03-真実の値段は、十八日と六時間
「それで、誰を捜してほしいんだ?」
俺が尋ねると、女はすぐには答えなかった。
椅子に腰掛けたまま、膝の上で両手を重ねているが、よく見ると彼女の細く白い指先がわずかに震えていた。
さっきから何度も廊下を気にしていたことといい、単なる人捜しではなさそうだ。
「その前に……」
女が躊躇いがちに顔を上げた。
「あなたは、本当に人を捜すことができるのですか?」
「できるかどうかは、話を聞いてみないと分からないな」
「……そう、ですよね」
「必ず見つけます、なんて軽々しく言う奴よりは信用できると思うぞ」
女は少し困ったような顔をした。
そりゃそうだ。
仕事を依頼しにきた相手に、いきなり「出来るか分からない」と言われても困るだろう。
だが仕事をする前に必要なことは全て相手に伝えておかないと、クレームの元だ。
俺はそう考えながら、HELP機能が最初に提示したと言う利用規約とやらを思い出し、静かに苦笑しながら続けた。
「それと、先に言っておくけど」
「はい」
「俺は人捜しの専門家じゃないからな」
「……え?」
分かりやすく女の表情が固まった。
「違うのですか?」
「違う」
「でも、人捜しをしてくださる方だと聞いて……」
「一体どこの誰にだよ」
「市場の……裏手通りの果物屋の方です」
あの果物屋の髭面親父だ。
今日、荷車を直してやったばかりだ。
「困った事があるなら、この宿に泊まっている兄ちゃんに相談してみろと。最近この辺りで、色々な方を助けている聖職者のようだと」
あの親父なりの感謝のつもりなのだろうが、余計な宣伝をしやがって。
俺はただ、300年分の借金を返すために片っ端から人助けをしていただけだ。
とはいえ――。
今日一日中人助けをしても、たったの3時間41分。
そんな現実を突きつけられた直後に、向こうから大きそうな困り事が転がり込んできた。
今の俺にはこの女を追い返す理由もない。
「まあ、いい。話してみろ。それから考える」
「ありがとうございます」
女が深く頭を下げた。
これだけでも多少は返済されるんだろうか。
一瞬そんな考えが浮かんだが、確認するのはやめておく。
精算に関する解答は無料だと言っているが、こういう確認料が意外に有料だと言う可能性のほうが高かい。
「捜していただきたいのは……私の婚約者です」
婚約者――なるほど。
「ちなみに、男だよな?」
「はい」
少しだけ興味が薄れた。
「はぁ……探す対象が美女ならもうちょっとやる気が出たんだけどな」
「え?」
「こっちの話だ」
俺はベッドに座り直した。
「それで、その婚約者がいなくなったって?」
「3日前から行方が分かりません」
「喧嘩でもしたのか?」
「していません」
「じゃぁ、他に女ができたとか」
「ありえません」
「――金を持ち逃げした」
「それこそ絶対にありません」
「誰かと駆け落ち……」
「ですから! 他の女性はいません!」
女から思ったより強い返事が返ってきた。
その声が壁を突き抜けた、隣の部屋から聞こえていたいびきが止まった。
俺と女は同時に壁を見る。
『……うるせえぞ』
薄い壁の向こうから低い声が聞こえてきた。
「悪い」
俺が壁越しに謝ると、女は恥ずかしそうに肩を縮めた。
「申し訳ありません……」
「いや、別にいい。それくらいあんたが婚約者を信用してるってことは分かった」
女は小さく頷いた。
「で、相手の名前は?」
「セドリック・アルノー様です」
「……様?」
「アルノー男爵家のご長男です」
貴族――いきなり面倒くさそうな単語が出てきた。ということはこの女も……と考えた所で、俺は未だにこの女の名前すら聞いていないことに気づいた。
「はぁ……とりあえず、俺はレイジだ。で、あんたの名前は?」
「あ……申し訳ありません。名乗りもせずに」
女はフードへ手をかけると、そのまま後ろへ落とした。
淡い金色の髪が肩へ流れ落ちる。
改めて見ると、やっぱり美人だった。
年齢は俺より少し下くらいだろうか。
育ちの良さというものは、たぶんこういう女から滲み出るものを言うのだと思う。
「リディア・エルフォードと申します」
「エルフォード?」
その苗字に聞き覚えはないが、ただ服装と婚約者が貴族ということを考えれば、嫌でも察しはつく。
「もしかして、あんたも貴族?」
「父がエルフォード子爵です」
「帰っていい?」
「えっ?」
「冗談だ」
半分くらいは……半分以上は本気だった。
貴族同士の揉め事なんて、どう考えても関わらない方がいい。
静かに暮らしたい人間が首を突っ込む世界じゃないことぐらいは理解しているつもりだ。
だが同時に、頭の片隅で別の俺が囁いていた。
子爵令嬢――男爵家の跡取りが行方不明。
これを解決したら相当感謝されるんじゃないか?
