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22/27

22-聖職者の皮を被った、もっとヤバい何か

 全員がそちらに視線を向けると、店内へ入ってきたのは1人ではなかった。


 4人。


 全員、体格のいい男で手には棍棒や短剣を持っているのが見えた。


 どう見ても話し合いに来た格好ではない。


 侵入者たちは縛られ座っている男を見つけ、その次に俺たちへ視線を向けた。



「……誰だ、お前ら」


「それ、こっちの台詞なんだけど」


 俺が答えると、先頭の男が舌打ちした。


 どうやら捕まえた男が予定通り仕事をしているか、確認にでも来たらしい。


 あるいは、最初から何かあった場合のために近くで待機していたのかもしれない。



 どちらでもいい。

 証拠が自分から増えてくれただけだ。


 俺は隣を見る。


「ミレイユ」

「はい」


「いけるか?」

「大丈夫です」


 随分軽い返事だった。

 男たちは4人で、こちらで戦えるのはミレイユ1人。



 いくら冒険者でも、さすがに少し厳しいんじゃないかと思った。



 とはいえ、俺も喧嘩くらいならできる。

 セラフィナを下がらせて、2人で――。


 そう考えているうちに、突然男の1人が短剣を構え、セラフィナへと向かった。



 聖職者なら戦えないと思ったのだろう。

 短剣を振り上げ、そのまま頭へ向けて振り下ろす。



「危な――」



 だが、声を上げる必要すらなかった。

 セラフィナが半歩だけ横へ動き、短剣が空を切る。


 そして流れるように男の手首を掴み、身体を入れ替えるように捻った。




 ゴキッ……っと、かなり嫌な音がした。



「ぐあっ!?」


 男の身体が前のめりになったところへ、セラフィナの膝が男の首へ入った。


 再び鈍い音がして男が腹を押さえて崩れ落ちる。



「……え?」


 俺の口から間抜けな声が出た。

 セラフィナは倒れた男を見下ろし、少し申し訳なさそうに微笑んだ。



「あら、申し訳ございません」



 そう言って変な方向へ曲がっている男の手首を掴んだままのセラフィナの手が淡く光を放った。




 あれが治癒魔法ってやつかと思った瞬間——再びゴキッという嫌な音が響いた。




「神殿におりますと、酔った方や興奮した方を取り押さえなければならないこともございますので、多少は心得があるのです」



「ああ……そう……ところでお前、今……いやなんでもない」



 こいつ、今、手首を折って、治療してからもう一度折らなかったか?


 男は泡を吹いて倒れているが、詳しく聞く勇気がなかった。



「こうやって手首を反対側まで曲げてしまえば、二度と暴れる心配がなくなりますね」



 セラフィナがにっこり笑った。



「…………」

「冗談ですよ?」


 今、こいつなんて言った?


 セラフィナの顔はさっきまでとまったく変わらず、慈愛に満ちた聖職者そのものだった。


 なのに今、明らかに聖職者として——いや、人としてに口にしてはいけないことを言わなかったか?



