23-紅蓮の剣姫と、神殿の問題児
翌朝――。
結局、昨夜はそのまま店で朝を迎えた。
捕まえた連中を放置して帰るわけにもいかず、かといって夜中に5人もの男を連れて歩くのも面倒だったからだ。
日が昇ってからミレイユにオズワルドさんを呼んでもらい、事情を説明して衛兵へ連絡してもらった。
駆けつけた衛兵たちは、店の中に転がっている男たちを見て一瞬言葉を失っていた。
1人は手首がおかしな方向へ曲がり、1人は顔を腫らし、1人は壁際で伸びていて、もう1人は天井に叩きつけられたせいか腰を押さえて呻いている。
ちなみに最初に捕まえた嫌がらせ役の男だけが無傷だった。
なんだか一番悪い奴を丁重に扱ったみたいになっている。
衛兵から事情を聞かれたので、俺は昨夜分かったことをそのまま説明した。
地上げ目的と思われる嫌がらせがあり、夜中に侵入していた男を捕まえたと。
明日の夜に仲介役から報酬を受け取る予定であることを自白して、そいつを捕まえたあとに武装した4人が入ってきたこと。
魔道具や侵入用の道具もそのまま証拠として渡した。
あとは警備隊が調べるらしいので、一旦これで俺の仕事は終わりだ。
……終わりなのだが。
「ところで」
衛兵たちが男を連れていくのを見送りながら、俺は隣にいるミレイユを見る。
「昨日からずっと聞きたかったんだけど」
「はい」
「ミレイユって、何者?」
剣士だし、俺より強いことくらいは知っていた。
俺は剣なんて使えないし、ミレイユは冒険者として実際に金を稼いで生計を立てている。
だが、昨日のあれは俺が想像していた「剣が使える冒険者」の範囲を明らかに超えていた。
「冒険者って、みんなあれくらい強いのか?」
「あははっ、そんなわけないじゃないですか」
「じゃあ、お前が強いんじゃねーか……」
「まあ……えっと……それなりには」
――それなり。
男を天井まで吹っ飛ばす奴が『それなり』を名乗っている。
「ちなみにだけど、冒険者ギルド内だとどれくらい強いんだ?」
ミレイユが少し考えるそぶりを見せ、指を一つづつ折っていき……途中でやめた。
「えっと……上から数えて……えっと……」
「…………」
こいつ、上から数え始めたぞ。
ということは少なくとも所属している冒険者の平均よりは高いことになる。
流石にそれは初耳だった。
ただの肉欲に溺れた不憫属性のへっぽこ剣士かと思っていた。
「今何か、エッチなこと考えていませんでした?」
「バカ言うな。それはそうと、上からってのは、どれくらい上の方にいるんだ?」
「順位表とかがあるわけじゃないですけど……100番目以内には入っているかな……もうちょい下かもしれません……あはは」
「いや、それってめちゃくちゃ強いんじゃねぇか!」
思わず声が大きくなり、ミレイユが少し驚いたのが見えた。
この街の冒険者ギルドとやらに何人の冒険者が登録されているのかは知らないが、仮に100位だったとしても、全員で1000人いるなら上位10%、5000人いるなら上位5%だ。
「えっと……言ってませんでしたっけ?」
「聞いてねえよ!」
「そうでしたか。でも、聞かれませんでしたし」
「そういう問題?」
「そういう問題だと思います」
確かに俺も聞かなかった。
冒険者で、胸が大きい、剣士の女。
可愛くて、胸が大きくて、美人で、胸が大きい。
……それだけ知って満足していた。
思い返せば、こいつを狙っていた連中が真正面から襲わず、嫌がらせだの毒だの回りくどい手段を使っていたのも、単純に正面から勝てなかったからなのかもしれない。
「だから、これでも結構稼いでますよ?」
「じゃあ飯10回なんて余裕じゃん」
「それとこれは別です」
「なんでだよ」
「レイジさんにご飯を作るのは、私が決めた報酬ですから」
そこは譲らないらしい。
まあいい。
少なくとも今後、荒事になったらミレイユの後ろに隠れればいいということは分かった。
合理的な判断である。決して男として情けなくはない。
◇
次の問題はセラフィナだった。
「それでは、私は神殿へ戻ってご報告して参ります」
昨夜あれだけのことがあったにもかかわらず、本人はいつも通りだった。
服についた埃を払い、髪を整えれば、昨日会ったときと変わらない清楚な聖職者にしか見えない。
複数の悪霊に取り憑かれかけていたのに、全員泣かせて追い出した女にはとても見えなかった。
「俺も行く」
「あら?」
「せっかくだし、送ってくよ」
送っていくと言うセリフに、セラフィナが満面の笑みを浮かべるが、この女が本当に聖職者なのかだけは確認しておきたい。
昨日も名乗ってはいたが、考えてみれば俺は何ひとつ裏を取っていないのだ。
(コイツが本当に神殿所属の聖職者か調べられるか?)