迷子探し何人分だ?
「それで、子爵令嬢がこんな宿まで一人で来た理由は?」
その質問にリディアの表情が曇った。
「家の者には、このことを知られたくないのです」
「婚約者が消えたのに?」
「だからです」
意味が分からない。
俺が無言で続きを待っていると、リディアは少しだけ身を乗り出した。
「セドリック様がいなくなったのは3日前です。ただ、アルノー家は失踪したとは認めていません」
「どういうこと?」
「領地へ戻った……と説明されています。急な用事ができたので、しばらく王都には戻らないと」
「じゃあ、普通に領地にいるんじゃないのか?」
「いません」
「それは確認したか?」
「……いいえ」
俺は眉を曇らせた。
「だったら、なんでそう言い切れるんだ?」
リディアが外套の内側へ手を入れ、取り出したのは一通の封筒だった。
「昨日、これがうちに届きました」
差し出された封筒を受け取る。
紙質は俺が普段俺が目にしている安物より明らかに上等だなものだった。
表には何やら文字が書かれているが、まだこの世界の文字を完璧に読めるわけではない。
「読んでいいか?」
「はい、そのために持ってきました」
封筒から便箋を引き抜くと、そこに書かれている文章をゆっくり目で追った。
難しい単語はなく、非常に短い手紙だった。
『リディアへ。
突然いなくなることを許してほしい。
婚約はなかったことにしてくれ。
君にはもっと相応しい人がいる。
私を捜さないでほしい。』
読み終えて、もう一度最初から目を通す。
「……これ、本人の字か?」
「間違いありません」
「じゃあ、自分から消えたんじゃないの?」
「違います」
迷いのない返事だった。
「その根拠は一体どこにあるんだ?」
「セドリック様は、私をリディアとは呼びません」
俺は改めて手紙の一番上の行に目を落とすと、確かにそこには『リディアへ』とはっきり書かれていた。
「普段は何て呼ばれてるんだ?」
「リディ、と」
「いつもは手紙でもリディって書いてあるのか?」
「はい。これまでいただいた手紙は、すべてそうでした」
なるほど……些細といえば些細な違いだ。
改まった手紙であるからこそ、そう書いている可能性もあるが、婚約を破棄して消えようという場面で、あえて普段とは違う呼び方をした可能性だってある。
ただ、何かが引っかかる。
「他には?」
「他……ですか?」
「いつもと違うところだ。こういう言い回しはしないとか、字が妙に汚いとか、使っている紙が違うとか」
リディアは俺の手にある手紙を覗き込んだ。
思ったより距離が近くなり、ふわりと甘い匂いがして、俺は少しだけ身体を引いた。
別に緊張したわけではない。
クライアントから仕事をもらえる場面でそういう事を考えることなんて絶対にない。
絶対にだ。
「文字は間違いなくセドリック様のものだと思います。言葉遣いも……おかしいところはないように思います」
「この紙はいつも使ってる紙か?」
「分かりません」
「じゃあ、封筒は?」
「それも……特におかしなところは」
「質問を変えるが、この封筒は誰が届けにきたんだ?」
「昨日の朝、屋敷の郵便受けに入っていたそうです」
「そうです、ってことは、あんたが見つけたわけじゃない?」
「侍女が見つけました」
侍女、つまりメイドがいるような家に住んでいるということか……と考えながら、質問を続ける。
「侍女の名前は?」
「エマです」
「そのエマというのは信用できるやつか?」
俺の質問を聞いたリディアの表情が少し険しくなった。
「幼い頃から私に仕えてくれている信用のおける侍女です」
「じゃあ、あんたはエマを信用してる。そう覚えておく」
「……もしかして、エマを疑っているのですか?」
「俺は何も知らないから、誰も疑ってないし誰も信用してない」
俺がそう言うと、リディアは不満そうな顔をした。
だって仕方ないだろ。
俺はエマとやらの顔すら知らないし、リディアという女を知ったのも、エルフォード子爵とやらも今日初めて知ったのだ。
