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16-疑わしき友人と、消えた指輪

 俺はまず、一番可能性の高いところから調べることにした。


 単純に、この部屋のどこかに落ちているだけという可能性だ。


 家宝だの王家だのという話を聞いたせいで大事件のような気がしてきたが、実際のところは小さな指輪が見当たらないというだけの話である。


「最後に見たときは、どこに置いてあった?」


「この机の上です。ノエルが帰ったあと、もう一度だけ眺めてから、小さな布の上に置いておきました。持ってきたときは袋に入れていたんですけど、あとで戻そうと思って、そのままにしてしまって……」


 それは今さら言っても仕方がない。

 俺は机の上に置かれている物をすべて退かしてもらい、壁との隙間を覗き込んだ。

 続いて机の下へ潜り、床板の隙間や脚の周囲を確認する。


 ない。


 指輪は丸いので、落ち方によっては思った以上に遠くまで転がる。

 そこで机の周囲だけでなく、ベッドや衣装棚の下、本棚と壁の隙間まで順番に確認していった。


 ベッドの下から出てきたのは、細かな埃と片方だけの靴下、それからちぎれたノートだろうか、小さな紙切れだけだった。


「……セシリア。片方だけの靴下なら見つけたぞ」

「あっ、それ探してたんです!」


「よかったな。依頼達成だ」

「指輪をお願いします!」

「分かってるよ」


 靴下をベッドの上へ放り、そのまま窓際や家具の隙間まで調べたが、それらしい物は見つからなかった。



 途中で自分が何をしているのか分からなくなりそうになった。

 女物の制服を着た男が女子学生のベッドの下を覗き込んでいる。

 字面だけなら完全に犯罪者である。


「……これ、先生や生徒が入ってきたら俺捕まらない?」

「私から説明しますから大丈夫です」


「頼むぞ……本当に」


 ひと通り見終えて立ち上がる。

 少なくとも、部屋の中を普通に探して見つかる場所にはなさそうだった。


「セシリアはこの辺、全部探したんだよな?」

「はい。昨日だけで何度も探しました。ベッドの下も棚の中も全部です」


「じゃあ次は、記憶か。最後に指輪を見たところから、なくなったことに気づくまで何をしたのか全部話すんだ。こんなの関係ないだろって思うことも含めてな」


 俺は机の前に椅子を持ってきて座り、セシリアにも向かい側へ座らせた。



「ノエルが帰ったところからでいい。何時くらいだった?」


「夕食の少し前です。ノエルと一緒にしばらく指輪を見ていて、そのあとノエルが部屋へ戻りました。私は指輪を机の上に置いて、それから夕食へ行く準備をしていました」


「ノエルが帰ったあとにも指輪を見たって言ったよな?」


「はい。ノエルを見送って扉を閉めたあと、机のところへ戻ったときに見ました。そこは間違いありません」


 なら、その時点ではまだ指輪はあった。

 ノエルが最初に部屋を訪れた際、そのまま持ち去った可能性は消していいだろう。


「そのあと、すぐ洗面所に?」

「いえ。少し本を読んでいました。それから夕食へ行くために着替えて、髪を整えようと思って洗面所へ行きました」


「そのときに鍵をかけなかったんだな。どれくらい部屋を空けたんだ?」

「すぐ戻るつもりだったので……たぶん5分もかかっていないと思います」


「で、戻ってきたときに指輪は確認した?」

「……していません。そのまま友達と食堂へ行って夕食を食べて、食事のあとは談話室で少し話をしてから部屋へ戻りました」


「食堂へ行くときは鍵をかけた?」

「はい」


 つまり、少なくとも本人の認識では、部屋が無施錠だったのは洗面所へ行っていた数分間だけ。


 そのあと部屋へ戻ってから翌朝まで、指輪を確認していないことになる。



「翌朝になって、そこで初めてなくなってることに気づいたと?」


「はい。母に黙って持ち出したことが急に怖くなって、今日こそ返そうと思って袋へ戻そうとしたら……」


「なるほどな……ふむ……」


 指輪が消えた可能性のある時間は、思っていたより長かった。


 俺は次に窓を確認した。

