第11話 触れないでと言ったのに
断糸教団の次の標的は、王都北区の孤児院だった。
俺が育った場所とは違う。
でも、子供がいる。
それだけで十分だった。
「全員避難させた?」
「ああ」
「地下は?」
「確認済みだ」
「屋根裏」
「ノア」
「何」
「三回確認した」
「でも」
「大丈夫だ」
カイの手が肩に乗る。
「俺を信じろ」
言われると、少し落ち着く。
「……分かった」
その直後、建物の奥から子供の泣き声がした。
俺はカイを見た。
「三回?」
「偽装だ」
泣き声が不自然に反響する。
魔術。
「罠ですね」
「下がれ」
床に黒い術式が浮かぶ。
糸。
無数の黒い糸が俺へ伸びる。
「ノア!」
避ける。
一本が腕に触れた。
痛み。
頭の中から何かが抜ける。
「……え」
目の前に男がいる。
黒髪。
剣。
知らない。
「ノア」
男が俺を呼ぶ。
何で名前を知っている。
「触るな」
俺は後ずさった。
男の顔が凍る。
「俺が分からないのか」
「……誰」
胸が痛い。
銀赤の糸がある。
俺からその男へ。
でも記憶がない。
「近づかないで」
男が止まる。
その目が、ひどく傷ついた。
何で。
知らない人なのに。
黒い糸がさらに伸びる。
男――カイ、と頭のどこかで声がした――が剣を振るう。
全部切り払う。
「見るな」
「何を」
「俺を見ろ」
「知らない人を見る趣味ないです」
「ノア」
「名前呼ばないで」
言った瞬間。
男の顔が変わった。
怒りじゃない。
恐怖。
ああ。
この人、俺に忘れられるのが怖いんだ。
なぜか分かった。
「触れないで」
それでも言う。
「分かった」
男は剣を構えたまま、一歩離れた。
「触らない」
「……」
「だから聞け。お前はノア・リーヴェル。二十四歳。命糸鑑定官。肉が好きで、朝が弱くて、寝ると布団を奪う」
「最後いらない」
「俺の部屋に十一日いる」
「何で」
「俺が連れてきた」
「誘拐?」
「違う」
「怪しい」
「お前は毎日そう言う」
胸の奥が疼く。
「俺はカイ・ヴァルクハイト」
「……公爵?」
「そうだ」
「何で公爵と同居してんの、俺」
「俺が聞きたい」
「じゃあ帰ります」
「帰る家は燃えた」
「何で!?」
「お前が狙われた」
「人生最悪じゃん」
「それも毎日言う」
変な人だ。
でも、少しだけ安心する。
銀赤の糸に触れた。
光る。
記憶が流れ込む。
朝食。
雨。
手。
牛肉の弁当。
嫉妬。
『両方だ』
「……あ」
「ノア?」
全部戻った。
「カイ」
初めて名前だけで呼んだ。
彼が固まる。
「……戻った?」
「うん」
次の瞬間、抱きしめられた。
強い。
「ちょ、痛い」
腕が緩む。
でも離れない。
「触るなって言ったんだけど」
「もう戻った」
「勝手」
「ああ」
胸に顔が当たる。
心臓が速い。
彼の。
「カイ」
「何だ」
「怖かった?」
返事はない。
代わりに腕が少し強くなった。
「……そっか」
俺は初めて、自分から彼の背中に腕を回した。




