17-泣くな……余計な出費が増える
それから俺は、セシリアに連れられて同じ階の生徒を何人か訪ねて回った。
もちろん「一昨日、リーナがどこにいたか覚えているか」なんて聞けば、こちらが何かを疑っていると教えるようなものだ。
表向きはセシリアの落とし物を探していることにして、一昨日の夕方に廊下や食堂で何か拾わなかったか、変わったことはなかったかという程度に留めた。
幸い、聞き込みは思ったより早く終わった。
洗面所と階段の間に部屋がある生徒が、リーナが洗面所を出てそのまま階段を下りていくところを見ていたうえ、食堂でも早い時間から姿を見られていたからだ。
絶対とは言えないが、リーナがわざわざ反対方向にあるセシリアの部屋へ戻り、指輪を盗んでから食堂へ向かったとは考えにくい。
「……リーナじゃなかったってことですか?」
「たぶんな。少なくとも、お前が洗面所にいた間に部屋へ入ったって線はかなり薄くなった」
「よかった……」
「まだ指輪は見つかってないけどな」
「あっ……そうでした」
こいつ、友達が疑われていることの方が気になってないか。
まあ、それ自体は嫌いじゃない。
ただ、これで最初に考えた筋書きは崩れた。
ノエルがセシリアを洗面所へ引き止め、その間にリーナへ盗ませる。
それなら綺麗につながると思ったのだが、どうやら違うらしい。
なら単純な紛失なのか。それとも、別の誰かが盗んだのか。
「……一回、洗面所に戻るぞ」
「またですか?」
「最後に指輪を見たあと、いつもと違うことが起きたのは今のところあそこだけだからな」
◇
洗面所へ戻ると、今度は誰もいなかった。
俺はセシリアに一昨日と同じ場所へ立ってもらい、そのとき何を持っていたのか改めて確認する。
「櫛とハンカチくらいです。ハンカチは洗面台に置いて、髪を整えていました」
「ノエルは?」
「私の後ろです。髪を結ってくれたので」
「そのハンカチって、今持ってるか?」
「部屋にありますけど……」
「それも確認しに行く」
再び部屋へ戻り、セシリアが出してきた白いハンカチを受け取る。
特に変わったところはないが、気になったのは置いてあった場所だった。
「……これを取りに机まで戻ったんだよな?」
「はい。指輪を置いていた布の近くにあったので」
俺は机の上に、さっき指輪代わりに使った小さな金具とハンカチを並べた。
「一昨日と同じように取ってみて」
「こうですか?」
セシリアがハンカチを取る。何も起きない。
今度は端を金具へ少しかぶせて置いてみた。
「もう一回」
セシリアが何気なくハンカチを掴むと、金具が端に引っかかって一緒に持ち上がり、数秒後に床へ落ちた。
「あっ」
「……これかもしれないな」
「でも私、指輪を落とした音なんて聞いてませんよ?」
「落ちずに、折り目に入ったという可能性もある」
机の上から指輪が消えたから、俺たちはずっとこの部屋から誰かが持ち去ったと考えていた。
だが、そもそも指輪がこの部屋で消えたとは限らない。
「さっきハンカチを洗面所で使ったって言ったよな?」
「はい。顔に少し水がかかったので……あっ」
セシリアも気づいたらしい。
指輪がハンカチに引っかかったまま、おそらく折り目の方に入ったのだろう。そのまま洗面所まで運ばれ、そこでハンカチを広げたときに落ちた。
そして、そのときセシリアのすぐ後ろにはノエルがいた。
「でも、それならノエルが取ったっていう証拠は……」
「まだない。ただ、この推測ならノエル自身が指輪を手に入れることはできる」
そこでその時に洗面所にいたという女生徒へもう一度確認したところ、一昨日ノエルがセシリアの後ろで何かを拾うようにしゃがんだことを覚えていた。
髪を結っているはずなのに突然どうしたのだろうと思っただけで、何かを拾ったということは分からないらしい。
だが、ここまで来れば確認する価値は十分にある。
(指輪がハンカチに引っかかったまま洗面所まで運ばれて、そこで落ちたという仮説はどうだ?)