 ここは2階だが、外壁には装飾の出っ張りもあり、絶対に登れないというほどではない。


 ただし窓は普段から閉めており、一昨日も開けた記憶はないという。


 わざわざ外壁を登って侵入するより、鍵のかかっていない扉から入る方が遥かに簡単だ。

 現時点では窓からの侵入は後回しでいいだろう。


「じゃあ洗面所へ行ったときのことを詳しく。廊下で誰かと会ったとか、誰かに呼び止められたとか、何でもいい」


「ええと……洗面所へ向かう途中で同じ階の子とすれ違いました。それから洗面所には先に2人いて、少し話をしました」


「何の話?」

「本当に普通の話です。明日の授業のこととか、夕食は何だろうとか、それくらいで……」


「その話が普通かどうかも判断したいから、覚えてることは全部話してくれ」


「す、すみません。洗面所にいたのは同じクラスの子です。髪を整えていたら声をかけられて、明日の授業について少し話をしました。たぶん2、3分くらいです。そのあと水を使って、部屋へ戻りました」


「つまり最初はすぐ戻るつもりだったのに、そこで話しかけられて予定より少し長くなったわけだ。ちなみに誰に話しかけられた?」


「ノエルです。さっきまで私の部屋にいたノエルです」


 俺は思わずセシリアを見る。


「お前、それを先に言えよ」

「でも、ノエルは洗面所にいたんですよ? 私と話をしていたんですから、その間に部屋へ入るなんてできません」


「分かってる。だから今は犯人だなんて言ってないだろ。ただ、さっきまで指輪を見ていた奴と、お前が部屋を空けた直後にまた会ったっていう事実は覚えておく必要がある」


 ノエルは指輪を見たあと自分の部屋へ戻り、その後、セシリアが洗面所へ行くとそこにいた。

 女子寮で同じ階に住んでいるなら偶然でも何もおかしくないが、少し気にはなる。


「部屋からノエルが出る時に、この後に洗面所へ行くって話はしたか?」


「いえ。わざわざそんなことは言っていません」


「じゃあ、お前が部屋を出たあと、たまたま洗面所で会ったわけか。ノエルは先にいたんだよな?」


「はい。もう1人の子と話をしていました。リーナという同じクラスの子です」


 それだけを聞くと、ノエルには一応アリバイがある。少なくともセシリアが洗面所にいた時間、ノエル自身が部屋へ入ったわけではなさそうだ。


「ちなみにそのとき、普段より長く引き止められた感じはなかったか?」


「そんなことは……あ、でも、髪を結い直してくれました。私が上手くまとまらないと言ったら、自分がやってあげるって。それで少し時間がかかったんだと思います」



 これも偶然と言えば偶然だ。


 ただセシリアの持っている家宝の存在を知っていて、何度も見たいと頼み、実際に持ってこさせた相手が、セシリアが部屋を空けたタイミングで本人を洗面所に引き止めている。


 まだ決めつける段階ではないが、偶然が少しずつ増えてきてしまった。


「ちなみにそのリーナって子は、ずっと洗面所にいたのか?」

「いいえ。私が入って少ししてから出ていきました」


「ノエルがお前の髪を結い始めたのと、リーナが出ていったのはどっちが先?」


「たぶんノエルが私の髪を結い始めたあとです。リーナは『じゃあ先に食堂へ行ってるね』と言って出ていきました」


 これで新しくリーナという人間が候補に加わった。

 ノエルがセシリアを洗面所へ引き止めている間、リーナだけが1人で廊下へ出ている。

 しかも聞けばリーナも男爵家の娘で、ノエルとは普段からよく一緒にいるらしい。


「……はぁ……面倒くさくなってきたな」

「す、すみません」


「いや、家宝を勝手に持ってきたことは反省してほしいけど、今の話についてはお前が謝ることじゃない」



 俺は頭の中で時系列を並べ直した。


 ノエルが指輪を見る。

 ノエルが部屋を出る。

 セシリアが指輪の存在を再確認する。


 ここまではまぁ良いとして、その後セシリアが部屋を空け、洗面所でノエルと会ったわけだ。


 で、ノエルがセシリアを引き止めている途中でリーナだけが洗面所を出る。


 そして翌朝、指輪が消えていたことが判明した。


 これだけ考えれば分かりやすい。

 


