24-まともなのは俺だけ。負債はまだ298年
「それではレイジ様、ミレイユさん。本当にありがとうございました」
神殿の入口で、セラフィナが俺たちへ頭を下げた。
「特にレイジ様には、私を庇ってお怪我まで……」
「もう治してもらったから気にすんな」
「ですが」
「治したのお前だろ」
「それとこれとは別でございます」
またそれか。
しかしセラフィナと握手をして、そのまま帰ろうとしたところで、後ろから神官長が追いかけてきた。
「レイジ殿!」
「何?」
「こちらを」
さっきの小袋をそっと渡された。
「いや、だからいらないって」
「快気祝いです」
「治したのそっちの聖職者だよな?」
「はい」
「普通、治療費を俺が払う側じゃないの?」
「滅相もございません。今回は神殿からの依頼にも関係しておりますので」
「でも俺は、神殿から依頼されてないぞ」
「快気祝いです」
「便利な言葉だな、それ」
「どうぞ」
強引に手に握らされた。
そっと中身を確認すると、それなりの金額が入っている。
これは口止め料ではなく、快気祝いらしい。
本人がそう言っているのだから、そういうことにしておこう。
「またお会いしましょうね。レイジ様、ミレイユさん」
「ああ」
「セラフィナさん、またね」
ミレイユが手を振る。
セラフィナは最後まで嬉しそうに俺たちを見送っていた。
その隣では神官長が、なぜか俺へ向かって拝むように両手を合わせていた。
絶対、何か押しつけられた気がする。
◇
店へ戻ると、オズワルドさんが待っていた。
衛兵からも正式に話を聞いて一件落着となったらしい。
「本当に助かったよ。これで安心して隠居できる」
「幽霊はまだ1人いるらしいぞ?」
「……それは聞かなかったことにするよ」
賢明な判断だと思う。
そして、昨日女将と話していた通り、この建物を正式に俺が借りることになった。
家賃は相場よりかなり安い。
さらに幽霊が残っていることを交渉材料として使い、少しだけ下げてもらった。
幽霊も役に立つことがあるらしい。
鍵を受け取りオズワルドさんが帰ったあと、俺は改めて店内を見回した。
正直、色々と古く手を入れなければならないところがかなり多い。
ついでに、ミレイユが男を叩きつけたせいで少し壊れた壁も酷い有様だった。
「……片づけるところからだな」
「そうですね」
「お前が壊したところも直せよ」
「それは……はい」
すこししょぼくれた返事だった。
1階は事務所にするため、客を通すための机と椅子に、長椅子も欲しい。
棚は使えそうなものだけ残して、最低限それっぽくするしかないだろう。
2階は住居で、小さな部屋が4つあるので、俺1人なら十分すぎる。
「……ミレイユもここで住むか?」
なんとなく、本当になんとなく聞いてみたいのだが、まるで飼い主に再開した仔犬のような空気がブワッと広かったのがわかった。
まるで昨夜の悪霊が出た時の空気感の真逆の空気感だった。
「……いいんですか?」
「……まぁ、部屋余ってるし。どうせ毎日のように俺のところ来てるじゃん」
「それはそうですけど……」
尻尾があれば、折れそうなぐらい振っているような表情だった。
「じゃあ、一緒に片づけましょう! 共同作業ですね!
「共同作業ね……まぁ、確かにそれはそうだな」
まずは窓を開けると朝の光が差し込み、埃が舞った。
「うわ」
「掃除、大変そうですね」
「明日以降、ゆっくりやるか?」
「駄目です! ここで生活できるようになるまで、超急ぎで頑張ります!」
そうして俺たちが掃除を始めようとしたところで、頭の中に聞き慣れた声が響いた。
《案件終了に伴う精算結果をご案内します》
来た……俺は持ち上げかけていた箱を床へ戻した。
《本案件におけるHELP利用料金は、生命時間換算で四時間四分です》
土地について調べた4時間に簡易解析の1分。
そして、さっきセラフィナの身元を調べた3分の合計4時間4分。
安すぎる。
前に銀貨1枚のために27日以上使ったことを考えると、ほとんどタダみたいなものだ。
《続いて、本案件に関連して発生した未精算残高への相殺結果をご案内します》
(おう)
《オズワルド・ベインより発生した感謝、信頼、安堵等による相殺量――生命時間換算で四十六日九時間十二分》
思ったより多いなオズワルドさん。
親父から受け継いだ建物を守っただけでなく、半月以上続いていた不安そのものを取り除いたことが大きいらしい。
《周辺住民および本案件に関連する第三者より発生した相殺量――生命時間換算で十一日三時間四十八分》
まさかこの周辺住民からもあるとは思わなかったが、これを合わせて2か月弱。
悪くない。
《続いて、ミレイユ・レナードより発生した本案件中の追加相殺量――生命時間換算で百三十七日十一時間二十六分》
(ん? 多くない?)
