05-美女の依頼は、殺意とともに
「私を助けてください」
そう言って頭を下げた女を、とりあえず俺の部屋まで連れていくことにした。
食堂でも話せないことはないが、他の客もいる。
リディアの件で多少なりとも学習した俺は、依頼人の話には他人に聞かれたくないものが混ざっている可能性があると考えたのだ。
「汚い部屋だけど我慢してくれ」
「いえ、私は全然……」
女は部屋に入ると、物珍しそうに辺りを見回した。
まあ、見るほどのものもない。
ベッドと机に椅子が1つ、あとは俺の荷物が少々あるだけだ。
「座って」
「あ……はい」
椅子を譲り、俺はベッドへ腰を下ろす。
「それで?」
「はい」
女は膝の上で両手を握った。
使い込まれた革鎧には傷がいくつも残り、腰には直剣。身体つきは小柄だが、腕や脚にはちゃんと鍛えた人間らしい筋肉がついている。
その割に、話し方は随分と大人しい。
「まず名前は」
「ミレイユです。ミレイユ・レナード」
「仕事は?」
「冒険者をしています。剣士です」
「剣士なのは見れば分かる」
「そ、そうですよね」
ミレイユが困ったように笑った。
「それで、何があった?」
俺が尋ねると、その表情から笑みが消えた。
「……誰かが、私を殺そうとしていると……思うんです」
「思う?」
「確証が無いので……」
くっそ面倒そうな話だった――だが、人の命が絡んでいる。
つまり――返済額は期待できる。
「最初は10日くらい前でした。魔物討伐の依頼を受けたんですけど、持っていった魔物避けの薬が全然効かなくて……そのときは何とか無事に脱出できたのですが」
「その魔物避けの薬とやらが古かったとかはないか?」
「前日に買ったばかりでした」
「店が粗悪品を売った可能性は?」
「戻ってから確認しましたが、同じ瓶から分けられた薬を買った人たちには何も問題がなかったそうです」
「なるほど」
「その4日後には、宿で食事をしたあと、急にお腹が痛くなって熱が出て……そのときは2日くらいで治ったんですが……」
「……それはひどい食あたりじゃないのか?」
「私も最初はそう思っていました」
ミレイユが俯く。
「でも3日前、依頼中に剣の柄が突然抜けたんです」
「柄が?」
「はい。魔物に斬りかかった瞬間でした」
「よく生きてたな」
「一緒にいた仲間が助けてくれました」
一つ一つは大したことのない話だったが、ここ数日で起こったことを考えると、偶然が重なりすぎている。
本人が認識していないだけで、ミレイユの運が超絶悪いという可能性も捨てがたいが。
「で、昨日、いつの間にか荷物の中にこれが……」
ミレイユが腰につけていた小さな鞄から、折り畳まれた紙を取り出した。
受け取った紙を開くと短い文章が書かれていた。
『次で終わりだ』
「……なるほど」
「冒険者ギルドにも相談しました。でも、誰が入れたのか分からないし、これだけでは何もできないと言われて……」
「それでリディアに?」
「はい。以前、護衛の依頼を受けたことがあって。そのときにリディアとは仲良くなったんです」
「なるほどな」
それなら、昨日の今日で俺のところへ来た理由も分かる。
「で、心当たりはあるのか?」
「それが……何人か……」
ミレイユが少し言いづらそうに視線を逸らした。
「人気者だな」
「そっ、そういう意味じゃありません!」
「分かってるよ」
そこから心当たりというやつの名前を聞いた。
同じ冒険者の知り合いで、先日不注意で怪我をさせてしまった弓手の男。
ミレイユに言い寄ってきてあっさりと断られパーティーを抜けた男。
護衛依頼で揉めたことのある商人。
酒場で言い合いになったことがある剣士の女
「多いなおい……巻き込まれ体質か?」
「……すみません」
「謝ることじゃないけど」