「セラフィナ、お前――」

「レイジさん!」


 ミレイユの声で、横へと視線を向けると、いつの間に回り込んだのか、もう1人の男がすぐそこまで来ていた。



 手に短剣。

 だが刃先が俺ではなく、その向こうにいるセラフィナへ向いている。


 セラフィナは反応しているものの、一瞬間に合わないタイミングだった。


 俺は考えるより先にセラフィナの前へと身体を滑り込ませた。




「――っ!」




 突如、腹に熱い感触……男の顔が目の前にある。

 視線を下げると腹から短剣の柄が生えていた。



「……またかよ」



 本当にそれしか出てこなかった。

 肩を刺されたのが、ついこの間だ。



 ようやく傷が治り始めたところなのに、なんで俺はこっちにきてから、こんな頻度で刃物を身体から生やしているんだ。



「レイジ様!」


 俺を刺した男が短剣を引き抜く。


 「ぐっ……!」


 膝から力が抜けた瞬間、すぐ横を赤い髪が通り過ぎた。


 一瞬すぎて理解できなかったが、ミレイユだった。



 とてつもなく速い——。



 俺を刺した男が短剣を構え直すより先に、ミレイユの鞘が横から顔面へ叩き込まれた。

 男の身体が吹き飛び、棚へ激突する。



「レイジさんに——!」


 いつもの穏やかなミレイユとは明らかに違う、初めて聞く声だった。


「——何をしてるんですか!」


 残っていた男が棍棒を振り上げるが、ミレイユは一瞬で抜剣し、銀色の刃が暗い室内を走る。


 棍棒が真ん中から切断された。



「……は?」



 男が間抜けな声を出した直後、ミレイユの蹴りが腹へ入る。



 身体が浮いた。

 本当に浮いた。



 そのままゴミクズのように床へ転がり、壁へぶつかった。



 そして一番裏口近くにいた男へとミレイユが視線を向け、男が構えた瞬間、男の体が浮き上がった。


 文字通り、男が上へ吹っ飛び天井へとぶつかり……落ちた。



「まだやりますか?」



 恐ろしく静かな声だった。

 床へ落下した男は首を横に振る。


 俺もそうした方がいいと思う。


 さっきまで4人いた暴漢が、ほとんど何もできずに床へ転がっている。


 俺は腹を押さえながら、ミレイユを見る。



「……お前、めちゃくちゃ強くない?」



 ミレイユがこっちを見た。



「え……今それ聞くんですか?」


「いや……前から気になってたけど」


「あとにしてください。まずは傷を見せてください」



 怒られた。

 ミレイユが俺のところへ駆け寄り、その後ろからセラフィナも来た。


 2人とも明らかに青い顔をしていた。


「レイジ様……私を庇って……」

「いや、あれは普通庇うだろ」


「普通ではありません」

「そう?」

「そうです」



 妙に強く言われた直後、セラフィナが俺の腹へ手を当てる。

 淡い光が広がり、焼けるようだった痛みが少しずつ引いていく。


「内臓までは深く傷ついていません。大丈夫です。私が必ず治します」


「ならよかった」



 安心して息を吐く。


 そのとき、セラフィナがぽつりと呟いた。




「……こんなことになるなら、初手で殺すべきでした」




「え?」

「いえ。なんでもございません」


「今なんか言った?」

「傷のせいで幻聴まで……レイジ様は少しお休みになってください」



 ものすごく綺麗な笑顔だった。

 だからこそ、俺はそれ以上聞かないことにした。


 代わりにミレイユを見る。



「で、お前なんでそんなに強いの?」

「レイジさん、そう言う話は後にしましょう」


「気になるんだけど」

「怪我人は黙って治療されててください」



 また怒られた。


 セラフィナの治療のおかげですぐに出血は止まり、痛みもかなり引いていく。


 その間にミレイユは倒した男たちから武器を取り上げ、手際よく拘束していった。


 その姿を、セラフィナがじっと見ている。

 俺を見ていたときとは少し違う憧れているような、見惚れているような……なんとも言えない顔だった。



「ミレイユ様は、お強いのですね」

「……様?」


 ミレイユが振り返る。


「ミレイユでいいですよ」

「ですが……とても素敵でしたので」


「……ありがとうございます?」



 ミレイユが困った顔をした。


 よく分からない。


 ただ、セラフィナの視線が俺とミレイユの間を何度も行き来している。


 そして、そのたびになぜか嬉しそうに微笑んでいた。



 変な奴だな。

 そう思った直後だった……突如部屋の空気が変わった。


         ◇


 流石に俺にも分かった。


 窓は閉まっているし風も吹き込んでいないのに、急に冷蔵庫に放り込まれたような肌寒さを感じる。