《レイジ様が負傷した際に発生した強い恐怖、不安、その後の安堵、愛情、信頼等が主な要因です》
刺されて寿命が延びるとはなんとも言えない仕組みである。
(刺され得かよ)
《生命時間の獲得を目的とした意図的な負傷については、同等の感情が発生する保証はありません》
(やらねえよ!)
聞いただけだ。
《なおミレイユ・レナードからは現在も継続的な相殺が発生しています》
それは知っている。
《続いて、セラフィナ・アルヴェールより発生した相殺をご案内します》
そこで少し意識が止まった。
(……セラフィナ?)
《はい》
まあ、思い返せば確かに感謝はされていた。
目の前で刺されるのを庇ったのだから、多少はあって当然だろう。
《本案件中に発生した相殺量――生命時間換算で二百九十八日十八時間三十四分》
「……は?」
「どうしました?」
俺の唐突な声に掃除を始めていたミレイユが振り返った。
「あ、いや、なんでもない」
俺は慌てて誤魔化す。
(もう1回言って?)
《二百九十八日十八時間三十四分です》
ほぼ10か月分だ……いや、昨日会った女だぞ。
(なんで?)
《精算結果に関する説明をご案内します。主な内訳は、感謝、安心、信頼、強い好意、ならびにレイジ様に対する急速な愛着形成です》
(待て)
《はい》
(最後のやつなに?)
《レイジ様に対する急速な愛着形成です》
(昨日会ったばっかりだぞ?)
《経過時間と感情形成速度に直接的な比例関係はありません》
そういう問題なのだろうか。
(その恋愛感情ってのは?)
《該当する反応を検出しています》
「…………」
「レイジさん?」
「なんでもないぞ、すまんぼーっとしてた」
おかしい……確かに庇って刺されたが、それだけだ。
その理屈なら世の中の護衛は依頼人全員から惚れられていないとおかしい。
《また、セラフィナ・アルヴェールからは、現在も継続的な相殺が発生しています》
ミレイユと同じということは、つまり一度きりの感謝ではない。
(ちなみにミレイユの何割くらい?)
《現時点の平均相殺速度で比較した場合、ミレイユ・レナードの約七十一パーセントです》
昨日会ったばっかりなのに妙に高い。
《なお、セラフィナ・アルヴェールからミレイユ・レナードに対しても、強い憧憬、尊敬、親愛、ならびに接近欲求が確認されています》
(接近欲求って言い方やめろ)
《感情分類上の表現です》
(恋愛感情とは違うのか?)
《現時点では断定基準に達していません》
俺に対しては達してるのかよ。
昨日、セラフィナが俺とミレイユを交互に見ながら嬉しそうにしていたのを思い出す。
あれ、そういうことだったのだろうか……よく分からない。
というか、あまり深く考えたくない。
《なお、本案件に関連して、追加の相殺が発生しています》
(追加?)
《王都中央神殿神官長より発生した感謝、安堵、期待等による相殺量――生命時間換算で百八十九日十一時間二十二分です》
(……は? 189日?)
思わず聞き返してしまった。
(神官長? なんで?)
《精算結果に関する説明をご案内します。主な要因は、長期間継続していた懸念事項について、解決の可能性を認識したことによる強い安堵です》
(懸念事項ってまさか……)
《セラフィナ・アルヴェールです》
人を、てか部下だろう人間を懸念事項って言うなよ。
というか。
(オズワルドさんより多いんだが)
《はい》
(あの人、親父から受け継いだ自分の店を守ってもらったんだぞ?)
《確認されています》
(それより喜んでるってことか?)
