25-開かない金庫と、二度目の女装
3日後……俺は女になっていた。
正確には女になったわけではないが……。
用意されていた服に着替え、化粧をされ、髪型を整えられ、魔道具で声まで変えられているだけで、中身はれっきとした男である。
だが、目の前に置かれた小さな鏡を見る限り、その主張がどこまで通用するかは怪しい。
鏡の中に居る見知らぬ女。
俺が右を向けば右を向くし、左を向けば左を向く。
「…………」
「…………っ」
俺の正面に座っているミレイユの肩がブルブルと震えている。
「おい」
「はい、レイさんなんですか?」
「レイって呼ぶな。そんで、今笑ってただろ」
「笑ってません」
即答だったが、ミレイユは口元を押さえ肩が震えている。
「じゃあその口を押さえている手をどけてみ?」
「嫌です」
「笑ってんじゃねえか」
「だって……」
ミレイユが俺の顔を見て再び噴き出した。
「…………っ」
「おい!」
「ご、ごめんなさい……」
あからさまに顔を逸らし、そのまま肩を震わせている。
「そんなに面白いか?」
「面白くはないですね!」
「こっち見て言えよ」
「今はちょっと無理です——ふふっ、ふふふっ」
「面白いんじゃねえか!」
声を荒げたところで、俺の口から出てくるのは女の声だ。
前にここへ来たときにも使わされた、声を変える魔道具である。
「……帰るぞ」
「駄目です」
「依頼人来てねえじゃん」
「先生を待ってるだけですよね?」
「もう10分以上待ってるぞ」
そもそも今回ミレイユまで連れてきたのが間違いだったかもしれない。
「記録に残せないのが残念ですね」
「んん……? そんな道具あるのか?」
「すっごい高いらしいですよ」
そんな話をしていると、突然会議室の扉が開いた。
「お待たせいたしました」
そう言って入ってきたのはエレノア・ハーグリーヴス。
この学校の教師で、今回俺に依頼を持ち込んだ張本人だ。
◇
「お久しぶりです、レイ――」
俺を見て、一瞬止まった。
「…………」
「何?」
「いえ——大変よくお似合いです」
「帰っていい?」
「申し訳ありません」
全然申し訳なさそうじゃない。
エレノアは咳払いをひとつして、俺の向かい側へ座ろうとして固まった。
「――え?」
視線は俺ではなくミレイユへ向いている。
「はい?」
「もしかして……」
エレノアの目が大きくなる。
「ミレイユ・レナードさん……ですか?」
「はい。そうですけど」
ミレイユが軽く頭を下げる。
次の瞬間、エレノアの表情が明らかに変わった。
「やはり! 《紅蓮の剣姫》ミレイユ・レナードさんですね!」
「ぶっ!」
「レイジさん!」
——不意打ちに耐えられなかった。
俺は机に突っ伏した。
「くっ……紅蓮……」
「笑わないでください!」
「だってお前……有名じゃん……」
「ちっ、違いますよ!」
顔が真っ赤だ。
3日前に神官長から呼ばれたときも嫌がっていたが、今回はさらにダメージを受けているように見える。
「すみません、私、何か失礼なことを……?」
「いえ……」
ミレイユが消え入りそうな声を出す。
「その呼び方は、その……」
「失礼いたしました。冒険者の間で名の知られた方にまさか実際にお会いできるとは思わず」
「やっぱ有名人」
「レイジさんは黙っててください!」
怒られた。
だが面白い。
こいつ、俺が女装しているのを散々笑ったのだから、これくらいは許されるだろう。
「ちなみに先生」
「はい?」
「なんで紅蓮なんですか?」
「レイジさん⁉︎」
「私が聞いた話では――」
「先生も答えなくていいです!」
珍しくミレイユが大声を出した。
「……あとで聞こ」
「聞かなくていいです」
「俺、すげえ気になってるんだけど」
「忘れてください」
「無理」
「忘れてください」
怖い。
これ以上やると本気で怒りそうなので、一旦やめておくことにした。
エレノアもようやく本来の用件を思い出したらしく、俺たちの前に何枚かの紙を置いた。
「では、改めまして。お越しいただきありがとうございます」
俺は置かれた紙を手に取って目を通した。
「以前お話しした、ご相談事についてです」
「なんだこれ……箱?」
「はい。正確には、金庫のようなものなのですが」
エレノアが机に置いた紙を指差す。
そこには、四角い箱のようなものがスケッチされていた。
「……見た目的には金庫じゃねえのか?」
「そう見えますよね」
「いや、どう見ても金庫だろ。これがどうしたんだ?」
「開かないんです」
「鍵がないってことか?」
「鍵穴そのものがないんです」
俺はもう一度、紙に目を落とした。
確かに、描かれている箱には扉らしきものはあるが、鍵穴も取っ手もない。ただの四角い金属の塊だった。
「何だこれ」
「私どもにも分かりません。少なくとも40年以上前から、女子寮の倉庫に置かれていたそうです」
「40年?」
「はい。いつからという正確な年代は分かりませんが、先々代の寮監が赴任した40年ほど前には、すでにあったと聞いています」
「ずいぶん長いこと放置してんな」
「何度か開けようとしたそうですが、結局誰にも開けられなかったそうです」
「魔法とかでもか?」
「試した記録はありますが、壊すとなると中身も傷つけてしまうかもしれませんので」
「中身があるかどうかも分からねえのに?」
「だからこそ、です」
まあ、言いたいことは分かる。
40年以上も開かない金庫だ。
中には昔の貴重品でも入っているかもしれない。
あるいは、どうでもいいガラクタかもしれない。