 床に転がっていた男の1人が震え始めた。


「な、なんだよ……これ……」


 俺も聞きたい。

 ただ、セラフィナだけがゆっくり立ち上がった。


 その視線は階段だけではなく部屋の隅や天井へと順番に向いていた。



「集まっていますね」

「何が?」

「亡くなられた方々が」


 複数形だった……俺は反射的にミレイユの近くへ移動する。


「ちなみに何人?」


「人として形を保っている方が3人。それ以外が……4つほど」


「さっきより増えてるじゃん」

「はい」

「なんでそんな冷静なんだよ」



 セラフィナは答えなかった。

 俺にも見えるものが現れ始めたからだ。


 黒い靄のようなものが、染み出すように広がっていく。



 1つではない。

 2つになり3つになり、さらにその奥にもいることがわかった。


「……セラフィナ」

「はい」


「これ、悪いやつらなのか?」

「今はかなり」


「『今は』って何……」

「先ほどまでは、ここまで強い悪意はございませんでした。おそらく血と争いに引き寄せられたのでしょう」



 俺は自分の腹を見る。

 俺のせいじゃん……いや、刺した奴のせいか。


 そうこうしているうちに、黒いものが部屋の中を這い始めた。

 ミレイユが俺の前へ出たが、セラフィナはさらにその前へ立った。


「お下がりください。こちらは私の役目です」


 セラフィナが胸元の聖印を握った。


 その姿だけを見れば、完全に物語に出てくる聖女だった。


 さっき「殺すべきでした」と呟いていた女と同一人物には見えない。


 セラフィナが何か祈りの言葉を唱え始めると、淡い光が室内に広がった。




 黒い靄が一斉に蠢く。

 そのうちのいくつかが光を嫌がるように壁際へ下がった。


 だが、逃げないやつがおり、そいつがセラフィナへ向かってきた。



「大丈夫なのか?」

「なにも問題ございません」


 そう言った直後だった。

 黒い靄の1つが一気にセラフィナへ飛び込んだ。

 続けてもう1つ。


「おい!」


 さらに3つ目。


 セラフィナの身体が大きく揺れ、聖印の光が消えた。

 俺が近づこうとすると、ミレイユに止められた。



「……」



 セラフィナが俯き、銀色の髪が顔を隠すように垂れ下がり、肩が小さく震えはじめた。



 まずくないかこれ?



 1体どころではなく、複数の悪霊に同時に取り憑かれている。


 そう思った。

 やがて、セラフィナの口から声が漏れた。



『――嫌だ』



 セラフィナの声ではない。

 男とも女ともつかない声が、いくつも重なっている。



『なんだ……ここは……』

『出せ……出してくれ』


『嫌だ……なんだこの女』

『見るな……やめ……やめて……』



 俺とミレイユは顔を見合わせた。


 セラフィナが苦しんでいるのではなく、セラフィナの中に入った奴らの怨みつらみの声のようだ。



『なんだ、これ……やめ……やめて……』


『こんなの……嫌だ……怖い』


『助けて……この女……こわ……や、やめ……』



 セラフィナの口から漏れる声の方向性が、なんだか思っていたものと違うなと思い始めた瞬間、その身体から黒い靄が1つ飛び出した。



 壁をすり抜けて消える。


 続けてもう1つ、さらにもう1つと、明らかに逃げるように消えていく。

 そう、どう見ても悪霊のほうが逃げている。


 最後まで部屋の中に残っていた黒い靄まで、セラフィナから距離を取り始めた。



「なぁ、ミレイユ、あれ、悪霊のほうから逃げてないか?」

「逃げてますね……」



 ミレイユも呆然としている。

 最後にセラフィナへ入った黒い靄が、悲鳴のような声を上げた。




『こんな恐ろしい思考の人間がいてたまるかぁ!』




 知らねえよ……。


 黒い靄が勢いよく飛び出し、そのまま壁の向こうへ消え、残っていたモヤも、それを追うように散っていく。


 さっきまで凍えるほど寒かった室内が、急に元へ戻った。




 静寂——。



 俺もミレイユもしばらく何も言えなかった。


 床に転がっている暴漢たちまで、何が起きたのか理解できずに黙っている。


 やがてセラフィナがゆっくり顔を上げた。




「あら……最近の悪霊は意思が弱いですね」



 いつもの穏やかな声だったが、俺は答えずセラフィナから少しだけ距離をとった。



「……セラフィナ」

「はい?」


「お前、ほんとうに聖職者か?」



 セラフィナはきょとんとした。

 それから、いつものように柔らかく微笑んだ。



「普通の聖職者ですよ?」



 絶対に嘘だ……俺はそう確信した。



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