第104話 命の糸は、君にだけ繋がっている
朝、目を覚ますと、隣にカイがいた。
窓の外は明るかった。
俺はしばらく、彼の寝顔を見ていた。
「起きてるだろ」
目を閉じたまま、カイが言った。
「ばれた?」
「呼吸が違う」
「そんなことまで分かるのか」
「お前のことだからな」
カイが目を開ける。
俺は笑って、布団を少しだけ引き上げた。
「今日は何をする?」
「朝飯を食べる」
「それは予定か?」
「大事な予定だ」
「そのあと?」
「エレナ殿とリヒトに会う。必要な書類も確認する」
「軍務は?」
「証言は終えた。これからのことは、これから決める」
カイはそう言って、俺の手を取った。
銀赤の糸が、指先の近くで揺れている。
小さな結び目が増えていた。
俺はずっと不思議だった。
どうして俺の命だけが、カイに繋がっているのか。
他の誰かではなく、どうしてこの人なのか。
糸が見えるようになってから、何度も考えた。
俺の命がカイに縛られているのか。それとも、カイの命が俺に繋がっているのか。どちらかが一方的に相手を選んだのか。
「カイ」
「何だ」
「俺の命は、どうしてお前に繋がってるんだろう」
カイは銀赤の糸を見た。
「誰かに決められたからじゃない」
「じゃあ、何だよ」
「俺がお前を切らないと決めた。お前も俺から離れなかった」
「それだけ?」
「それだけで足りないか」
俺は少し考えた。
最初から決まっていた運命ではない。誰かが俺を彼のものにしたわけでもない。
互いに切らないと選んだ。
その選択が、糸に結び目を残している。
「お前が俺を選んだんだな」
「お前も俺を選んだ」
「なら、これからも?」
「これからも」
カイは俺の手を離さなかった。
庭に出ると、南へ伸びる紫の糸が見えた。
細く、遠い。
その先に何があるのかは分からない。
リヒトの金色の糸とは違う。俺たちの銀赤とも違う。
まだ知らないものが、南にあるのかもしれない。
「行くか?」
カイが尋ねた。
「今日は行かない」
「そうか」
「でも、見ておこう」
「二人で?」
「二人で」
紫の糸は、南へ続いていた。
いつか、その先へ行く日が来るかもしれない。
来ないかもしれない。
今は決めなくていい。
俺には朝飯がある。
隣にはカイがいる。
戻ってくる場所がある。
部屋に戻ると、朝食の皿が机に並んでいた。カイが椅子を引き、俺は向かいではなく隣に座る。どちらが先に食べるかなんて、決める必要もない。冷めかけたパンを半分にして、片方を彼の皿へ置いた。
「お前の分だ」
「同じ大きさか?」
「文句あるのか」
「ない」
そんなやり取りをして、俺たちは食べ始めた。
誰かの許可を待たなくてもいい。誰かの命令に従わなくてもいい。今日の朝をどう過ごすかを、自分たちで決められる。
扉の向こうに何があるかは、まだ分からない。それでも、戻る場所を選べることは分かっていた。
「帰ろう」
俺が言うと、カイが手を握った。
「一緒に帰る」
銀赤の糸に、小さな結び目が増えた。
命の糸は、俺を縛るためにあるんじゃない。
誰かに決められた未来へ運ぶためでもない。
俺たちが、これからも互いを選ぶためにある。
その先は、まだ続いていく。
【作者より】
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ノアとカイの物語は、これにて本編完結です。
二人が選んだこれからの日々も、どこかで静かに続いていくのだと思います。
完結についてのご挨拶は、近況ノートに掲載しています。