俺は受け取った紙を机へ置いた。
犯人候補はいるし脅迫状もある。しかも状況からして、確かに命を狙われている可能性が高い……。
探偵としては2件目。
相変わらず何から始めるべきか分からないが、前回よりはマシだ。
「とりあえず、その4人について調べるところから始めるか」
「はい」
「あと、しばらく1人で行動しない方がいい」
「でも……」
「誰かに殺されそうなんだろ?」
「……はい」
「だったら悪いこと言わないから言うこと聞いとけ」
ミレイユは一瞬驚いたような顔をしたあと、小さく頷いた。
「分かりました、レイジさん」
◇
そこからの調査は、前回よりずっと早く進んだ。
名前が上がった対象の居場所を調べ、偶然を装って話をして、ミレイユが襲われた日の行動を確認を開始した。
もちろん全部が順調だったわけではなかった。
明らかな嘘をつく奴もいれば、話すだけで金を要求してくる奴もいた。
それでも2日ほど王都を歩き回った結果、怪しいやつが1人の男に絞られた。
ミレイユと同じパーティーに居た男だ。
名前はバルガス。
直接的ではないがミレイユにしつこく言い寄っていた。
ミレイユがはっきりとそういうことは止めてくださいと伝えてから、露骨に態度が変わり、パーティ内でも何度か揉めた末に抜けている。
こいつが犯人だと考えた決定的な理由は、ミレイユの剣だ。
ミレイユの剣を整備したという武器屋の親父が、整備を終えたあとバルガスが店を訪ねてきたことを覚えていた。
親父が店の奥へ引っ込んだわずかな時間、カウンターに置いたままのミレイユの剣とバルカスだけが店内に居たそうだ。
さらに魔物避けの薬を買った日にも、バルガスは近くの商店にいたことも分かったのだった。
◇
武器屋の親父から話を聞いた俺は、普段からバルガスがよく行くという酒場で発見し、酒を奢るふりをして近づいた。
そして数刻ほど話をした末、ミレイユのことを問い詰めれば、あっさりとはいかなかったが最後には認めたのだった。
脅迫状を書いたのも、薬をすり替えたのも、剣に細工したのも自分だと。
「振られた逆恨みか……?」
「…………そうだ」
理由は、単純明快だった。
「くだらねえ」
「……なんだと?」
「いや、くだらねえなって。女に振られたくらいで殺そうとしたんだろ?」
「てめえに何が分かる!」
突然、バルガスが椅子を蹴って立ち上がった。
その勢いのままテーブルを回り込み、俺の胸ぐらへ掴みかかってくる。
「おい、待っ――」
「何も知らねえくせに偉そうなこと言ってんじゃねえ!」
バルカスの振りかぶった拳が飛んできた。
「うおっ!?」
咄嗟に顔を逸らすと、拳が頬を掠めた。
危ねえ。
こいつ、本気で殴りやがった。
「てめえっ!」
続けざまにもう一発。
今度は腕で受け止め、俺はそのまま懐へ潜り込んだ。
「いきなり何すんだよ!」
そして腹に拳を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
バルガスの身体が折れる。
俺は剣なんて使えないし、格闘技を習ったこともないが、別に喧嘩までしたことがないわけじゃない。
相手が怯んだところでもう一発。
今度は全力で顎を殴り抜いた。
「がっ――!」
バルガスは派手に隣のテーブルへ突っ込み、そのまま床へ転がった。
酒場が一瞬、静まり返る。
「……ったく」
痛む拳を振りながら、俺は倒れたバルガスを見下ろした。
「振られた理由、そういうとこじゃねえの?」
「て……めえ……」
バルガスは起き上がろうとしたが、結局そのまま床へ突っ伏した。
ほどなくして騒ぎを聞きつけた衛兵が酒場へ駆け込んできたため、俺は事情を説明し、バルガスを引き渡した。
これでこの依頼は終わり。
そう思っていた……だが――。




