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18/27

18-抱いて、惚れさせて、寿命が増える

 宿へ戻った頃には、すっかり日が暮れていた。


「……疲れた」


 俺は部屋に入るなりベッドへ倒れ込んだ。


 別に大した距離を歩いたわけでもないし、誰かと殴り合ったわけでもない。


 それなのに妙に疲れているのはなぜだ……いや理由はわかる。


 何しろ朝にこの宿へ戻ってきたときには、今日は何もしないつもりだったのだ。


 それがどうして伯爵令嬢の家宝を探すために、女子寮へ潜入するために女装までさせられ、最後には他所の貴族家の不正まで調べる羽目になったのか。


「しかも銀貨1枚」


 改めて口にすると酷い1日だった。

 途中でHELP機能(アイツ)を何度か使ったが、そっちはせいぜい数秒……多くても数分程度だ。


 問題は最後の最後にノエルの家を助けるために使った27日と14時間の対価だ。

 あれが圧倒的に高くついてしまった。


 とはいえ、まだ女子高生程度の女子2人の人生と友情を守れたならと、自分を納得させるしかない。


 その甲斐あって、セシリアとノエルからは相殺対象となる感情が発生したという通知もあった。


「今回の件の精算」


《承知しました。案件終了に伴う精算結果をご案内します》


《本案件におけるHELPサービス利用料金は、生命時間換算で二十七日十四時間十二分です》


 ほぼ最後のアレだけだ。


《本案件によって新たに発生した相殺量は、セシリア・アーデルハイトより十一日七時間二十八分、ノエル・バルツァーより八日十五時間四十一分です》


 27日以上使ったことを考えれば赤字ではあるが、20日分戻ってきたと思えば、そこまで酷くもなかった。


「……7日ちょいマイナスか」


《差引では、生命時間換算で七日十四時間二十四分の未精算残高増加となります》


「分かってるよ」


 わざわざ正確に言わなくてもいい。

 しかし、事件1件片付けて借金が増えるというのはどうなんだ。


「そういや継続分はとやらは? リディアとセドリック、それからミレイユ」


《本日分を確認します》


 事件が終わったあとも、俺に対する感謝や信頼なんかが続いていれば、その感情は少しずつ未精算残高を減らしてくれる。


 リディアの件で知った裏技……ではなく、そういう仕組みか。


《リディア・エルフォードおよびセドリック・アルノーに由来する本日分の相殺量は、合計で生命時間換算一日十一時間六分です》


「おお」


 何もしていないのに1日半近く入ってくる。

 いい——こういうのでいいんだよ。


 助けた人間がそのあと幸せに暮らしながら、たまに俺のことを思い出して感謝してくれる。


 《続いて、ミレイユ・レナードに由来する本日分の相殺量は――》


 なぜか少しだけ間があった。


 《生命時間換算で十九日八時間三十二分です》


「…………ん?」


 思わず起き上がって聞き返してしまった。


(何日って言った?)


 《ミレイユ・レナードに由来する本日分の相殺量は、生命時間換算で十九日八時間三十二分です》


「多すぎるだろ」


 リディアとセドリックが2人合わせて1日半弱。

 ミレイユ1人で19日。

 10倍どころか、20倍近い。


 確かに以前確認したときにも、ミレイユの恋愛感情はリディアの継続的な信頼なんかと比べて、かなり相殺効率が高いとは聞いた。


 それにしたってこれはおかしい気がする。


「なんで今日だけそんなに増えてるんだ?」


 《回答します》


 俺は一瞬、料金を確認しそうになってやめた。

 今聞いているのは、発生した相殺についての説明で、精算情報の範囲なので対価はかからない。


 《本日のミレイユ・レナードからは、好意、感謝、安心、信頼、愛着、性的充足、将来的な関係継続への期待等、複数の強い正感情が継続的に検出されています》


「…………」


 途中になんかあったな。


「今、性的なんとかって言った?」


《性的充足です》


 それを聞いて昨日からのことを思い出す。


 飯を作ってもらって、一緒に食った。

 そのあと誘われてそのまま泊まり、当然やることもヤった。


 今日も昼まで一緒にいて、ベッドでくっつきながら話をして、キスをしたりして一日中イチャイチャしていた。


「……もしかして、昨日ヤったのも関係してる?」


 《性的接触そのものが直接的な相殺条件となるわけではありません。しかし、それに伴って対象者に真正な幸福感、安心感、充足感、愛着等が発生した場合、それらは相殺対象となります》


