第103話 生きた者の責任
責任を問う場には、三つの記録が用意されていた。
研究院の管理。
RETURN計画の実行。
資料庫の焼却。
同じ事件の中で起きたことでも、同じ責任ではない。
記録官は最初に、その違いを確認した。
「本日は、各人の行為と指揮命令の関係を分けて確認します。ここで裁判の結論を決めるものではありません」
ゲオルクは拘束されたまま、机の向こうに座っていた。
「あなたは研究院の管理者として、RETURN-000を管理していましたね」
「管理ではない。保全だ」
「本人の意思に反して施設に留め、脱出を妨げ、記憶処理を行ったことについて説明してください」
「必要だった」
ゲオルクは表情を変えなかった。
「最初の成功例を失うわけにはいかなかった」
「成功例という言葉で、本人の意思を無視したことは正当化できません」
「王国の利益だった」
「それを決めるのは、あなたではありません」
記録官が尋問記録を開いた。
断糸装置の使用。
研究院の管理権限。
エレナを所有物として扱った登録。
脱出を妨げた行為。
それぞれに、証拠と本人の発言が添えられている。
「管理者としての責任は、これらの行為を中心に調べます」
記録官が告げた。
ゲオルクの職務は正式に停止された。
確認された行為について、訴追手続きが開始される。
ただし、研究院に関わった人間すべてを、同じ責任にまとめることはしなかった。
計画を立案した者。
実際に処置を行った者。
管理者の指示を受けた者。
命令に異議を唱えられなかった者。
それぞれが何を知り、何をしたのかを確かめる必要がある。
次に、資料庫を燃やした兵士の証言が始まった。
「あなたが火をつけたことは事実ですね」
「はい」
兵士は俯いた。
「命令書を渡した人間の顔は覚えていますか」
「いいえ。知りません」
「命令に従わなければ、家族を殺すと言われたのですね」
「はい。家族は、ゲオルクの部下に押さえられていました」
彼の手が震えた。
「逆らえませんでした」
記録官は少し待ってから、次の質問をした。
「その脅迫があったからといって、資料庫を燃やした事実がなくなるわけではありません。それについては理解していますか」
「分かっています」
「脅迫についても、別に調べます。命令を出した者についても、現時点で確認できない部分は未確認として残します」
兵士は頷いた。
俺は、その家族がエリオットのもとにいることを確認した。
家族が人質にされた事実を消してはいけない。
同時に、兵士が実行したことまで消してはいけない。
どちらか一方だけを残せば、また別の嘘になる。
「この兵士を、最初から命令を出した人間と同じ扱いにはしないでください」
俺が言った。
「ただし、行為そのものの確認は必要です」
記録官は答えた。
「分かっています」
最後にカイが証言席へ進んだ。
「当時、あなたは前線指揮官でしたね」
「はい」
「RETURN計画をいつ知りましたか」
「計画の全容を知ったのは、今回の調査に入ってからです」
「当時、知らなかったことは事実ですか」
「はい」
カイは少し間を置いた。
「ただし、それを理由に自分の責任がなくなるとは思っていません」
彼は自分が指揮した範囲を説明した。
命令を出したこと。
確認できなかったこと。
当時の軍務で判断したこと。
その判断が及ぼした影響。
都合の悪い部分も、言葉を濁さなかった。
「知らなかったことは免罪符ではありません」
彼はもう一度言った。
「私が知らなかった理由も、知るために何ができたのかも、調べてください」
俺は黙って聞いていた。
カイは誰かに責任を押しつけるために証言しているのではない。
自分が何をしたのかを、他人に決めさせないために答えていた。
証言が終わった。
その後、カイは辞任の手続きを進める意思を伝えた。
「先に辞めるつもりはなかった」
廊下で、カイが言った。
「必要な証言を終えてから、自分の立場を決める」
「逃げないんだな」
「逃げるために辞めるわけじゃない」
「分かってる」
俺は彼の手を握った。
調査はまだ続く。
裁判も、これから始まる。
それでも、管理者の責任、計画を実行した者の責任、脅迫のもとで資料を燃やした者の責任は、同じ箱に押し込まれなかった。
誰が何をしたのか。
それぞれの名前と行為が、記録に残る。
生きている者には、生きている者の責任がある。
それは、誰かの命を奪うこととは違う。
誰かの人生を、もう一度奪わないために必要なことだった。




