06-命の値段など、聞いていられるか
「……おかしいな」
バルガスを衛兵に引き渡し、俺も簡単な聴取を受けたあと、ミレイユに事情を説明してから冒険者ギルドに顛末を報告をした。
その帰り道……俺は隣を歩くミレイユを見た。
「どうか……しましたか?」
「いや……」
何かがおかしかった。
事件は解決したし犯人も捕まえたし、ギルドではミレイユも安心した顔でギルド職員に話をしていた。
なのに――。
(なぁ……)
《何かご用でしょうか》
「今回の依頼、解決したことになってるか?」
《いいえ》
その回答に俺は足を止めた。
「レイジ……さん?」
「……ちょっと待ってろ」
ミレイユには俺の声しか聞こえていない。
(もしかしてこの事件の犯人はバルガスじゃない?)
《回答可能です》
(いくらだ?)
《回答料金:生命時間換算で――》
(いや、待て)
回答を止め、またすぐ頼ってしまうことを反省しながら、俺は今日までのことを頭の中で整理しはじめた。
バルガスは魔物避けの件と、剣の細工をしたこと、脅迫状を忍び込ませたことを認めた。
「……食事は?」
「え?」
「バルガスは、ミレイユの食事に何かしたとは言ってなかった」
「そう……でしたっけ?」
先ほど冒険者ギルドに報告しているときのことを思い出しているであろうミレイユが首を傾げた。
「でも、あれは私も食あたりだと思っていたので……」
「ちなみに何を食った?」
「えっと……煮込み料理と、パンです……」
「誰と食ってたんだ?」
「1人です」
「それはミレイユがいつも泊まっている宿か?」
「はい、そうですね。討伐完了を報告してクタクタで帰った日です」
「その後、同じ症状は?」
「お腹が痛くなったのは、その時だけです。でも……」
そこまで言いかけて、ミレイユが言葉を切った。
「でも?」
「最近、少し身体が重いというか……疲れが取れなくて」
嫌な感じがしたときには、ミレイユの唇はすでに青白く身体が少し震えていた。
「身体が重いって、それはいつからだ?」
「いつ……でしょう……熱を出した日から……だったと……」
「……ミレイユ?」
どんどん声が小さくなったミレイユの肩を支えようと手を伸ばした瞬間だった。
「あ……」
ミレイユの身体が揺れ、崩れ落ちていく。
「おい!」
咄嗟に腕を掴む。
――軽い。
そのまま力が抜け、俺の胸へ倒れ込んできた。
「ミレイユ……!?」
「すみません……ちょっと……目眩が……」
「おい、しっかりしろ!」
「大丈夫……です……」
「大丈夫な奴は立ったまま倒れねえよ!」
額へ手を当てると、恐ろしいほど冷たいのに、額には大量の汗をかいていた。
嫌な予感なんてものじゃない――。
「おい!」
《何かご用でしょうか》
「こいつの状態を調べろ!」
《生体情報の詳細解析は有料機能となります》
「分かってる! やれ!」
《解析を実行します。回答料金は――》
「いいから!」
《料金の確認を――》
「いらねえって言ってるだろ!」
自分でも驚くくらい大きな声が出た。
通行人がこちらを見るが、そんなことはどうでもいい。
「こいつを助ける方法を全部教えろ! 毒なら毒の種類、治す方法、必要なもの、どこにあるか! 全部だ!」
《包括的な回答には高額な生命時間を必要とします》
「使え!」
《料金を確認されますか?》
「いいから早くしろ!」
一瞬。
本当に一瞬だけ、HELP機能が黙ったように感じた。
《承知いたしました》
そして……。
《対象者の症状から、遅効性毒物による中毒の可能性が極めて高いと判断します》
やっぱり。
《摂取状況から推定毒物を三種に限定。症状の進行状況を加味した場合、最有力候補は黒斑蛇の毒腺、夜鈴草、腐月茸を調合した複合毒です》
「それは――治せるのか?」
《可能です》
「その方法は?」
HELP機能が必要な材料を読み上げていく。
聞いたこともない『月白草』という薬草に、紫色の花を咲かせるという『ネムリナ草』。それから『沼大蜥蜴』という魔物の肝。
しかも材料を揃えれば終わりではなかった。
薬草をすり潰すための石鉢と乳棒。煮出すための陶器製の薬鍋。薬液から不純物を取り除くための濾し布。それに、分量を量るための小型の天秤まで必要になるらしい。
「待て待て待て! 俺そんなもん1個も持ってねえぞ!」
