08-恋心は、月額課金よりお得らしい
――最悪だ。
「……もう1回言ってくれ」
《今回のHELPサービス利用に伴う対価は、生命時間換算で十年二百十一日七時間四十二分です》
「…………」
聞き間違いじゃなかったことを理解した俺は、いつもの安宿のベッドで天井を見つめた。
つい昨日までミレイユが寝ていたせいか、枕からほんのりと自分ではない香りがする。
今は俺が寝ている。
理由は簡単で、短剣で肩を刺されたからだ。
「10年……?」
《正確には十年二百十一日七時間四十二分です》
「細かく言い直さなくていい」
《失礼いたしました》
「お前さぁ……」
頭を抱えようとして、肩に痛みが走った。
「痛ってぇ……」
鋭い痛みに慌てて腕を戻す。
昨日の朝、ミレイユが応急処置をしてくれたあと、騒ぎを聞きつけた女将が衛兵を呼び、グレイとバルガスは連れていかれた。
その後、俺も治療院へ運ばれた。
この世界には聖職者による治癒魔法なんて便利なものもあるらしいが、当然ながらタダじゃない。俺の傷は命に関わるほどではなかったこともあり、治療院で傷口を洗って薬を塗り、縫合してもらう程度の簡易治療で済ませた。
幸い、短剣は骨や太い血管を傷つけていなかったらしく、しばらく安静にしていれば問題ないと言われ、今朝には宿へ戻ることができた。
ちなみに治療費は俺が払った。ミレイユが払うと言って聞かなかったが、断固として断った。
ただでさえミレイユは依頼人だ。依頼人に治療費まで出させたら、何のために仕事をしているのか分からない。
依頼料について決めるのを忘れていた件については、この際考えないことにする。
金貨も寿命も減った。
肩も痛いし絶対安静――つまり新しい仕事も出来ない。
何だこれ。
「……大赤字じゃねえか」
《金銭収支については算定対象外です》
「分かってるよ!」
昨日までの俺は何をしていたっけ?
リディアの依頼を解決して112日の寿命を返済した。
たった1件で3か月以上も返せたと喜んでいたのに、それがどうだ。
追加で10年と200日以上の『寿命』という名の利用料。
「なんでこんなに高いんだよ……」
《包括的な生体解析、毒物特定、解毒方法の提示、必要素材の検索、販売場所の検索、調合工程の継続支援等、複数の有料機能をご利用いただいております》
「……そうでしたね」
言われてみれば使った。
対価も聞かずにめちゃくちゃ使った。
むしろ途中から「いちいち聞くな」とまで言った気がする。
《また、対象者の生命に直結する情報が複数含まれていたため、情報価値に応じた料金が――》
「もういい。今は聞きたくない」
《承知いたしました》
「…………」
10年……いや、正確には10年と211日と何時間か。
これを取り返すために、俺はこんな調子であと何人助ければいいんだ。
俺は枕へ頭を押しつけた。
「馬鹿か俺……」
あのときの俺に言ってやりたい。
せめて対価を聞いてからどうするか考えろ。
寿命10年分だぞ。
人間が10年生きるのに何年かかると思ってんだ。
10年だよ。
「……でもなぁ」
目を閉じるて、あの時のことを思い出す。
道端で崩れ落ちたミレイユ……あの状態で『10年分です』と言われていたら。
「…………」
俺はどうしていただろう。
少し考えて――考えるまでもないことに気づいた。
「……使ってたな」
《何をでしょうか》
「呼んでねえよ」
《承知いたしました》
たぶん……いや絶対に使っていた。
10年と聞いていても、もしかしたら20年だったとしても、あの状況で「高いからやめます」と言えるほど、俺は賢くないらしい。
「……ほんっと馬鹿だな」
ため息を吐く。
まあいい……その結果、ミレイユは助かった。
だったら――。
コンコン。
突然扉がノックされた。
「はいよ」
「レイジさん、入っても大丈夫ですか?」
噂をすれば。
「開いてる」
「失礼します」
扉から顔を覗かせたのはミレイユだった。
昨日までとは違い、革鎧を身につけていなかった。
白いシャツに膝丈のスカート。
剣も持たず、赤みがかった長い髪も下ろしていた。
一瞬、誰だか分からなかった。
「……何ですか?」
「いや」
「今、変な顔してましたよ?」
「剣持ってないと普通の女に見えるなと思って」
「私、普通の女ですよっ!?」
「冒険者やってる時点で普通ではないだろ」
「それを言ったらレイジさんだって普通じゃないですよ?」
「俺は普通だよ」
「普通の人はあんな毒の解毒剤を調合できません」
「それは……まあ、そうだな」
毒のことを治療院で聞いたらしいが、俺は色々と説明が面倒なので流すことにした。
ミレイユが部屋へ入り、持っていた籠を机へ置いた。
「何それ」
「食事です」
「なんで?」
「なんでって……」
ミレイユが呆れたような顔をする。
「怪我人だからですよ」
「下で食える」
「部屋で安静にしているように言われたんですよね?」
「……誰に聞いたんだ?」
「女将さんです」
余計なことを。
「それに……」
ミレイユが少し声を落とした。