《簡易解析を実行します。回答料金は生命時間換算で二分です》
(払う)
《明確な矛盾は確認できません》
パターンとしてはあり得るわけだ。
「セシリア。先生のところに行くぞ」
「直接ノエルに聞くんですか?」
「聞くが、その前にこの格好をそろそろ何とかしたい」
「えっ」
「何で残念そうなんだよ」
◇
「そのままの格好でお願いします」
「なんでだよ!」
女性教師へ事情を説明した結果、返ってきた答えがそれだった。
「途中で男性の姿に戻られては、事情を知らない生徒への説明がつきません。ノエルさんをこちらへ呼びますので、そのままお待ちください」
「もう話するだけだろ」
「男性は立入禁止です」
「そこ本当に一切曲げないな!」
結局、俺は女装したままノエルと向き合うことになった。
しかもノエルはまだ俺の正体を知らないためなるべく女口調を心がけろと脅された。
女子寮の一角にある小さな応接室で待っていると、ほどなくして教師に呼ばれたノエルが入ってくる。
セシリアと俺が一緒にいることを不思議そうにしていたが、教師に促されて素直に椅子へ座った。
俺は回りくどいことをせず、本題から入る。
「ノエルさん、一昨日、洗面所で何か拾わなかった?」
ノエルの表情がほんの少し固まった。
「……いいえ」
「そう。じゃあ何も拾ってないんだね?」
「…………」
俺の念押しにノエルが下を向いて黙った。
わかり易すぎる。
「セシリアがハンカチを使った直後に、ノエルさんがしゃがんでいたのを見ていた子がいる。何か拾ったよね?」
「それは……自分の髪留めです。落としてしまったので」
「それって、どんな髪留め?」
「…………」
さっきまでは仮説だったが、これでかなり確信に近づいた。
「ノエル」
セシリアが小さな声で呼ぶ。
「本当に……知らないの?」
「…………」
「私、怒らないから……。もし拾ってくれていたなら返して。お母様に黙って持ってきた私が悪いんだから……」
「違うの……ちがうの……」
ノエルが俯くと、その両目からポロポロと涙が溢れていた。
「私……盗むつもりなんて、本当になかったの」
◇
それからノエルは、途中から何度も声を詰まらせ、泣きながら事情を話した。
指輪を見たがったのは、ノエルが興味を持ったからではなかった。
ノエルの父親から、王家から下賜された古い指輪がアーデルハイト家に残っているかを確認するよう言われたのが始まりだったらしい。
しかも面倒なことに、その父親も自分の意思で動いていたわけではなく、ノエルの家より遥かに力のある寄親である貴族家から命じられていた。
ノエルは最初、言われた通り指輪の存在を確かめるだけだった。
指輪が実在すると分かると、ノエルの父親はなんとかして実物を確認してくれないかと言われたそうだ。
そしてノエルがセシリアに何度も頼み込み、ようやく指輪を学校へ持ってきてもらうことになったと相談すると、今度はそれをなんとかして持ち出してくれとなったらしい。
ノエルは当然断った。
だがバルツァー家はその寄親の貴族家から多額の借りがあり、領地での商売もほとんど握られてしまっていた。
父親のみならず、兄やノエル自身の将来をも人質に取られ、父親も強く逆らうことができずと涙ながらにノエルに頼み込んだ。
それでもノエル自身は、実際に指輪を盗むことまではできないと思っていた。
だからあの日も、一度見せてもらったあと、そのまま諦めて帰るつもりだった。
ところが洗面所で、セシリアがハンカチを広げたとき、小さな指輪が足元へ転がってきた。
セシリアは鏡を見ていて気づかなかった。
ノエルはそれを拾ってしまった。
そして――そのままポケットへ入れた。
その後……指輪は学校の外で待っていた寄親貴族の者に相手へ渡してしまったそうだ。
◇
話している間、ノエルはずっと泣いていた。
そしていつの間にか、向かいに座っているセシリアまで泣いていた。
「……ごめんなさい、セシリア。本当に、ごめんなさい……」
「もう……泣かなくていいよ」
「よくないよ……私、あなたのお母様の大切な物を……」
「でも、ノエルも嫌だったんでしょう?」
「でも……」
「だから、もういいよ……」
いや、よくはないだろ。
指輪は返してもらわないと困る。
俺はそう言おうとして、やめた。
セシリア自身も泣いているのに、ノエルを責める言葉は一度も出ていない。
友達だから、というだけなのだろう。
若すぎるし甘すぎる。
だが、その甘さをわざわざ俺が否定する必要もない。
「とりあえずセシリア」
「……はい」
「お前は家に帰って死ぬほど怒られてこい」
「……はい」
「そこは泣いても無駄だからな。親に黙って家宝を持ち出したのはお前なんだから、ちゃんと全部話して怒られてこい」
「はい……」
セシリアが泣きながら頷いた。
「ノエルもだ。父親に今日のことを全部話せ。学校からも連絡してもらって、アーデルハイト家にも事情を説明する」
ノエルは答えなかった。
膝の上で両手を強く握りしめ、俯いたまま震えている。
「……怖いか?」
「私が話したから……お父様やお兄様が……家が」
「ノエルの家を脅していた貴族家に何かされるってことか?」
小さく頷いた。
それを見て、俺は息を吐いた。
俺が関わるのはここまででいい。
受けた依頼は『なくなった指輪を探す』ことだ。
どこへ消えたのかは分かったし、誰が持っていったのかも分かった。
あとはセシリアの親である伯爵家と学校に任せればいい。
そもそも報酬は銀貨1枚だ。
ここから先まで俺が面倒を見る理由なんてない。
ないのだが……目の前には泣いている女が2人いる。
まだ若く、未熟だ。
片方は言って仕舞えば自業自得だが、もう片方は家族ごと脅されて、友達を裏切るような真似をさせられた。
「…………」
面倒くさい。
本当に面倒くさい。
(おい)
《はい》
(バルツァー家に指輪を盗ませた貴族家について調べられるな?)