《ほとんどが購入可能です》
「どこでだ!?」
《現在地から最も近い薬商は――》
「じゃぁそこに行けば全部買えるのか?」
《いいえ。月白草および一部の調合器具は購入可能ですが、ネムリナ草の取り扱いは確認できません》
「じゃあどこにある!?」
《南市場の薬草商で取り扱いの履歴はあります。ただし、本日中の在庫を保証するものではありません》
「蜥蜴の肝は!?」
《沼大蜥蜴の肝は冒険者向け素材店で取り扱われています。ただし、本日中の在庫を保証するものではありません》
「くっそ面倒くせえ!」
さらにHELP機能は調合の手順まで淡々と続けた。
月白草は根を除いて細かく刻み、ネムリナ草は花弁だけを石鉢ですり潰す。沼大蜥蜴の肝は生のまま使わず、一度湯通ししてから薄く削る。
それらを決められた順番で薬鍋へ入れ、一定時間煮出したあと、濾し布を通して薬液だけを取り出す。
分量を間違えても、順番を間違えても駄目だそうだ。
煮出す時間まで秒単位で指定されていた。
「俺、薬なんか作ったことねえんだけど」
《手順に従っていただければ調合可能です》
「失敗したら?」
《対象者の救命可能性が著しく低下します。現在の症状から推定される安全な処置猶予は、約六時間です》
「6時間……」
ミレイユを見ると、すでに目を閉じ苦悶の表情を浮かべていた。
「……ふざけんなよ」
俺はミレイユを抱き上げた。
小柄なくせに胸だけは妙に存在感がある――なんて、普段なら考えたかもしれない。
今はそんな余裕はなかった。
「HELP!」
《何かご用でしょうか》
「最初の材料、一番近くで買える場所!」
《回答料金――》
「もういちいち聞くな! すぐ答えろ!」
そこから先は、どこをどう走ったのかほとんど覚えていない。
俺はミレイユを宿へ運び込み、女将に絶対に目を離すなと言い残して、また街へ飛び出した。
薬屋を数件まわり市場へと向かい冒険者向けの素材屋へ。
3軒目で夜鈴草が、5軒目で魔物の肝が手に入った。
最後の材料だけが見つからず、俺は王都の反対側にある貴族街近くの治療院まで汗だくになりながら走った。
◇
「金貨1枚だ」
「はっ?」
「嫌なら売らない」
「……くそっ」
革袋から金貨を治療院のカウンターへ叩きつけた。
高い。
どう考えてもぼったくりか、貴族向け価格だ。
だが値切っている時間が惜しかった。
別の材料も金貨1枚、薬師向けの調合用の器具にも金貨2枚。
昨日までなら銅貨1枚で文句を言っていた俺が、金貨を何枚もばら撒いていた。
宿へ戻った頃には、脚が笑っていた。
◇
「レイジ、この子さっきから全然起きないよ!」
「分かってる!」
女将からミレイユを引き取り、部屋へ駆け込むとベッドへと寝かせ、革鎧などを脱がした。革鎧に圧縮されていた女性らしい身体が顕になるが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
HELP機能に手順を聞きながら薬を作る。
「次!」
《夜鈴草を加え、弱火で十一分間、煮出してください》
「長えよ!」
《工程の短縮は推奨いたしません》
「分かってるよ! 時間が来たら教えろよ?」
火の前で鍋を睨む。
11分がこんなに長いと思ったのは初めてだった。
そうして完成した薬は、信じられないくらい臭く、黒に近い緑色だった。
俺はこれが毒だと言われても信じる。
「これ飲ませればいいんだな?」
《適量を複数回に分けて服用させてください》
「ミレイユ」
肩を支え身体を起こす。
「おい。起きろ」
しかし俺の呼びかけにも、すでに反応がなかった。
「ミレイユ」
頬を軽く叩くが、完全に意識がなく、口元へ器を当てても飲む気配も無かった。
無理に流し込めば気管に入るかもしれない。
「……くそ」
俺はほんの少しだけ迷い、薬を自分の口に含んだ。
苦い……死ぬほど苦い。
俺はそのままミレイユの顎を持ち上げ、唇を重ねた。
柔らかい――じゃねえ。
今はそれどころじゃない。
舌先でミレイユの唇を押し広げ、少しずつ薬を流し込んだ。
喉が動いた。
「……飲んだ」
《そのまま継続してください》
「簡単に言いやがって」
俺は何度かに分け、口移しでどうにか必要な量を飲ませた。
あとは待つしかなかった。




