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第13話 黒い糸の先

 ラウル侯爵の袖から伸びていた黒い糸。


 あれがずっと気になっていた。


「行くなと言ったはずだ」


「調査です」


「一人で行く必要はない」


「一人だから見えるものもあります」


「襲われるものもある」


「それは否定しない」


 朝からカイと揉めた。


 結局、俺が折れた。


「じゃあ屋敷の外で待ってて」


「中まで行く」


「それじゃ相手が警戒する」


「するなら黒だ」


「乱暴すぎる」


「命を狙われている人間が不用心すぎる」


「それ毎回言う?」


「死ななくなるまで」


「無理では」


「なら一生言う」


 その言葉だけ妙に残った。


 ラウルの屋敷は、王都西側の高台にあった。


「歓迎するよ、ノア」


「閣下も一緒です」


「見れば分かる」


 ラウルがカイを見る。


「ずいぶん仲良くなったんだね」


「仕事だ」


「はいはい」


「何だ」


「昔から君は分かりやすい」


 カイの顔が険しくなる。


 俺は二人の間を見る。


 糸は――ない。


 やはりカイからは一本も伸びていない。


 でもラウル側には、切断痕がある。


 昔は繋がっていた。


「ラウル侯爵」


「何かな」


「十年前、灰月事件のあと、カイを忘れたことあります?」


 ラウルの笑顔が止まった。


「……なぜ?」


「答えてください」


「あるよ」


 カイが初めて驚いた顔をした。


「言っていないぞ」


「言えると思う?」


 ラウルは静かに笑った。


「一緒に育った従弟の顔を、朝起きたら思い出せなかった。名前を紙に書いて壁に貼ったよ。カイ・ヴァルクハイト。忘れるな、とね」


 俺は胸が痛くなった。


「黒い糸について、何か知ってます?」


「黒い糸?」


 ラウルの右手がわずかに動く。


 袖の中。


「見せて」


「何を?」


「右腕」


「ノア」


 カイの声。


「下がれ」


 遅かった。


 ラウルの袖から黒い針が飛んだ。


 カイが剣を抜く。


 金属音。


 針が床に落ちる。


「……侯爵」


 俺は息を呑んだ。


 ラウルは笑わなかった。


「本当に見えるんだね」


「教団側ですか」


「側、という言い方は好きじゃないな」


「じゃあ何」


「私は、選んだだけだよ」


 袖を捲る。


 腕には三本の黒い線。


 断糸教団の紋章。


 カイの剣先が向く。


「理由は」


「君だよ、カイ」


「俺?」


「十年前、君が壊れていくのを見た。父上も叔父上も、何もできなかった。私は思ったんだ。縁などなければ、失う苦しみもないと」


「馬鹿か」


「君はそう言うと思った」


「失うのが怖いから全部捨てる? ただの臆病だ」


 俺が言うと、ラウルは少し笑った。


「君は強いね」


「そうでもないです」


「いや。だから彼は君を選んだ」


「選んでない」


 カイが即答した。


 俺は横目で見る。


「ちょっと」


「命糸の話だ」


「分かってるけど」


「今それを気にするのか」


「少し」


 ラウルが吹き出した。


「やっぱり面白いな、君たちは」


 次の瞬間、床の術式が光った。


「伏せろ!」


 爆発。


 視界が白くなる。


 目を開けた時、ラウルはいなかった。


 残された机に一枚の紙。


 ――二十一日後、王都の鐘が十三度鳴る時、すべての糸は自由になる。


「二十一日後」


 俺は呟いた。


「何をする気だ」


 カイが紙を握り潰す。


 俺には分かった。


 黒い糸が、王都中に伸び始めている。


 見えない地下へ。


 全部、同じ一点に向かっていた。


「カイ」


「何だ」


「王都そのものを切る気です」


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