《相殺量のみを比較した場合、その認識で問題ありません》
俺はしばらく考えた。
俺がセラフィナと普通に話をして、言うことを聞かせただけで、神官長から半年以上の寿命が返ってきた。
セラフィナは今まで神殿で何やってきたんだよ。
(ちなみに怖くて聞きたくないんだが、期待って何を期待されてるんだ?)
《今後、セラフィナ・アルヴェールに問題行動が発生した際、レイジ様による一定の抑止効果が期待されています》
ものすごく嫌な説明だった。
(俺があいつの面倒見ることになってる?)
《そのような契約は確認されていません》
(だよな)
《ただし神官長は、そのような役割を強く期待しています》
(勝手に期待すんな!)
あの爺さん、だから最後に拝んでやがったのか……快気祝いとか言って金まで押しつけてきたのも、今考えると全部意味が違って見えてくる。
事件を解決したことより、セラフィナの手綱を握れそうな人間が現れたことの方が喜ばれている。
知りたくなかった。
(はぁ……で、今回は結局差し引きいくらだ?)
《本案件における相殺総量は、生命時間換算で一年三百十八日五時間二十二分です》
利用分を差し引いても、2年近い黒字。
たった1件でこれだ。
しかも、セラフィナとミレイユからの返済はこれで終わりではない。
(……ちなみに現在の未精算残高は?)
《現在の未精算残高をご案内します》
最初に叩きつけられた数字は302年214日11時間32分17秒……びっくりしすぎていまだに覚えている。
あのときは、とてもじゃないが返済できる数字には見えなかった。
《現在の未精算残高は――二百九十八年五十七日十九時間五十七分四十一秒です》
「…………」
300年を切った……が、まだ298年ある。
普通に考えれば絶望的な数字だけど、最初に302年と聞いたときとは、気持ちが全然違う。
(2週間ほどで4年近く減ってる……のか)
《正確には――》
(細かいのはいらない)
《承知しました》
しかも、今はミレイユから毎日返済が発生しているし、今日からはセラフィナも加わる。
依頼を解決すればさらに増えるということは、使う分を節約すれば、出ていく分も抑えられる。
(……これ、本当に一年でいけるんじゃないか?)
《将来的な完済時期の予測には、回答料金として――》
(いらない)
危ない……こういうところで使うから減らないんだ。
でも、初めて300年という数字が絶対に越えられない壁ではなくなった気がした。
――あと298年。
まだ途方もないが、それでも確実に減っている。
しかも減る速度は少しずつ上がっている。
「レイジさん?」
「ん?」
「さっきからぼーっとしてますけど、掃除したくないだけじゃないですよね?」
「違うぞ」
「本当ですか?」
「ちょっといいことがあった」
「いいこと?」
「ああ」
俺は床に置いた箱をもう一度持ち上げた。
「借りていたモノが、思ったより返せそうなんだ」
「借金なんてあったんですか?」
「まあそんな感じだな。しかもとんでもない量の」
「私も出せる分、払います!」
「いや、金じゃない。でもその気持ちはありがたく受け取っておくよ」
ミレイユの間髪入れない申し出に少し心がジーンとしたのは内緒にしておこう。
「多分問題ない」
俺はそう答えてから、店の中を見回した。
ここが今日から俺の事務所になる。
3日後には、エレノアから頼まれた女子寮の件があるし、それが終われば、しばらく大きな仕事の予定はない。
事務所を片づけ、看板を出して、近所のちょっとした頼み事でも引き受けながら暮らす。
それだけでも少しずつは減っていくはずだ。
悪くない。
この仕事をやろうと決めた頃は、宿の一室で依頼人の話を聞いていた。
今は事務所が手に入って、腕の立つ剣士が側にいてくれて、神殿所属の聖職者まで知り合いになった。
随分それらしくなってきた気がする。
もっとも……剣士は《紅蓮の剣姫》とやらで、聖職者は悪霊が泣いて逃げるようなヤバそうな女だけど。
その上で、事務所には幽霊が住んでいるらしい。
「……まともなの、俺だけじゃねえか」
「何か言いました?」
「なんでもない」
多分、聞かせない方がいい……特にセラフィナには……絶対にろくなことにならない気がする。