「その……やっぱりノエルを疑っているんですか?」


「まだ誰も疑ってない。ノエル本人はお前と一緒に洗面所にいたんだから、今の情報だけで犯人扱いするのは無理がある。リーナだって、廊下に出たってだけで泥棒扱いされたらたまったもんじゃないだろ」


「そうですか……」


「だからこそ、現時点では重要参考人ってところだな。まず本当にどこかへ落としただけじゃないのか確認して、それでも見つからなかったら盗まれた可能性を考える。その順番でいい」


 俺はそう言って、女物の制服の袖を少しだけ捲った。

 非常に格好がつかないが、仕事は仕事だ。


「セシリア……最後に指輪を確認してから翌朝までに行った場所を全部案内してくれ。この部屋を出て、洗面所に行って、食堂。飯を食って寝るまでに通った順に」


「分かりました。ノエルたちにも話を聞くんですか?」


「必要ならな。ただし今の段階で、指輪を盗んだとか疑ってるとかは絶対言うなよ。まだ単純になくしただけかもしれないんだから」


「どうやって話を聞くんですか? レイジさん、その格好ですし……」

「…………」


 忘れていた。

 俺は改めて自分の格好を見る。死にたい。


 女子寮の中を調べるためには役立っているが、ノエル本人と話をするとなれば事情が違ってくる。

 レイジという男の探偵が質問するのと、突然現れた見知らぬ怪しげな女学生が質問するのでは状況が違う。


「先生に相談するしかないな。適当に転入予定とか、そういう設定にしてもらって――」


「レイさん?」

「その名前で呼ぶな」


 即答すると、セシリアが小さく笑った。


「……お前、だいぶ余裕出てきたな」

「レイジさんが見つけてくれそうな気がしてきたので。私1人では、なくしたと思って同じところばかり探していましたから」


「まだ何も見つけてないからな。礼を言うなら見つかってからにしてくれ」

「それでも……ありがとうございます」


 こういう感謝をされると困る。

 まだ仕事らしい仕事は何もしていないのに、本人は少し安心したらしい。


 《未精算残高への相殺対象となる感情を検出しました》


(今ので? ……いくら?)

 《回答料金は生命時間換算で一秒です》


(払う)

 《現時点では相殺対象となる増加分はありません》


 また1秒損した。


(だったら言うなよ! バカなのか?)

 《検出結果を通知したのみです》


(お前、最近本当に性格悪くなってない?)