「なるほど……?」


 つまり、ヤれば寿命が返ってくるわけではなく、相手が本当に喜んでいるから返ってくるというのが、重要らしい。


《また、本日はミレイユ・レナードから、あなたとの共同生活を具体的に想定したことに起因する感情反応が複数回検出されています》


 今度は別の意味で黙った。


「共同生活って……同棲云々の話か?」


《「宿代勿体無いですし、怪我のこともありますし、うちに住んでもいいですよ?」との発言および、その前後に生じた感情を指します》


 そこまで記録してんのかよ……細かすぎるだろ。


《当該発言時、ミレイユ・レナードには、あなたとの生活を継続的なものとして想像したことによる強い幸福感および期待が発生しています》


「……そういうもんか?」


《個人差があります》


 そりゃそうか。


《さらに、あなたが二晩続けて滞在したこと、翌日も長時間共に過ごしたこと、身体的接触を拒絶しなかったこと等により、関係が一時的なものではないという認識が強化されています》


「…………」


 俺としては怪我してるし、飯が旨いし、居心地がいいからいただけなのだが。


 もちろんミレイユのことが嫌いなわけではなく、好きか嫌いかで聞かれれば、好きのほうだ。


 美人だし、胸でかいし。

 飯旨いし、胸でかいし。

 俺のこと好きだし、夜も凄い。


「要は、昨日から今日にかけてミレイユがめちゃくちゃ幸せだったから、こんなに返ってきたってことか?」


《概ねその認識で問題ありません》


「…………」


 なんだろう。

 ものすごく得をしているはずなのに、数字にされると急に罪悪感が出てきた。


《なお――》


「まだあんのか?」


《ミレイユ・レナードに由来する本日の相殺量は、現時点でも増加中です》


「今、一緒に居ないのに?」


《対象者があなたについて想起した際に発生した正感情も、相殺条件を満たす場合があります》


 今頃、薬草採取から帰ってきている頃だろうか。

 もしかすると、あの家で俺のことでも考えているのかもしれない。


「…………サブスクじゃん」


《以前にも回答しましたが、当該表現は正確ではありません》



「でもサブスクじゃん」


《正確ではありません》


「毎日勝手に入ってくるじゃん」


《継続的な正感情が発生しなくなった場合、相殺も停止します》


「やっぱサブスクじゃん——もしく不労所得」


《正確ではありません》


 妙なところで頑固だな、こいつ。


 今日の依頼だけを見れば7日と少し赤字だが、リディアとセドリックから本日分で約1日半。


 ミレイユから19日以上で、全部合わせれば、今日一日だけでも十分にプラスだ。

 しかもミレイユの分はまだ増えている。


「……やっぱりミレイユの家に住んだ方が得なんじゃないか?」


《回答しますか?》


「いや、いい」


 即答した。

 そこをこいつに分析させたら、本当に損得だけで女の家に転がり込む男になってしまう。


 ただでさえ本人から「半分出してくれればいい」と言われているのだ。

 宿代は浮くし、飯は旨い。


 怪我の面倒も見てもらえるし、さらに寿命まで返ってくる。

 条件だけ並べると、断る理由がほとんどない。


「……駄目だな」


 これ以上考えると本当に荷物をまとめそうだ。

 俺はベッドから起き上がったが、今度は別の欲求が主張を始める。


「腹減った」


 そういえば昼から何も食っていないことを思い出した。

 宿でも飯は食える。


 だが、昨日までミレイユの飯を食っていたせいで、今日はここの飯を食う気分にならなかった。

 あれに慣れるのは危険だ。


 ますますこの宿へ戻ってこられなくなる。


「……たまには外で食うか」


 財布を確認すると今日稼いだ銀貨が1枚入っている。寿命を27日以上使って手に入れた、非常に高価な銀貨1枚である。


 これを飯に使うのは何か違う気もするが、腹は減っている。

 ちなみにミレイユの件で残った金貨4枚は別の財布へよけてある。


 まだ夜もそれほど遅くなく、窓の外からは楽しそうな話し声や馬車の音が聞こえていた。


 考えてみれば、この世界に来てから夜の街をゆっくり歩いたことはあまりない。


 事件や依頼で出歩くことはあっても、自分から飯を食いに行こうと思って夜の王都へ出るのは久しぶりだった。


「せっかくだし、なんか旨いもの食うか」


 俺は上着を羽織り、部屋を出た。


          ◇


 夜の街中は、昼とは少しだけ雰囲気が違う。


 大通りには魔道具の街灯が等間隔に灯り、その下を仕事帰りらしい人間や獣人たちが行き交っている。

 通り沿いの店からは焼いた肉の匂いや酒の匂いが漂い、あちこちから酔っ払いの笑い声が聞こえてきた。


 一本裏へ入れば街灯は減り、軒先に吊るされた油灯が道を照らしている。


 俺はそういう通りを、ぶらぶらと歩いていた。

 酒場に入ってもいいし、屋台で適当に買って食うのも悪くない。


 できれば安くて旨くて量が多いところがいいなぁと考えながら、俺は久しぶりの夜の王都を歩いていったのだった。



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