《可能です》
(公になってる情報だけでいい。いくら?)
《回答料金は生命時間換算で三分です》
(頼む)
《セラフィナ・アルヴェール。王都中央神殿所属。聖職者として正式に登録されています》
本物だった。
むしろ心配事が増えた。
あれが正式な聖職者として認められているなら、今度は神殿側が心配になる。
「レイジ様、どうかなさいましたか?」
「いや……なんでもない」
せっかくなので直接神殿まで送って、その辺も聞いてみることにした。
◇
王都中央神殿は、俺が想像していたより遥かに大きかった。
石造りの建物は下手な貴族の屋敷より立派で、朝から礼拝に来たらしい人間が何人も出入りしている。
セラフィナが戻ると、入口にいた聖職者たちが次々に頭を下げた。
どうやら所属しているというのは間違いないらしい。
「それでは、報告がありますので神官長のところへ参りましょう」
「俺たちもか?」
「今回の件に関わった方ですから、ぜひご紹介いたします」
まぁ、そう言われれば断る理由もない。
俺とミレイユはセラフィナに案内されるまま神殿の奥へ進むと、通された部屋には年配の男がいた。
50代後半くらいで、白を基調とした立派な法衣を着ていた。
「神官長。ただいま戻りました」
「おお、セラフィナ。ご苦労でした」
そこで神官長が俺たちを見た。
「して、そちらの方々は?」
「今回の調査にご協力いただきました、探偵のレイジ様と――」
「ミレイユ・レナードです」
ミレイユが先に名乗って頭を下げた。
その姿を見た神官長の目が何故か大きく見開いた。
「レナード……もしや、《紅蓮の剣姫》殿ですかな?」
「…………?」
俺は顔だけを横向けてミレイユを見ると、ミレイユがものすごく嫌そうな顔をしていた。
「……あの、その呼び方は、ちょっと……その」
「ミレイユ、何それ」
「レイジさん」
「紅蓮の剣姫?」
「レイジさん」
「めちゃくちゃ格好いいじゃん」
「お願いですから忘れてください」
無理だろ、こんな面白いものを忘れられるわけがない。
「なんで紅蓮?」
「昔の話です」
「剣姫ってどういうこと?」
「昔の話です」
「詳しく」
「嫌です」
絶対あとでベッドでねじ伏せてから聞き出そうと決めたところで、神官長が俺へ尋ねてきた。
「ところで皆様、今回の調査は無事終わったのですか?」
「ああ、それなんだけど――」
ちょうどいい。
俺はセラフィナにチラリと目を向けてから神官長に視線を戻した。
「こいつについて聞きたいことが――」
そこまで言った瞬間、神官長の表情が変わった。
「……レイジ殿」
「ん?」
「少々こちらへ」
「何?」
「こちらへ」
有無を言わせない声だった。
神官長は突然俺の腕を掴むと、そのまま部屋の隅まで引っ張られて行く。
まて、ゆっくり歩け。
そして、ミレイユとセラフィナから十分すぎるほど距離を取ったところで声を潜めた。
「もしや……」
「はい?」
「もしや、セラフィナの……その……アレを……ご覧になりましたかな?」
「アレ?」
「ですから……」
神官長が言いにくそうに口ごもる。
「少々、一般的な聖職者とは異なる部分を……その」
「暴漢の手首を折って、治してからもう1回折ったやつ?」
神官長が目を閉じ、眉間に指を当て、天を仰ぎ見た。