 《当機能に性格は実装されておりません》


 知ってるよ。


          ◇



 それから30分ほど、俺とセシリアは寮の中を歩き回った。


 最初に洗面所を調べ、床や壁際、洗面台の下まで確認したが指輪はない。


 次に食堂までの廊下を壁際まで見て回り、食堂と談話室ではセシリアが座ったという椅子や周囲の家具の下まで確認した。



 結果は全部外れだった。


 途中で何人かの女子生徒とすれ違い、床ばかり見ながら歩く俺を不思議そうに眺めていたが、男だと疑う者はいなかった。


 変装が上手くいっている証拠ではあるのだろうが、まったく嬉しくない。


「……ないな。誰かが拾って先生に届けてる可能性もあるから、あとでもう一度確認しよう。それでもなければ、いよいよ盗まれた可能性を考えるしか――」


 そこまで言ったところで、廊下の向こうから2人の女子生徒が歩いてくるのが見えた。

 片方は明るい茶色の髪を肩の辺りで切り揃えており、もう片方は少し背が高く、長い黒髪を後ろでまとめている。


「あっ……あの茶色の髪の子がノエルです。隣にいるのがリーナです」


 向こうもこちらに気づき、先に声をかけてきたのは茶色い髪の少女だった。


「セシリア。昨日から随分探し回っているけど、まだ見つからないの?」

「う、うん。まだ……」


「そう……大丈夫? やっぱり先生に相談した方がいいんじゃない?」


 ノエル・バルツァー。

 男爵家の娘で、セシリアへ家宝を見せてほしいと何度も頼んだ張本人だ。


 少なくとも表情だけを見れば、友人を心配している普通の少女にしか見えない。

 その隣にいるリーナも同じように心配そうな顔をしている。


「私たちも手伝おうか? 何をなくしたのかは教えてくれないけど、大切な物なんでしょう?」

「えっと……」



 セシリアが俺を見る。

 俺を見るな。

 知らない女学生という設定だろうが。


「ところで、その人は?」


 当然そうなるよな。

 ノエルとリーナの視線が俺へ向いた。


 ここで探偵だと名乗れば面倒になるし、男だと知られればもっと面倒になる。


 教師からは必要以上に他の生徒へ話しかけるなと言われているのだが、せっかく向こうから来たのだから何も聞かずに別れるのも惜しい。


「……レイです。少し事情があって、今日だけこちらに来ています」


 言ってしまった。

 変声具を通した自分の声が廊下に響き、隣でセシリアの肩がわずかに震えた。


 こいつ、笑ってやがる。


「レイさんですね。私はノエル・バルツァーです。こちらはリーナ・エーベル。セシリアとは同じクラスなんです」


「初めまして」


 リーナが軽く頭を下げ、俺もそれに合わせて一礼する。


 さて、どうする。


 聞きたいことはいくらでもあるが、いきなり指輪について質問すれば警戒されるだろう。

 俺は少し考え、セシリアが無くし物をして困っているので一緒に探しているだけだと説明した。


「ああ、それで。私も昨日からずっと探しているんですよ。でも、何をなくしたのか、小さなアクセサリーってことぐらいしか教えてくれなくて」


「そうなんですか?」


 俺はわざとセシリアを見る。


「う、うん。ちょっと……言いにくい物だから」

「もしかして、男の人からもらった物とか?」


 リーナが笑いながらそう言った瞬間、ノエルが隣のリーナを見た。

 本当に一瞬だった。

 ただそれだけなら何の意味もない。

 友達が話したから顔を向けただけとも取れる。


「違うよ! そういうものじゃないから!」

「じゃあ何なの?」


「それは……」


「無理に言わせなくてもいいんじゃないですか。本人が言いたくないなら、見つけてから笑い話にすればいいでしょう」


 俺がそういって間に入ると、ノエルも「それもそうですね」と笑い、リーナもそれ以上は食い下がらなかった。


 そこで話を終えてもよかったが、せっかく本人たちがいるので、もう少しだけ聞いてみることにした。


「そういえば、さっき洗面所も探していたんですけど、セシリアさんが一昨日もあそこで皆さんと話をしていたって聞きました。仲がいいんですね」


「ああ、そのときですね。セシリアが髪を上手くまとめられないって言うから、私が結ってあげたんです」


 ノエルは特に考える様子もなく答えた。


「リーナさんもずっと一緒だったんですか?」

「最初だけですね。私はお腹が空いていたので、先に食堂へ行きました」


「じゃあ、ノエルさんとセシリアさんを残して?」

「はい。そうですが、何か?」


「いえ。セシリアさんがもしかしたらその辺で落としたかもしれないと言っていたので、誰かが拾っていないかなと思っただけです」


「そうですね。でもすいません私は見てないですね」

「私も見ていません」


 2人とも答えに迷いはなかった。


「そうですか。ありがとうございます。じゃあ、私はセシリアさんと一緒にもう少し探してみます」


「見つかるといいですね。もし見つからなかったら、私たちにもちゃんと教えてね。何をなくしたのか分からないと探しようがないから」


「うん……ありがとう」


 ノエルはセシリアへそう言い残し、リーナと一緒に廊下の先へ歩いていった。

 足音が十分に遠ざかってから、セシリアが小声で聞いてくる。


「……どうでした? ノエルたち、何か怪しいところはありましたか?」

「今のところ分からないな……って、そんな残念そうな顔するなよ。友達なんだろ?」


「そうなんですけど……レイさんなら、何か分かるのかなって」


「俺を何だと思ってるんだ」

「探偵さんです」


 そうだった。

 ただ、さっきの会話で気になったことはある。


 リーナが「男の人からもらった物とか」と言った瞬間、ノエルがリーナを見たことだ。

 あれだけで何かを判断する気はない。

 ただお年頃的にそういう話に興味津々なだけの可能性もある。



(今まで俺が直接見聞きした情報だけで簡易解析。ノエルかリーナの発言、表情、行動に明確な矛盾はあるか? 新しい情報はいらない)

 《簡易解析を実行します。回答料金は生命時間換算で三分です》


(払う)