「はぁ……じゃぁ、それよりも、セドリックと最後に会ったのはいつだ?」
「5日前です」
「どこで?」
「私の屋敷で。2週間後に予定している婚約披露について話していました」
リディアがヒザの上で重ねている指先をゆっくりと動かし、思い出すように零す。
「そのとき変わった様子は?」
「特には……」
「婚約を嫌がってる感じは無かったか?」
「ありません」
「言い切れる?」
「言い切れます」
また即答だった。
気持ちが強いな……だが、俺ならもう少し疑って掛かるだろう。
だがこれはリディア本人の認識であるとして覚えておけばいい。
「ちなみに、家同士が決めた婚約なのか?」
「最初はそうでした」
「最初は……ってことは?」
リディアは少しだけ視線を逸らした。
「今は……私たち自身も、その……」
「ああ、もういい。分かった、分かった」
「……まだ何も言っていませんけれど」
「あんたの顔を見れば分かる」
分かりやすく頬が赤くなっている。
少なくともリディアの方は、かなり惚れているらしい。
「で、男の――セドリックとやらも同じだったと」
「はい」
「だから突然自分を捨てて失踪するはずがない?」
「そうです」
俺は腕を組んで、ここまで聞いたことを脳内で整理していく。
本人の筆跡で書かれた婚約破棄の手紙。
だが、普段とは違う呼び方。
そして家族は失踪と言わず、領地へ戻ったと言っている。
少なくとも、何かはありそうだ。
こういうとき、アイツに聞いたらどう答える?
俺が見聞きした情報は、どういう原理か全部HELP機能も把握している。
いま質問すれば何か見落としている点を教えてくれるかもしれない。
だが――。
俺はその考えを頭から追い出した。
まだ使うには早い。
目の前に事情を知っている人間が座っているのに、わざわざ自分の寿命を使って答えを聞く必要はない。
「他に何かないか?」
「何か、とは?」
「何でもいい。いなくなる前に妙なことを言ったとか、誰かと揉めていたとか。急に金を使った。逆に使わなくなった。知らない奴と会ってた。普段行かない場所へ行った……なんでもいい」
リディアはしばらく黙り込んだ。
記憶を辿っているのだろう、俺は急かさずリディアが話すのを待つ。
階下の食堂から笑い声が聞こえてきた。誰かが酒でもこぼしたのか、直後に女将の怒鳴り声が響く。
そしてしばらくして、リディアが小さく「あ」と声を漏らした。
「何かあったか?」
「関係があるかは分かりませんが……最後に会った日、妙なことを聞かれました」
「何を?」
「もし自分がいなくなったら、どうする、と」
俺は無意識に姿勢を正した。
「それ、どういう流れで出たセリフなんだ?」
「分かりません。本当に突然だったんです。婚約披露の招待客について話していて、その途中で……」
「それにリディアはなんて答えたんだ?」
「もちろん『捜します』と」
「それに対して、相手はなんて?」
リディアは少し考え込んでから、ゆっくり答えた。
「笑っていました」
「笑ってた?」
「はい。ただ……」
リディアはそこで言葉を止めその時のことを思い出すように視線を少し左上に向けた。
「今思えば、少し寂しそうだったような気がします」
今思えば……か。
そこはあまり信用しない方がいい。
人間の記憶なんて、後から起きたことに合わせていくらでも意味が変わるのだ。
だが「自分がいなくなったらどうする」と尋ねた事実そのものは無視できない。
偶然にしては出来すぎている。
「その会話から2日後にいなくなったんだな?」
「はい」
「それで3日後、つまり昨日に手紙が届いた」
「そうです」
俺はもう一度手紙を手に取った。
何かある――。
そんな気がする。
ただし、気がするだけでなんの確信もない。
ここから先は実際に調べなければ分からないだろう。
「ちなみに、セドリックの屋敷には入れたりするのか?」
「アルノー家へ……ですか?」
「そう。セドリックの部屋を見たいんだが」
「私が同行すれば、おそらく……ただ、家人に何と説明すれば」
「婚約者なんだから会いに来たでいいだろ」
