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21/27

21-犯人は捕まえた。幽霊が増えた。

 結局、その場でセラフィナにいくら聞いても、古い棚の前にいるという何かについて、それ以上詳しいことは分からなかった。



 人間の霊らしいということ。

 かなり古い時代に死んだ者らしいということ。


 そして、少なくとも今のところは俺たちに危害を加えようとしている様子はないということ。

 ただし、問題はそれだけではなかった。


「……他にもいるのか?」


「はい。今は姿を隠しているようですが、少なくともあと2人……いえ、2つでしょうか。人としての形がかなり薄くなっていますので」



「聞かなきゃよかった……」



 棚の前にいるという奴とは別に、この建物には複数の霊がいるらしい。


 俺には何も見えないので、本当にそこにいるのか確認する方法もない。


 ただ、セラフィナが時折、何もない場所へ視線を動かしているのを見ると、嘘をついているようにも思えなかった。



「浄化とかしなくていいのか?」

「必要があれば行います。ただ、亡くなられた方がこの世に留まっているからといって、必ずしもすぐに浄化しなければならないわけではございません」


「そんなもんなのか」


「はい。中にはただ残っているだけの方もいらっしゃいます。ですが――」



 セラフィナが天井を見上げた。



「あちらの奥にいる方々は、少し気になりますね」




 やめてほしい。




 複数形にされるだけで怖さが増す。


 俺としては一生知らなくてもよかった知識だが、この建物を事務所として借りる可能性を考えるとそうも言っていられない。



「ちなみに俺、ここ借りるかもしれないんだけど」

「そうなのですか?」


「そいつらって、ずっといる感じなのか?」


 セラフィナは少し考えた。


「そうですね……現時点ではちょっと分かりませんね」

「分からないのかよ」


「ですが、今のところ積極的な害意や悪意といったものは感じませんので、一緒に暮らしても問題はないかと思われます」



「問題しか感じないんだけど」



 夜中に仕事をしていて、実はすぐ横に幽霊が何人も居る。

 そんな生活は嫌だ。



 だが、まだ借りると決めたわけでもないし、まずは目の前の、俺でも対処可能な問題から先に片づけることにした。



 地上げ屋の嫌がらせだという俺の推測は、かなり可能性が高い。


 とはいえ、グレイベル商会が周辺の土地を買っているというだけでは証拠にはならない。

 窓から誰かが侵入していることについても同じだ。

 結局は犯人を直接押さえるのが一番早いだろう。



「オズワルドさん、昨日から今日にかけて変わったことはあるか?」


「ええ。今朝確認したら、1階にあった椅子が窓際に移動していました」


「じゃあ今日も来る可能性はあるな」



 毎晩必ず来るとは限らないが、半月も続けているなら張り込む価値はある。


 俺が今夜ここで待つつもりだと伝えると、ミレイユは当然のように自分も残ると言った。


 問題はもう1人だった。



「セラフィナはどうする?」

「私も残ります」


「地上げ屋の方は俺たちだけでいいぞ?」

「ですが、そちらの方々も気になりますので」


 そう言って、今度は誰もいない階段の方を見る。

 幽霊の方だ。


 確かに本物までいるというなら、専門家にはいてもらった方がいい。



「じゃあ3人か」



 俺がそう言うと、セラフィナは嬉しそうに微笑んだ。どうして嬉しそうなのかは分からない。

 この時点では、単純に仕事熱心な聖職者なのだと思っていた。



          ◇



 夜まで時間があるため、一度宿へ戻ることにした。


 途中で飯を食い、必要な物を揃えるる。まぁ、俺が買ったのは携帯用のランプと水、それに暇つぶし用の安い本くらいだ。



 ミレイユは剣があれば十分だと、何も買わなかった。


 セラフィナも同じで、聖印と腰に下げている小さな鞄以外に特別な道具は必要ないというので、日が落ちる少し前になるべく人に見られないよう、店内で集合することにした。


 すっかり陽も落ち、通りにランプが点り始める頃、俺たちは裏口から入り一階に身を潜めた。


 通り側の窓から灯りが見えれば警戒される可能性があるため、ランプも消している。


 ただ、この待ち時間は思った以上に暇だった。

 

