15-女装までしたのに、報酬は銀貨一枚
「男性は立入禁止です」
「……話は聞いてるんだよな?」
学校へ到着し、女子寮の入口まで来たところで、俺たちは40代くらいの女性教師に止められた。
「聞いております。そちらのセシリアさんから、なくしものを探すために探偵の男性をお呼びすることも。そのうえで申し上げますが、ここは女子寮ですので、男性を中へ入れることはできません」
話は通してあると言っていたので、俺としてはそのまま入れるものだと思っていたのだが、どうやら話を通すことと許可が下りることは別らしい。
「先生、でもレイジさんは私がお願いして呼んだ探偵さんなんです。なくした場所を直接見てもらわないと、来てもらった意味がありません」
「事情は理解していますし、あなたが困っていることも分かっています。ただ、ここにはあなた以外の生徒も生活していますから、あなた1人の判断で男性を入れるわけにはいきません。私が同行したとしても、それは同じです」
流石にこれはこの教師の言うことの方が正しい。
女子寮に知らない男が入ってきたら、他の生徒からすればたまったものではないだろう。
俺だって自分の娘が住んでいる女子寮に知らない男が入ってきたと聞けば、何を考えているんだと言うと思う。
「だったら今回は無理だな。悪いけど、現場を見られないなら探しようがないし、俺が外から部屋の中を透視できるわけでもない」
《回答が必要でしょうか》
(いらない)
できるとか言い出したら怖い。
だが、俺が帰ろうとすると、女性教師が少し考えてから口を開いた。
「男性の姿でなければ、方法がないわけではありません」
「……今、妙な言い方しなかったか?」
教師は俺を上から下まで眺めた。その横でセシリアまで同じように俺を見ている。
嫌な予感しかしない——。
「体格は少々厳しいかもしれませんが、顔立ちは化粧である程度どうにかなるでしょう。髪も演劇の授業で使用するものがあります。背の高い生徒用の制服も予備がありますので、事情を把握している職員の監督下であれば、他の生徒を不用意に不安にさせることなく寮内へ案内できます」
一気に捲し立てる女性教師から咄嗟に逃げようとしたが、すぐに腕を掴まれた。
「待て! 離せ! 女装しろとかふざけんな!」
腕を振りほどこうとするも、全く離してもらえる気配がない。
なんだこの女性教師、ゴリラの親戚か?
「女性の姿であれば入ることを認めます。声もこちらを使用していただきます」
俺のことなど眼中にないのか、女性教師が懐から取り出したのは、小さな銀色の飾りだった。
形としては首飾りに近く、細い革紐の中央に親指の爪ほどの小さな魔石が取り付けられている。
「はぁ、はぁ……なんだこれ」
「この変声具で声の高さを変えることができます。別人の声を再現するようなものではなく、男性の声を女性らしく聞こえるよう調整する程度のものです」
「そんな便利なものあるなら、変装とか犯罪に使われるだろ」
「もちろん使用そのものが禁止されている場所もありますし、声が変わるだけで顔まで変わるわけではありません。それに安価な変声具では、聞き慣れた相手まで騙すのは難しいですよ」
「なるほど……?」
そういう魔道具まであるのか。
この世界へ来て1ヶ月以上経つが、まだまだ知らないものが多い。
とはいえ問題はそこではない。
「いや、中身が男なのは変わってないだろ。事情を知ってるなら、そのまま俺を入れても同じじゃないの?」
「男性は立入禁止です」
「そこだけ頑なだな!」
規則として正しいのか間違っているのか、だんだん分からなくなってきた。
俺は隣にいるセシリアを見る。
こいつは明らかに何かを期待するような顔をしている。
「セシリア、お前ちょっと楽しんでない?」
「そ、そんなことありません! ただ、レイジさんならお化粧をして髪を変えれば、意外と似合うんじゃないかとは思っています」
「何を根拠に言ってんだよ」
「顔立ちが整っているので……その、女性っぽいという意味ではなく、化粧映えしそうだなと」
「ちゃんとした文章で傷つけてくるな」
女性教師まで俺の顔を見ながら、わずかに頷いている。
嫌だ……ものすごく嫌だ。
だが、依頼を受けるなら現場には入るしかない。
(なぁ、俺が女装せず女子寮に入る方法は?)
《回答料金は生命時間換算で一秒です》
(払う!)