なかなか様になるポーズだなと感心する。
「ご覧になったのですね……」
「あと『初手で殺すべきでした』って言ってた」
「そこまで……」
「悪霊に取り憑かれたら、悪霊の方が泣きながら逃げた」
「なんと……」
神官長が両手で顔を押さえ膝から崩れ落ちた。
女子かよ。
しかしものすごく疲れた顔をしている。
「やっぱり普通じゃないよな?」
俺の持っている聖職者というイメージからかけ離れすぎていて、アレが普通だと言われたらこの教会を通報するところだった。
「レイジ殿」
神官長が俺の両肩を掴んだ。
「この件は、どうか——どうかご内密に」
「え?」
「何卒」
「いや、別に言いふらすつもりはないけど」
「ありがとうございます!」
「近い近い」
ものすごく必死だった。
「セラフィナは決して……決して、悪い娘ではないのです」
「それはまあ、分かる」
「信仰心もございます。治癒術にも長けております。困っている者を放っておけない優しい娘です」
「うん」
「ただ少々……」
「少々?」
「……その、少々刺激的なことを好むところがありまして」
「少々で済ませていいのか?」
「少々です」
「絶対嘘だろ」
「少々でございます」
どうやら少々変わっている程度で押し切るつもりらしい。
そして神官長は周囲を確認すると、さらに声を落とした。
「教会内でも、このことを知る者は限られております。本人の名誉にも関わりますので」
「まあ、そりゃそうか」
「ですので、どうか」
神官長が懐へ手を入れると、何か小さな袋を取り出した。
じゃらり、と音がした。
「……何それ」
「くちど……神殿からお怪我のお見舞いです」
「今、口止め料って言いかけたよな?」
「お見舞いです」
「絶対口止め料だろ」
「お見舞いです」
目を逸らされた……聖職者がこんなことしていいのだろうか。
というか……。
「そもそも俺は別にそこまで気にしてないぞ?」
「……はい?」
「確かに変なことは言ってたけど、普通に話は通じるし、いざという時は俺の言うこともちゃんと聞いてくれてたぞ」
神官長の動きが止まった。
「……今、なんと?」
「だから、俺がやめろって言えばやめてたし。別に勝手に暴れたりもしなかったぞ?」
「…………」
「何?」
神官長の目が光った……本当に光ったように見えた。
「レイジ殿」
「だから近いって」
「今後とも、セラフィナを何卒よろしくお願いいたします」
「なんで?」
「何卒! お願いします!」
「だから近い!」
両手を握られたので、咄嗟に振りほどいた。
なんだこの人……数分前までは威厳のありそうな神官長だったのに。
「ようやく……」
「何が?」
「いえ、なんでもございません」
「今『ようやく』って言ったよな?」
「申しておりません」
絶対何かある。
俺が問い詰めようとしたところで、後ろからセラフィナの声がした。
「神官長?」
「はい!」
神官長がものすごい勢いで俺から離れ、セラフィナの方を向いた。
「レイジ様と何をお話しになっていたのですか?」
「今回の件について少々な」
「そうですか」
セラフィナがにこりと笑う。
神官長も笑う。
ただし神官長の額には汗が浮いていたので、俺は何も言わないことにした。
知らない方が幸せなこともある。
昨日セラフィナ自身から教わったばかりである。