「恐らく、領地へ戻ったと言われ追い返されます」
「なら、忘れ物を取りに来たとか適当に言えばいい。嘘が苦手なら俺が考える」
リディアが少し驚いた顔をする。
「引き受けてくださるのですか?」
そう言われて、俺は黙った。
そうだ。まだ報酬の話もしていないのに、俺はすっかり次にやることを決めてしまっていた。
危ない。
感謝されるだけで寿命という名の借金が減ることばかり考えて、普通に生きるための金を忘れるところだった。
今日か明日の分までは服を売ったり人助けをして稼いだ小銭がある。
だが、その先の金はまだ稼げていないのだ。
「その前に金の話をしよう」
「はい。もちろんです」
「リディアはこの件でいくら出せる?」
「……その……私自身の持ち出しになるので……金貨10枚で足りるでしょうか?」
俺は表情を変えないようにした。
金貨10枚。
この宿なら稼ぎが無くても1年……いやそれ以上、かなり長く暮らせる。
何より食事が多少値上がりしたくらいで女将と揉めなくて済む。
いや、俺の場合それはそれで揉めると思うが。
「……この先の調査結果次第だな」
俺は知ったような顔でそう答えた。
この世界における人探しの相場なんて知らない。
高いのか安いのかも分からない。
こういうときこそHELP機能に聞けば一発なのだが、依頼料を決めるために寿命を使っていたら何のために働くのか分からなくなる。
「前金で3枚。見つけたら残り7枚」
「分かりました」
リディアが即答するのを聞いて、もっと取れた気がすると少しだけ後悔した。
だが、俺の後悔に気づくことのないリディアは外套の内側から小さな財布を取り出し、金貨を3枚机へ置いた。
俺は思わず手が伸びそうになるのを堪えた。
「それと、引き受けるためにもう1つ条件がある」
「何でしょう」
「調べてる途中で、見たくないものが出てきても俺を止めるなよ」
リディアの表情が変わった。
「見たくないもの……?」
「本当に別の女がいるかもしれない。借金があるかもしれない。あんたに言えない趣味があるかもしれないし、そもそも自分から逃げた可能性だって消えてない」
「セドリック様は――」
「分かってる。あんたは信じてる」
リディアが悲壮な表情で言いかけたセリフを俺は遮った。
「でも、捜すってのはそういうことだろ。都合のいいところだけ調べるなら、最初から『そのうち帰ってくる』って信じて待ってればいい」
リディアが黙り込むのを見て少し言いすぎたかと思ったが、それでも謝る気にはならなかった。
ここで綺麗なことを言って期待だけ持たせる方が、よほど無責任だ。
やがて彼女は膝の上で拳を握ると、まっすぐ俺を見た。
「それでも……お願いします」
「分かった」
机の金貨3枚を革袋へ入れる。
重い……。
皮袋からいい音がした。
「明日、アルノー家に行きたい。朝の鐘がなるころに、ここへ来られるか?」
「馬車を用意いたします」
「……それって金かかる?」
「こちらで負担します」
「じゃあ頼む」
リディアが一瞬だけきょとんとして、それから初めて笑った。
「何だよ」
「いえ。何でもありません」
「言っとくけど、無駄な出費をしないのは大事なことだからな」
「はい」
リディアはまだ笑っている。
何がおかしい。
ともあれ、話は決まった。
リディアが帰ったあと、俺は机の上へ手紙を広げた。
調査のためにと言って置いて帰るように言ったものだ。
本人の筆跡。
普段と違う呼び方。
失踪前の妙な発言。
領地へ戻ったという家族の説明。
俺なりに頭の中で並べてみるが、何かが足りない気がする。
そもそも俺は探偵でも何でもない。
事件を解決した経験なんて当然ないし、こういうときに何から調べればいいのかも知らない。
机の上の手紙を睨んでいると、嫌でも便利な存在が頭に浮かんだ。
「……なあ」
《何かご用でしょうか》
呼んだだけで金を取られていないことを祈る。
「今の依頼について質問したい」
《承知いたしました》
さて……何を聞くべきか。
セドリックはどこにいる?