「私のせいで怪我をしたんですから、これくらいさせてください」
「お前のせいじゃないだろ」
「でも――」
「刺したのはグレイ。ミレイユじゃない。それで終わり」
「…………」
「何?」
「いえ……」
俯いたミレイユの耳が赤い。肌が白いのでかなり目立つ。
まだ毒が抜けきっていないんじゃないだろうな。
「体調は?」
「もう大丈夫です」
「本当に?」
「はい。治療師の方にも診てもらいました。毒はもう残っていないそうです」
「そっか」
それならいい。
ミレイユが籠からパンとスープを取り出して机へ並べ、いい匂いが部屋に漂う。
そういえば朝から何も食っていないことを思い出した。
「食べられますか?」
「食う」
「じゃあ、起きられます?」
「そのくらい――痛っ」
「ほら!」
肩に激痛を感じ顔をしかめた俺を見たミレイユが慌ててベッドへ近づいてくる。
「無理しないでください」
「大丈夫だって」
「昨日もそう言ってました」
「昨日とは状況が違うだろ」
「肩に短剣が刺さったまま『これくらいなら死なない』って言ってました。あんなの放っておいたら普通に死にますよ?」
「…………」
言ったわ。
「だからレイジさんの『大丈夫』は信用しません」
そう言って、ミレイユが俺の背中へ腕を回した。
「ちょっ……」
「ゆっくり起きてください」
身体が密着する。
かなり柔らかいものが腕に当たっている。
でかい。
昨日はそれどころじゃなかったが、改めて近づかれるとやっぱりでかい。
「レイジさん?」
「……何でもない」
俺は視線を逸らした。
何を考えているんだ俺は……こいつ昨日まで死にかけてたんだぞ。
「どうぞ」
ミレイユがスープを掬った匙をこちらへ向けていた。
「……何してんの?」
「食べさせようと」
「右手は動くから自分で食べられるよ」
「……そうですか」
ミレイユが少し残念そうに匙を椀に戻した。
なんで残念そうなんだよ。
俺は自分でパンを取り、スープにつけて口へ運んだ。
うまい。
「これ、ミレイユが作ったのか?」
「はい」
「へえ」
「むぅ……意外そうですね」
「剣士の格好しか知らなかったからな」
「女の子ですから。料理くらいできますよ」
ミレイユが少し頬を膨らませる。
やはり昨日までと、明らかに雰囲気が違っていた。
距離が近いというか……まあ、あんな事があったんだから多少懐かれるのは当然か。
リディアだって、今も俺に信頼や恩義を感じているらしいし、ミレイユも似たようなものだろう。
そう考えていたときだった。
《継続的な真正正感情を確認しました》
「ぶっ!」
「きゃっ!?」
危うくスープを吹き出しかけた。
「ど、どうしたんですか?」
「いや……何でもない」
「むせました?」
「いや、それよりちょっとだけ静かにしててくれるか?」
「はい……?」
(突然なんだ?)
《継続的な真正正感情を確認しました》
(誰から?)
《ミレイユ・レナードです》
やっぱり。
そりゃそうだろう、命を助けたんだ。
(つまりリディアと同じやつか?)
《いいえ》
(……違う?)
俺はパンを持ったまま止まった。
(どう違うんだ?)
《回答可能です》
(対価は?)
《生命時間換算で二分です》
(教えろ)
《承知いたしました》
2分くらいならいい。
《リディア・エルフォードから確認されている主な継続的正感情は、信頼、恩義、親愛です》
(うん)
《ミレイユ・レナードから確認されているものとは分類が異なります》
(つまり何が違うんだ?)
《恋愛感情です》
「…………」
俺はミレイユを見る。
「?」
目が合った。
ミレイユがキョトンと首を傾げる……クリっとした赤色の瞳に自分が映っているのが見えた。
そしてそのまま、ミレイユは顔を真っ赤にする。
(……恋愛?)
《はい》
俺はミレイユに改めて視線を向けた。
「な、なんですか……?」
「いや……」
待て、確かに昨日から何か妙な目では見られていた。
でも、早くないか?
(それって、昨日の一件が原因なのか?)
《回答には――》
(あ、やっぱいい)
《承知いたしました》
危ない危ない。
流石に聞かなくても分かる。
死にかけたところを助けただけじゃなく、あの2人が自分を殺そうとして襲いかかってきたところを、身体を張って守った。
吊り橋効果みたいなものもあるかもしれない。
ただ――。
そこで俺はもっと重要なことに気づいた。
(なあ)
《何かご用でしょうか》
(恋愛感情も借金の返済に使えるんだよな?)
《はい》
(どのくらい?)
《感情強度に応じて変動します》
(リディアの信頼と比べたら?)
《現在確認されている数値を基準とした比較は可能です》
(その情報の対価は)
《生命時間換算で一分です》
(教えろ)
《承知いたしました》
たった1分だ。これくらいなら安い。
《現時点では、ミレイユ・レナードから発生している返済量は、リディア・エルフォードから発生している継続的返済量の約十二・七倍です》
(…………ん?)
聞き間違いかと思った。
(12倍?)