《可能です》
(その家がバルツァー家に対して行っている圧力を止めさせる材料が欲しい。帳簿、不正取引、裏の商売、何でもいい。アーデルハイト伯爵家がその情報を持っていけば、向こうが即座に指輪を返して手を引くレベルのやつ)
《回答には外部情報の取得を伴います。検索範囲および情報精度によって回答料金が変動します》
(確実に使えるやつだけでいい。対価は?)
《推奨条件での回答料金は、生命時間換算で二十七日十四時間です》
「…………」
高けぇ!
なくしもの探しに払う額じゃない。
俺が今回受け取る報酬は銀貨1枚なのに、そのために寿命をほぼ1ヶ月分使う。
どう考えても割に合わない。
《検索条件を緩和することで回答料金を抑えることも可能です》
(その場合、使えない情報が混ざる可能性は?)
《あります》
俺はもう一度、目の前の2人を見た。
ノエルはまだ泣きじゃくっている。
セシリアも涙をこぼしながらノエルの手を握っていた。
(……最初のでいい。確実なものを全部よこせ)
《承知しました》
俺の寿命から、27日と14時間が消えた。
馬鹿だなと思う。
俺もそう思う。
だが、もう払ってしまったものは仕方がない。
そして俺が得た情報は、思っていた以上に具体的でエグかった。
バルツァー家へ圧力をかけていた貴族家は、表向きの商会とは別に複数の商人を使い、領地を跨いだ取引の一部を帳簿から外していた。
その中には本来なら王国へ納めるべき税を誤魔化していると判断できる取引もあり、さらにバルツァー家に負わせている借金についても、正規の契約とは別の金利を上乗せした記録が残っているらしい。
どこに何の帳簿があるのか。
どの商会を調べればいいのか。
誰の名前を出せば相手が無視できなくなるか。
それらを、アーデルハイト伯爵家が動くため必要な最低限の単語レベルで紙に書き出した。
「セシリア」
「……はい?」
「さっきの話、ちょっと訂正する」
俺はその紙を折り畳み、セシリアへ渡した。
「家に帰ったら死ぬほど怒られろ。それは変わらない」
「やっぱりですか……」
「ただ、父親にこっそりこれを見せろ。そしてノエルの家を脅してる奴らに、指輪返却と今後バルツァー家に手を出さないよう伝えてもらえ。このメモがあれば向こうは確実に断れなくなる」
セシリアが紙を見る。
当然、そこに書かれている内容の意味をすべて理解できるわけではないだろう。
「これ……何なんですか?」
「ノエルの家を脅しているやつらが、絶対に知られたくないこと」
「どうしてレイさんが、こんなことを知っているんですか?」
「……探偵だからな」
便利だな、この言葉。
セシリアは紙と俺の顔を何度か見比べていたが、やがてそれを大事そうに両手で握った。
「これがあれば……ノエルのお家も大丈夫なんですか?」
「そこまでは保証しないが、少なくとも向こうが今までみたいに好き勝手できなくなる程度の材料にはなるはずだ。あとはお前の親父さんに任せろ」
「……はい」
「ノエルも。今日のことを父親に全部話して、すぐにセシリアの家に父親と一緒に訪ねろ。この件を修めるにはそれが一番手っ取り早い」
「……はい」
ノエルが泣きながら頷く。
これで本当に終わりだ。
指輪が戻るかどうかはセシリアの父、バルツァー家の動き方次第だが、少なくとも相手は素直に従うだろう。
何しろ、さっきのメモに書いた内容は、白日のもとに晒されれば王家に対する反逆と見做されるものばかりのネタだ。
「じゃあ俺は帰るから。あとは大人同士で何とかしてもらえ」
「レイさん」
セシリアに呼び止められた。
振り返ると、まだ目の周りを真っ赤にしたセシリアが立っている。
「ありがとうございました」
「指輪が戻ってから言えよ」
「違います。指輪のこともですけど……ノエルのことも」
セシリアがまた泣きそうな顔になる。