 《明確な矛盾は確認できません》


 やっぱりないか。

 HELP機能(コイツ)が矛盾なしと判断したなら、少なくとも今の情報だけで2人を犯人扱いするのは早い。俺があの一瞬の視線を気にしすぎている可能性だってある。



「よし、もう一回、部屋に戻ろう。今度は指輪じゃなくて、お前が部屋を出てから戻るまでの間に誰かが入った痕跡がないか調べる」


「そんなことが、分かるんですか?」

「知らん。だから部屋をもう一度調べるんだよ」


          ◇


 部屋へ戻り、今度は物を探すのではなく、部屋そのものを調べることにした。


 扉と鍵、窓、机、床。セシリア本人が昨日から何度も指輪を探している以上、元の状態はかなり崩れているだろう。

 それでも誰かが短時間で部屋へ入り、机の上の指輪だけを持ち去ったのなら、何か残っている可能性はゼロじゃない。


「指輪は、この辺に置いてあったんだよな?」

「はい。この布の上です」


 セシリアが指したのは、机の端に置かれた薄い白色の布だった。端に小さな花の刺繍が入っている。


「これ……この花の刺繍はずっとこの向きか?」

「えっ……と……。最初は花がこちら側だったと思います。指輪を置いたときは、私から見える向きだったと思います」


 今は逆を向いている。


 だが昨日からセシリア自身が何度も机を調べているので、これには証拠としての価値はない。

 机の下へしゃがみ込むと、脚と床との境目に短い黒い糸が挟まっているのが見えた。


 拾ってみたものの、制服にも黒い部分が使われている以上、誰の物かなんて分かるはずもない。

 扉も特に違和感はなかった。


 鍵がかかっていなければ、取っ手を回すだけで誰でも入れる。


 仮に盗んだ人間がいたとしても、セシリアが洗面所へ行ったのを確認し、部屋へ入って机の上から指輪を取って出るだけなら1分もかからない。


「……盗もうと思えば簡単だな」

「やっぱり、誰かが盗んだんでしょうか?」


「そこはまだ分からないな。現状では、たまたま鍵の開いてる部屋を覗いて、高そうな指輪を見つけて盗んだ奴がいた可能性だってあるからな」


 もっとも、そんな偶然より気になることはある。


「お前が家から指輪を持ってくることを知ってた人間はだれだ?」

「ノエルだけです。少なくとも私は、他の人には話していません」


「持ってきた当日に誰かに見せたり、その話をしたりは?」

「していません。見せたのもこの部屋で、ノエルだけです」


 なら、その日の夕方、この部屋に伯爵家の家宝が置かれていることを確実に知っていたのはセシリア本人とノエルだけ。


 その反面、たまたま盗むことができた人間は大勢いる。

 だが、最初から盗むつもりだった人間がいたとすれば話は別だ。


「ノエル本人にはアリバイがある。お前が部屋を空けていた間は洗面所で一緒だったんだから、本人が盗んだとは考えにくい。ただ、誰かに頼んで取らせたなら話は変わってくる」


「リーナ……ですか?」


「可能性の話だよ。ノエルから『セシリアの机にある物を取ってきて』と言われれば、リーナ自身が指輪の正体を知らなくても盗むことはできる。でも、それだけじゃ証拠にならない」


 ノエルがセシリアに家宝を持ってこさせ、洗面所で本人を引き止め、その間にリーナが部屋へ向かった。


 そう考えれば綺麗につながる。


 綺麗につながりすぎるからこそ、それだけで犯人扱いするのは危険だった。


(簡易解析。ここまで俺が得た情報だけを整理して、指輪が意図的に持ち去られたと判断するうえで不足している要素はあるか? 新規情報取得なし)

 《簡易解析を実行します。回答料金は生命時間換算で四分です》


(払う)

 《あります》


 やっぱりか。


(それは何だ?)