それを聞けば早いだろう……もしかしたら居場所まで一発で教えてくれるかもしれない。
しかし、そんな情報が安いはずがない。
下手をすれば数年、いやもっと請求される可能性もある。
犯人がいるなら犯人を教えろ、なんて質問はもってのほかだろう。
俺はしばらく考え、質問方法を決めた。
「俺が今日、リディアから聞いた情報だけを使って答えろ。新しい情報を調べる必要はない」
《承知いたしました》
「その中に、俺がまだ気づいていない明確な矛盾はあるか? まず対価を言ってからだ」
《回答料金を算定いたします》
少し間が空く……この瞬間が嫌いだ。
《回答料金:生命時間換算で十三分》
13分。
今日一日で稼いだ3時間41分を思い出す。
安くはない……だが払えない額でもない。
「回答は『ある』か『ない』だけでいい。それでも13分?」
《回答料金:生命時間換算で九分》
「……4分だけ安くなったのか」
《はい》
なるほど。
回答を短く指定すれば、本当に安くなるってことはもっと削れるんじゃないか。
「俺がすでに気づいている内容は除外。新規情報の取得も推測もなし。回答は一語。それで最終的にいくら?」
《回答料金:生命時間換算で七分》
7分……これで最初のほぼ半額だ。
俺は思わず口元を緩めた。
「お前、こういう使い方できるんだな」
《ご利用方法はお客様に委ねられております》
「それを最初に教えろよ!」
《お問い合わせいただいておりません》
「……そうだったな」
腹は立つが、こいつはこういう奴だ。
「7分のやつで頼む」
《承知いたしました》
ほんの一拍の沈黙。
《あります》
回答はそれだけだった。
「…………」
《以上となります》
「分かってるよ」
7分の寿命を減らして、手に入ったのは「あります」の4文字。
冷静に考えると、とんでもなく高い買い物だ。
だが、無駄ではない。
俺が見落としている何かが、すでに今日の話の中にある。
それが分かっただけで、闇雲に調べる必要はなくなった。
「ちなみに、その矛盾が何か教えてもらうと?」
《算定可能です》
「算定だけなら無料?」
《料金提示のみであれば利用料金は発生いたしません》
それは助かる。
「じゃあ見積もり」
《回答料金:生命時間換算で十八日六時間です》
「却下だ」
《承知いたしました》
危ねえ。
7分の次が18日。
同じ質問に見えても、答えへ近づくほど一気に跳ね上がるらしい。
だったら18日分は自分の頭で考えるしかない。
俺は寝台へ仰向けに倒れ込み、リディアとの会話を、最初から思い返すことにした。
婚約者が消えた。失踪か誘拐かは分からない。
家族は領地へ戻ったと言っている。
そして本人の筆跡で手紙が届いた。
リディアという呼び方だけが普段と違う。
その2日前には、自分がいなくなったらどうする、と尋ねている。
どこだ……何がおかしい。
しばらく天井の染みを眺めていたが、やがて諦めて目を閉じた。
明日、現場を見れば何か分かるかもしれないし、それでも分からなければ、そのときまた考えればいい。
何より、俺にはHELP機能がある。
金は――いや、寿命はかかるが最悪の場合は答えを買える。
そう考えると、少しだけ気が楽になった。
「……探偵か」
誰に聞かせるでもなく呟く。
それを仕事にするのも悪くないかもしれない。
依頼料も入るし、感謝されれば借金も減る。
何よりコイツを使わず解決できれば丸儲けだ。
《補足情報があります》
そんなことを考えていると、突然思考に割り込んできた。
コイツから割り込んでくることがあっただろうかと思いながら、俺は目を開けた。
「いくら?」
《回答料金:生命時間換算で二十一日です》
「いらん」
《承知いたしました》
危ない危ない。
探偵という仕事を始める前に、HELP機能に俺の稼ぎが食い潰されるところだった。