「私、ノエルがこんなことで困ってたなんて何も知らなくて……それなのにレイさんは、指輪を探してってお願いしただけなのに、ここまでしてくれて……」
「銀貨1枚分の仕事だよ」
「絶対に違います」
即答された。
セシリアが深く頭を下げ、隣にいたノエルも立ち上がる。
「私からも……ありがとうございます。私、セシリアを裏切ったのに……私の家のことまで……」
「俺は別にお前を助けたわけじゃない。セシリアから受けた依頼を最後までやっただけだ」
「でも……」
「いいから。泣くなら全部終わってからにしろ」
そう言ったら、なぜか2人とも余計に泣き始めた。
意味が分からないし、美人な顔が台無しだ。
《未精算残高への相殺対象となる感情を検出しました》
(……今は言わなくていい)
《承知しました》
さすがに今、この2人の感謝が寿命何日分かなんて聞く気にはならなかった。
27日と14時間に銀貨1枚。
どう考えても大赤字である。
それでも、不思議と損をしたという気はしなかった。
……いや。
やっぱり27日はちょっと高いな。
◇
ようやく制服を脱ぎ、かつらと変声具まで外して帰ろうとしたところで、女性教師に呼び止められた。
「レイジさん。実はもう1つ、女子寮についてご相談したいことがあるのですが」
「……また?」
「寮の事で少しお手伝いをお願いしたいことがありまして」
「今日はもう帰る。話は今度聞く」
「では、衣装と変声具はこちらで保管しておきますね」
「捨てろ」
「また必要になるかもしれませんので」
「ならねえよ」
そう言い残して、俺は学校を出た。
このときの俺は、本気でそう思っていた。
まさか数日もしないうちに、ミレイユを連れてもう一度この女子寮へ戻り、また同じ制服を着せられることになるとは思ってもいなかった。
◇
ちなみに、その後の話も少しだけしておこう。
セシリアはその日のうちに家へ戻り、約束通りすべてを両親に話したらしい。
そして、死ぬほど怒られた。
後日本人から聞いたところによると、母親には泣かれ、父親には今まで一度も聞いたことがないほど大きな声で怒鳴られ、しばらく外出禁止まで言い渡されたそうだ。
まあ、当然だと思う。
ただし、俺が渡したメモを見たあとの父親の反応はまったく違ったらしい。
そこから先、具体的に何が行われたのかを俺は知らない。
アーデルハイト伯爵家がどこへ話を持っていき、誰と会い、どんな交渉をしたのかも聞いていないし、聞くつもりもなかった。
ただ、結果だけはセシリアから教えてもらった。
指輪は2日後、何事もなかったかのようにアーデルハイト伯爵家へ大量の金貨とともに戻ってきたそうだ。
バルツァー男爵家が負っていた借金も、その大半が不当な契約だったとして帳消しとなり、例の貴族家がバルツァー家の商売やノエルの家族に対して口を出すこともなくなったらしい。
そして俺がHELP機能から買った情報については、アーデルハイト伯爵家が今も持っている。
つまり、また同じことをすればどうなるか分かっているな、ということだろう。
大人の世界は怖い。
もっとも、他人の家の娘を使って家宝を盗ませようとした連中なので、同情する気はまったくないが。
ノエルについては、セシリアの両親も事情を聞いたうえで、本人を厳しく責めることはしなかったそうだ。
もちろん何もなかったことにはならない。
だが、セシリア本人がどうしてもノエルを許してほしいと両親へ頼み込み、ノエル自身も家族と一緒に
アーデルハイト家を訪れて謝罪したことで、それ以上の話にはならなかったらしい。
2人は今も友達を続けている。
俺としては、それで十分だ。
なお、戻ってきた指輪についてセシリアは、
「もう二度と勝手に触りません」
と母親に誓わされたそうである。
当然だろう。
こうして俺の初めての本格的ななくしもの探しは、無事に終わった。
報酬、銀貨1枚。
出費、寿命27日と14時間。
……やっぱりどう考えても割に合ってない。