 《追加回答料金を算出しますか?》


 これ以上聞けば、今度は答えそのものに対価を を取られる。


(待て。答えは要らない)

 《承知しました》


 だったら自分で考える。


 今の情報だけでは、まだ盗難と断定できない。

 つまり不足しているのは犯人を特定する材料以前に、本当に「盗まれた」と言えるだけの材料だ。


「セシリア。指輪を最後に見たとき、指輪に触ったか?」

「はい。ノエルが帰ったあと、少し眺めてから机に置きました」


「そのあと部屋を出るまで、机の近くには行ってない?」

「行ってないと思います。ベッドで本を読んで、そのあと着替えて洗面所へ……」


「服を着替えた場所は?」

「衣装棚の前です」


 机とは少し離れている。


「そのとき指輪を身につけたり、袋へ戻したりは?」

「していません。絶対に机の上でした」


 絶対……か。


 だが、人間の記憶ほど信用できないものはない。



「じゃあ一度、再現してみよう。一昨日、ノエルが帰った直後から同じように動いてみて。頭の中で思い出すより、実際に身体を動かした方が思い出すこともある」


 セシリアは少し戸惑いながらも頷き、机の前へ立った。

 俺は机の上にあった小さな金具を指輪代わりに渡す。


 セシリアはノエルを見送ったあとと同じようにそれを眺め、机へ置いてからベッドへ向かった。

 本を手に取り、しばらくして立ち上がると衣装棚へ移動する。


「夕食の前に着替えようと思って……それから洗面所へ――」


 そこでセシリアの動きが止まった。


「どうした?」


「……思い出しました。ハンカチです。洗面所へ行く前に、ハンカチを持っていこうと思って一度机のところへ戻りました」


 セシリアが机へ戻る。


「そのとき指輪は見たか?」

「…………覚えていません」


 なるほど。

 最後に確実に確認したのはノエルが帰った直後だが、そのあとセシリアはもう一度机へ戻っている。そのとき指輪があったかどうかは覚えていない。


 つまり、洗面所に行っている間に盗まれたと考えること自体が、まだ早かったわけだ。


「てことは、今の段階じゃ、指輪がどのタイミングで消えたのかすら特定できないな」


「じゃあ、ノエルたちじゃなく……」


「まだ何も分からない。ただ、これで調べる範囲は広がった。セシリア、一昨日この部屋にノエル以外で入った人間がいないか、今度は朝から全部思い出してみてくれ。友達でも先生でも清掃の人でもいい」


 セシリアはしばらく考え、昼間に清掃の人が入ったことを思い出した。ただし、その時点では指輪はまだ鞄の中に入っていたという。


 さらに考え込んだあと、もう1人の存在をを思い出した。


「ノエルが来る少し前に、リーナが一度来ました。ノエルを探していたみたいで、『ここに来てない?』って聞かれて……まだ来てないよって答えたら、そのまま自分の部屋へ戻りました」


「そのとき指輪はまだ袋の中に?」

「はい」


「リーナに……あとでノエルがここへ来るって話してたか?」


「私は話していませんけれど、たぶんノエルから聞いたんだと思います」


 リーナは、ノエルがセシリアの部屋を訪れる予定だったことを知っていた。

 それ自体は友人同士なら不自然ではない。

 しかしノエルとリーナがどの程度まで情報を共有していたのかは確認する必要がありそうだ。



「何か分かったんですか?」


「今ノエルやリーナ本人に聞いたら警戒されるかもしれないから、その前に周囲から埋めたい。一昨日の夕方、廊下や洗面所の近くにいた奴を探して、リーナが本当にそのまま食堂へ向かったのか確認する」


「そんな人が見つかるんですか?」


「探すんだよ。洗面所の近くの部屋の奴とか、食堂へ向かう途中でリーナを見た奴とか、誰かしら覚えてるかもしれない」


「でも、どうやって聞いていきますか?」


 俺は自分の格好を見下ろした。


 女子生徒の制服に黒髪のかつら。

 そして口を開けば変声具のおかげで女の声が出る。

 さっきまでは屈辱以外の何物でもなかったが、女子寮の中で生徒から話を聞くとなれば、これほど都合のいい格好もない。


「セシリア、友達多い?」

「普通だと思いますけど……」


「じゃあこの階に住んでる奴を中心に、できるだけ紹介してくれ。一昨日の夕方に誰を見たかとか、雑談しながら聞いていく」


「分かりました。レイさん」

「その名前で呼ぶなって言ってるだろ」


 セシリアが楽しそうに笑う。


 銀貨1枚のなくしもの探しだったはずなのに、気づけば俺は女物の制服を着たまま、女子寮中の女学生へ聞き込みをすることになっていた。


 少なくとも今だけは、この格好にも意味があると思うことにしよう。



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