《ありません》
「…………」
寿命を無駄に1秒損した。
しかも、たった1秒なのが余計に腹立つ。
「……分かったよ。やればいいんだろ、やれば」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ただし絶対笑うなよ。それと必要以上に変な格好にするのもなしだ。女子寮に入るために必要な最低限だけだからな」
「もちろんです。私もお手伝いします!」
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
セシリアの声が明らかに弾んでいる。
女性教師まで微妙に目を逸らした。
「先生も笑ったら帰るからな」
「私は教師ですので、生徒の前でそのような失礼なことはいたしません。では、準備をしましょう」
「なんで目を合わせないんだよ」
教師は答えず、校舎の奥へ歩き始めた。
その後ろをセシリアが楽しそうについていく。
昨日は怪しい薬の売人に潜り込んだのに、今日は女装して女子寮に潜り込むとは。
探偵という仕事は、俺が思っていたより随分と潜入する機会が多いらしい。
◇
結果から言えば。
鏡の中には俺の知らない女がいた。
いや……俺だった。
分かっている。
分かっているのだが、認めたくない。
着せられたのはこの学校の女子生徒が着ているものと同じ制服で、背の高い生徒用の予備らしい。
さすがに骨格や体格まではどうにもならないが、上着の形のおかげで肩周りは思っていたほど目立たず、肩まで届く黒髪のかつらを被せられたことで正面から見た印象はかなり変わった。
さらに教師が連れてきた女性職員に顔を弄られた。
何をどうしたのかは分からない。
途中から考えるのをやめた。
鏡の中にいる人間が自分だという事実を受け入れるだけで精一杯だったからだ。
「レイジさん……思っていたより、ずっと自然ですよ」
「褒めてるつもりならやめろ。今の俺には全部悪口に聞こえる」
「でも、本当に綺麗です。黙っていたら男性だとは分からないかもしれません」
「嬉しくねえよ」
セシリアは笑いそうになるのを必死で堪えている。
俺は教師から渡された変声具を首へつけた。
魔石の部分を喉元に合わせ、教師が側面の小さな金具を調整すると、石がほんのわずかに光る。
「何か話してみてください」
「……これでいい?」
自分の口から出た声を聞いて、思わず喉を押さえた。
「気持ち悪っ!」
声が高い。
ただ高いだけではなく、響きそのものが少し柔らかくなっている。
完全に女の声というほどではないが、少なくとも今の外見と組み合わされれば、わざわざ男だと疑う人間はいないだろう。
「もう少し高くできますが、どうしますか?」
「しなくていい。これ以上自分の声から離れたら精神的に耐えられない」
「私はもう少し高くても似合うと思いますけど」
「セシリア、お前さっきから楽しんでるよな?」
「楽しんでません」
「じゃあなんで笑ってんだよ」
「笑ってません」
「口元見えてるからな」
教師が咳払いをした。
「それでは参りましょう。念のため申し上げておきますが、寮内では必要以上に他の生徒へ話しかけないようにしてください。事情を知っているのは一部の職員とセシリアさんだけです」
「分かってるよ。俺だって好きでこの格好してるわけじゃないし、さっさと探しものを見つけて帰る」
こうして俺は人生で初めて女装し、魔道具で声まで変えた状態で女子寮へ入ることになった。
◇
女子寮へ入ると、当然ながら女しかいなかった。
廊下ですれ違った生徒が俺を一瞬見ることはあったものの、同じ制服を着たセシリアと女性教師が一緒にいるためか、それ以上気にする様子はない。
変声具を使う機会すらなく、少なくとも見た目だけなら潜入には成功しているらしい。
別に嬉しくない。
むしろ誰にも気づかれないことの方が複雑だ。
「レイジさん、こっちです。私の部屋は2階なので、もう少しだけ先です」
「その声で普通に名前呼ぶなよ。せっかく変装してんのに全部台無しだろ」
「あっ……すみません。では、何とお呼びすればいいでしょう?」
「呼ばなくていい。部屋まで数十メートルだろ」
「でも、誰かに聞かれたら不自然じゃありませんか?」
「だったら適当に――」
そこで俺はセシリアの方を見ると、そのの目が輝いていた。
「お前、俺に女の名前つけようとしてる?」
「まだ何も言っていませんよ?」
「顔に書いてあるんだよ」
「せっかくですから――」
「いらない。絶対いらない」
教師が小さく咳払いをした。
「では、レイとでも呼んではいかがでしょう。レイジさんのお名前から取れますし、女性でも不自然ではありません」
「先生まで参加しなくていいよ」
「承知しました、レイさん」
「採用すんな」
セシリアがとうとう吹き出した。
「笑ったな?」
