図にない道がある。
カイは迷わなかった。
「覚えてるんですか」
「体がな」
「嫌な覚え方」
「ああ」
松明の光。
石壁。
十年前の雨音は地下まで届かないはずなのに、俺には聞こえる気がした。
「ノア」
「大丈夫」
「まだ何も聞いてない」
「顔に出てた?」
「全部出る」
「便利ですね」
「お前だけな」
またその言い方。
少し嬉しい自分が悔しい。
礼拝堂の扉は開いていた。
中は空。
祭壇だけが残っている。
「黒い糸は?」
「そこ」
祭壇の下。
何百、何千という黒い糸が床を這っている。
中心に、黒い球体。
人の心臓くらいの大きさ。
「核?」
「たぶん」
近づこうとする。
カイが腕を出して止めた。
「先に俺が行く」
「糸見えないでしょう」
「お前は後ろから言え」
「過保護」
「知っている」
もう否定もしない。
カイが一歩進む。
「左、黒い糸」
避ける。
「次、足元」
剣で切る。
黒い糸は切断されると煙になった。
「効く」
「剣に何かしてます?」
「対呪処理」
「便利」
「高い」
「そこ?」
祭壇まであと三歩。
声がした。
「相変わらず仲がいい」
ラウル。
奥の扉から現れる。
「侯爵」
「ノア。君は本当に惜しい」
「何が」
「こちらに来れば、世界を変えられる」
「今も変える予定です」
「彼と一緒に?」
「ええ」
「彼は君を縛るよ」
カイの空気が冷える。
「黙れ」
「ほらね」
ラウルは俺を見る。
「その糸がある限り、君は自由じゃない」
「自由って、誰とも関わらないことですか」
「傷つかないことだ」
「それ退屈そう」
「……」
「俺、結構人と喧嘩するんで」
カイが小さく息を漏らした。
「笑いました?」
「今は前を見ろ」
ラウルが手を上げる。
黒い糸が一斉に動いた。
「来る!」
カイが剣を振るう。
糸を切る。
俺は軌道を読む。
「右、二本! 上!」
「分かった」
「後ろ!」
背中合わせになる。
「俺、戦えませんよ」
「知っている」
「守って」
「言われなくても」
剣が風を裂く。
一歩。
二歩。
ラウルまで届く。
その瞬間。
祭壇の核が割れた。
中から人が出てきた。
白い仮面。
市場で会った男。
「見える者」
彼が俺を見る。
「君を待っていた」
胸から、何も伸びていない。
完全な断糸者。
「名前は?」
「ない」
「不便じゃない?」
「名は縁を作る」
「じゃあ便宜上、仮面で」
「ノア」
カイが呆れた声を出す。
「何です」
「今、名前をつける必要があるか」
「呼びにくいでしょう」
仮面の男が笑った。
「君は面白い」
「よく言われます」
「こちらへ来い」
「嫌です」
「即答か」
「だってそっち、ご飯まずそう」
「理由はそこか」
「大事ですよ」
カイが低く言った。
「ノア」
「はい」
「後ろへ」
今度は素直に下がった。
仮面の男が黒い刃を抜く。
「カイ・ヴァルクハイト。十年前の続きをしよう」
カイの目が冷たくなる。
「今度は、お前が消える番だ」