《約十二・七倍です》
俺はゆっくりミレイユを見る。
ミレイユは俺の視線に気づくと、また顔を赤くした。
「どう……しました?」
「いや」
すごい。
恋愛すごい。感謝より強い。
(これ、ミレイユが俺を好きでいる間、ずっと入ってくるのか?)
《概ねその認識で問題ありません》
(毎日?)
《継続的に発生します》
「…………」
頭の中で何かが繋がった。
人を助けて信頼を得るか、惚れられる。
すると、何もしなくてもずっと返済が続く。
「完全にサブスクじゃねえか……」
「さぶ……?」
ミレイユが不思議そうな顔をする。
「いや、こっちの話」
《継続課金型サービスとは性質が異なります》
(分かってるよ!)
危ない。
今、ものすごく危ない発想をしている気がする。
でも待て……俺は300年分を返済しなければならない。
善行を1日やって3時間41分。
貴族の人生を救って112日。
そして恋愛感情ならさらに多く手に入り、その相手が俺を好きでいる限り返済が続く。
だったら――。
「…………」
「レイジさん?」
ずっと黙り込んでいる俺が心配になったのか、ミレイユが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
近い。
やっぱり美人だし、胸もでかい。
しかも俺のことが好き。
「……なるほど」
「何がですか?」
「いや。ちょっと人生設計を考えてた」
「怪我してるのに?」
「怪我したからこそだよ」
そうだ。
依頼人は女で、できれば美人。
そして大きな悩みを抱えているとなお良し。
それを俺が解決して感謝される。
上手くいけば惚れられる。
そうすれば依頼料も貰えるし、寿命という名の借金もかなり減る。
完璧じゃないか。
「……美人専門にするか」
「え?」
「何でもない」
自分でも最低なことを考えている自覚はある。
だが背に腹は代えられない。
恋愛感情だろうが何だろうが、使えるものは使う。
そう決意したところで、ふと疑問が浮かんだ。
そういえば……。
(なあ)
《何かご用でしょうか》
(今回、ミレイユから返ってきた分ってどれくらい?)
《今回の依頼に関連して発生した真正な正感情による返済額でしょうか》
(そうだ)
《算定します》
俺は少し期待した。
何しろ命を助け、しかも恋愛感情まで発生している。
リディアで112日だった。
だったら今回は。
4ヶ月分か6ヶ月分。
ひょっとしたらもっと――。
《現時点までの返済額は、生命時間換算で二百七十一日九時間十一分です》
「…………」
しばらく黙った。
(もう1回)
《二百七十一日九時間十一分です》
(……271日)
《はい》
リディアの倍以上で、たった1件で9か月近く返済が出来た。
だが。
俺はさっき聞いた数字を思い出してみた。
HELP機能を使ったことによる請求が10年211日。
解決した結果としての返済が271日。
「全っ然足りねえじゃねえか!」
「レ、レイジさん!?」
ミレイユが飛び上がった。
俺は頭を抱え――ようとして。
「痛っ!」
「だから動かないでください!」
「くそっ……!」
結局、大赤字だった。
命を救って惚れられた結果、返済効率も今までで最高。
だがそれでも利用料として取られた10年分には遠く及ばない。
「……終わった」
「何がですか?」
「俺の人生」
「そんなに怪我が酷いんですか!?」
「違う……そういう意味じゃない……」
ミレイユが心配そうに俺を見る。
「やっぱり私が食べさせますね」
「だから右手は動くって」
「でも、また痛めたじゃないですか」
「今のは左腕を動かしたからだろ」
「じゃあ、動かなくて済むように私が食べさせます」
「子供じゃあるまいし大丈夫だ」
「……そうですか」
またちょっと残念そうな顔をしたミレイユはしばらく考えたあと、スープの匙を手にしたまま、ちらりと俺を見る。
「じゃあ……口移しで食べさせますね」
「…………」
今、何て言った?
ミレイユを見る。
目が合った瞬間、向こうの顔が一気に赤くなった。
「お前……」
「だ、だって昨日はレイジさんが私にしてくれたんですよね?」
「…………」
こいつ覚えてたのか。
「いや、お前あれは薬を飲まなかったから仕方なく――」
「分かってます!」
「じゃあ何で俺が普通に飲めるスープを口移しするんだよ」
「それは……」
「それは?」
「…………」
ミレイユが視線を逸らす。
「なっ……なんとなく……です……」
「なんとなくでそんな提案をするな!」
「わ、忘れてください!」
顔を真っ赤にしたミレイユが俯いた。
なるほど……これ、本当に俺のこと好きなのか。
そう思いながらミレイユを見る。
「……?」
つまりそういう考えで問題ないらしい。
リディアは俺を信頼している限り、ミレイユは俺に惚れている限り、2人から自動的に毎日返済分が入ってくる。
「レイジさん、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫」
「でも、さっき人生が終わったって……」
「いや、人生始まったかもしれない」
「どっちなんですか!?」
俺にもまだ分からない。
だが、1つだけ分かったことがある。
探偵という仕事は俺が思っていた以上に――。
女との相性がいいらしい。