 こういうとき、探偵は暗闇の中で息を潜め、わずかな物音にも神経を尖らせているものだと思っていた。



 実際にやってみると、ただ座って待っているだけである。


 しかも俺たちの場合、3人もいるのにワイワイ話をするわけにはいかない。


 少し離れたところにはミレイユが座っていて、その向かいにはセラフィナがいる。


 最初のうちは小声で話していた2人も、しばらくすると黙った。



 俺も本を読もうとしたが、今夜は月明かりもなく、暗くて読めたもんじゃない。

 仕方なく壁にもたれて目を閉じることにした。


           ◇


 どれくらい経っただろう。


 肩を軽く叩かれて目を開けると、すぐ目の前にミレイユの顔があった。


 彼女は口元に指を当ててから、裏手を指した。

 裏口のさらに外側から何か聞こえるのがわかった。


 金属が擦れるような、小さな集中していないと聞き漏らしそうな音。



 来た。



 俺たちは音を立てないように立ち上がり、音がした2階に意識を集中させる。


 やがて、ほんのわずかに床板が軋んだ。

 間違いなく誰かいる。


 俺はミレイユに目配せし、階段へ向かった。

 先頭はミレイユ、その後ろに俺で、最後がセラフィナ。


 自分でも情けない順番だと思うが、剣を持っている人間を先頭にするのは合理的な判断である。



 決して怖いわけではない。



 2階へ上がると、昼間調べた部屋の扉が、わずかに開いていた。


 ミレイユが剣の柄に手を置き、そのまま一気に扉を開けるた。



「動かないでください」



 突然の女の声に中にいた人影が固まった。


 よく見ると黒っぽい服を着た若い男で、手には細長い金属板、床には袋が置かれており、その中から黒い布や細い紐のようなものが見えている。



 どう見ても幽霊ではない。



「嫌がらせには良い夜だな」



 俺がミレイユの後ろから顔を出すと、男の顔が引きつった。


 その視線がミレイユの剣へ向かい、俺、セラフィナへと移る。


 逃げられないと判断したのか、男は金属板を床へ落とした。


 思ったよりあっさり諦めたようだった。


         ◇


 捕まえた男を1階へ連れていき、事情を聞くことにした。


 最初は何も知らないと言い張っていたが、持っていた道具を並べていくとすぐに諦めた。


 窓を開けるための金属板に、人影を作るための黒い布。


 家具を引っ張るための細い紐……そして、小さな魔道具。


 セラフィナがそれを手に取り、俺へ見せた。



「音を記録して、再生するための魔道具ですね」

「そんなのあるのか」


「はい。あまり長い音は残せませんが」


 試しに動かしてもらうと、女のすすり泣くような声が流れた。


 俺には聞き覚えはないが、おそらく近所の住人が聞いたという声だろう。


 これでほとんど怪しげな出来事が全部説明できた。


 男はグレイベル商会から直接雇われたわけではないと言う。


 名前も知らない男から金を渡され、数日に1度この建物へ入り、決められたことをやるよう頼まれたらしい。




 予想通りだった。


 地上げ屋が自分たちの名前を出して、こんな分かりやすい嫌がらせをするわけがない。



「その依頼してきた奴と、また会えるか?」

「……明日の夜、報酬を受け取ることになってる」


 十分だ。

 そいつを捕まえて、さらに上を辿ればいい。


 必要なら警備隊へ引き渡せばいいし、オズワルドさんにはグレイベル商会との交渉材料にもなる。


 思った以上に簡単な仕事だった。


 俺は男を縛っておくための紐を探しながら、ミレイユに声をかけた。



「これで終わりだな」

「そうですね。思ったより早かったですね」


「事務所も安く借りられそうだし、たまにはこういう仕事も悪くないな」


 銀貨1枚で27日以上の寿命を使った前回とは大違いである。



 今回はHELP機能(アイツ)に払ったのも4時間と1分。

 これなら十分黒字だろう。



 そう思ったところで、セラフィナが何も言わずに立ち上がった。

 昼間と同じだった。


 俺たちではない何かを見ている……しかも今度は1か所ではない。

 階段を見て天井へ視線を動かした。


 そして部屋の隅へとゆっくりと視線を動かしていく。



 やめろ、夜中にそれは怖い。



「……どうした?」

「先ほどより、増えていますね」



「一応聞くが、何がだ?」

「こちらを見ている方々が」



 やめて。



 俺は見たくないので、セラフィナが見ている場所をなるべく見ないようにした。



「昼間に言ってたやつか?」

「それもいらっしゃいます。ただ、別の方も集まってきたようです」


「なんで?」

「分かりません。先ほどまで人が争っていたからでしょうか。それとも――」



 そのときだった。

 裏口の方から、キィと扉が開く音がし、足音が響いたのだった。

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