開けてみなければ分からない以上、壊すのもためらわれるというわけだ。
「で、なんで今さら開けたいんだ?」
「倉庫を整理することになりまして。古い備品などを処分しているのですが、あの箱だけはどうにもならなくて」
「だったらそのまま捨てりゃいいじゃねえか」
「それが、とても重くて動かせないんです」
「……なるほどね」
つまり、邪魔な金庫をどうにかしてくれという依頼らしい。
探偵の仕事か、それ。
「……鍵屋か鍛冶屋にでも頼めよ」
「以前お願いしたことがあるそうですが、結局開けられなかったと」
「……俺に何を期待してんだよ」
「以前の件でレイジさんは普通の方とは違った視点で物事をご覧になると感じましたので」
褒められているのか、便利屋扱いされているのか……たぶん後者だろうな。
「それに、ミレイユさんまでご一緒とは心強い限りです」
「お任せください!」
隣でミレイユが元気よく返事をした。
お前は何を任されたんだ。
「……とりあえず現物を見せてくれ」
「はい。ご案内いたします」
エレノアが立ち上がり、俺も椅子から腰を上げた。
「では、こちらへ」
そのとき、ミレイユが俺の耳元に顔を寄せてきた。
「レイさん、スカートがめくれていますよ」
「……お前、絶対楽しんでるだろ」
「ふふっ」
否定しなくなりやがった。
◇
スカートの裾を気にしながら女子寮の中を歩く。
当然ながら、周囲は女ばかりだ。
廊下ですれ違う生徒たちは、見慣れない俺たちに興味深そうな視線を向けてくる。
それにしても、女子寮というのは独特の空間だ。
廊下には花が飾られ、壁には刺繍の入った布が掛けられている。どこからか甘い香りが漂ってきた。
男の俺には縁のない世界である。
「レイジさん」
ミレイユが小声で呼びかけてきた。
「何だよ」
「楽しそうですね」
「どこがだよ」
「さっきから周りをよく見ていらっしゃるので」
「仕事だ、仕事」
「そういうことにしておきます」
こいつ……。
そんなやり取りをしながら廊下を曲がったところで、聞き覚えのある声がした。
「あら? レイ様?」
振り向くと、そこには見覚えのある少女が立っていた。
「やっぱり! レイ様ではありませんか!」
セシリア・アーデルハイト。
以前の事件で知り合った、貴族の令嬢だ。
「よう、先日ぶり」
「先日はありがとうございました! またお会いできるなんて!」
セシリアが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「エレノア先生、レイ様がいらっしゃるなら教えてくださればよかったのに!」
「ごめんなさいね。今日はお仕事でいらしているのよ」
「まあ、そうなのですね」
セシリアは納得したように頷くと、俺の隣に立つミレイユへ目を向けた。
「あれから両親にはちゃんと怒られたか?」
「は、はい……それはもうこってりと……あの、ところで……こちらの剣士の方は?」
「ああ、俺の――」
「はじめまして。ミレイユ・レナードと申します」
俺が答えるより先に、ミレイユが丁寧に頭を下げた。
「レイジさんには、いつもお世話になっています」
「ミレイユ様はレイ様のお仕事のお仲間なのですか?」
「ええ。それもありますけど……」
ミレイユが俺をちらりと見た。
何だ、その意味ありげな視線は。
「まあ……!」
何も言っていないのに、セシリアの顔がぱっと明るくなった。
セシリアは一体、何を想像してるんだ。
「それは、もしかして……!」
「ふふっ」
ミレイユが微笑む。
おい、そこで笑って誤魔化すな。
「……まあ、そういうことだ」
俺が適当に答えると、セシリアは両手を胸の前で合わせた。
「素敵ですわ!」
何がだ。
「レイ様には以前、大変お世話になりましたの。私、ずっとお礼を申し上げたいと思っていたんです」
「もう十分礼はもらったぞ」
「それとこれとは別です!」
きっぱりと言い切られた。
「それに、ミレイユ様のお話もぜひ伺いたいですわ。レイ様とはどのようにお知り合いになられたのですか?」
「それはですね――」
「おい、ミレイユ」
「はい?」
「仕事中だぞ」
「あぁ、そうでしたね」
絶対分かっててやってるだろ。
セシリアは少し残念そうな顔をしたが、すぐに何かを思いついたように微笑んだ。
「でしたら、今度ぜひお二人でお茶にいらしてくださいませ!」
「お茶?」
「はい! お父様もレイ様には感謝を申し上げたいと言っております、ぜひご紹介させてください。私もお二人とゆっくりお話ししたいですわ」
「ええ、ぜひ」
ミレイユが即答した。
お前、俺の予定は確認しねえのか。
「嬉しいです! では、改めてお誘いのお手紙をお送りいたしますね」
「ああ、分かった分かった」
「約束ですわよ?」
「はいはい」
セシリアは満足そうに頷くと、エレノアに一礼して去っていった。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
「……元気な奴だな」
「可愛らしい方ですね」
「ああ、まあな」
「レイジさん、随分懐かれているんですね」
「前の事件でちょっとな」
「ふふっ。お茶会とか行ったことないか、楽しみです」
「……俺はまだ行くって言ってねえぞ」
「約束していましたよね?」
「お前が勝手に返事したんだろ」
「でも、断らなかったじゃないですか」
……言い返せねえ。
それにしても、貴族の家でお茶会か。
面倒くさそうだが、まあ、悪い話でもないだろう。
美味い菓子くらいは出るだろうしな。