「ご、ごめんなさい。でもレイさんって、すごく似合って……」
「帰るぞ」
「ごめんなさい! 本当にもう笑いませんから!」
さっきまで大人しそうな依頼人だと思っていたのだが、少し慣れてきたら随分と遠慮がなくなってきた。
まあ、昨日から俺を待っていたくらいなのだから、多少楽しそうにしているくらいは許してやろう。
「ここです」
やがてセシリアが1つの扉の前で立ち止まった。
ようやく本題だ。
教師は他の生徒に不審がられないよう外で待つと言い、俺とセシリアだけが部屋へ入った。
女子寮というから何か特別なものを想像していたが、部屋そのものは普通だった。
ベッドと机、衣類棚。壁際には小さな本棚があり、窓辺には小さな花まで飾ってある。
俺が暮らしている安宿よりよほど清潔で広く、貴族の娘が通う学校の寮だけあって、それなりに金は掛かっているのだろう。
扉を閉め、俺はようやく肩の力を抜いた。
「それで、セシリア」
「はい」
「結局、何を探してるんだ?」
「小さな指輪です。金でできていて、赤い宝石が1つ付いています」
「指輪か」
俺は部屋を見回した。
小さな指輪なら家具の隙間に落ちれば見つけにくいだろうし、本人が言っていたように廊下や共同の洗面所で落とした可能性まで考えると、多少探す範囲は広い。
それでも現時点では、そこまで大掛かりな仕事には思えなかった。
「まあ、その程度なら銀貨1枚でいいや。見つからなかったら金はいらない」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「じゃあ、探す前に確認するけど、その指輪を最後に見たのはこの部屋で間違いないんだな?」
「はい。一昨日の夜です。友達に見せて、そのあと机の上に置いたところまでは覚えています」
「友達に?」
「ノエルです。ノエル・バルツァーという同じクラスの子で、以前から一度見てみたいと言われていたので……」
「ふーん」
俺は机へ視線を向けた。
「そのノエルに見せたあと、ここに置いたのか?」
「はい。ノエルが帰ってからも一度見たので、そこまでは間違いありません」
「じゃあ、そこからなくなるまでに誰か部屋に入った可能性は?」
「分かりません。私も一度洗面所へ行きましたし、そのときはすぐ戻るつもりだったので鍵をかけませんでした」
「なるほどね」
まだ普通のなくしものだ。
……今のところは。
「ちなみに、その指輪ってセシリアのものが?」
「…………」
返事がなかった。
おい——と声に出すのを堪え、俺はセシリアを見る。
さっきまで嬉しそうにしていた少女が、急に俺から目をぐるぐるさせ、俺の視線から逃れようとしていた。
「どうした?」
「いえ、その……私の家の物ではあります」
「自分のじゃないってか?」
「…………はい」
何だろう……ものすごく嫌な予感がする。
「ちなみに誰のだ?」
「母のです」
「借りてきたのか?」
「…………」
「セシリア」
「はい」
「ちゃんとこっち見ような」
俺のセリフでセシリアはゆっくり顔を上げた。もはや実験される直前のハムスターのように思えてきた。
「母親に借りて持ってきたのか?」
「……いいえ」
「じゃあ、どうやって持ってきたんだ?」
「母の部屋から……その……こっそりと」
「おい……」
「ご、ごめんなさい!」
「俺に謝ってどうすんだよ」
思わず額を押さえた。
単なるなくしものだと思っていたら、どうも話がおかしくなってきた。
「何でそんなことしたんだよ」
「ノエルがどうしても見てみたいと言ったんです。以前、家に昔から伝わっている指輪があるという話をしたら、すごく興味を持ってくれて……一度でいいから見せてほしいって何度もお願いされて、それで……」
あわあわとやたらと早口で一気に説明するセシリア。
「だから母親の部屋から勝手に持ってきたってか?」
「はい……」
「それを世間一般では盗んだって言うんだけど」
「盗んだわけではありません! ちゃんと返すつもりでした!」
「持ち主に黙って持ってきた時点で同じだよ」
セシリアが見るからに小さくなる。
さっき銀貨1枚でいいと言った自分を殴りたい。
「で、その指輪ってどの程度の物なんだ? 金で宝石付きってことは、それなりに高いんだろ?」
「値段は分かりません。ただ、母からは絶対になくしてはいけない物だと言われています。その……ずっと昔に王家からいただいた物だと聞いています」
「…………」
待て、とてつもなく嫌な単語が聞こえたぞ今。
「王家から頂いた……?」
「はい……」
「ちょっと待て。セシリアの家ってのは……」
セシリアが不思議そうに俺を見る。
「アーデルハイト家ですけど……」
「それはさっき聞いた。そうじゃなくて、爵位とかは?」
「伯爵家です」
「…………」
伯爵。
俺でも知っている。
偉いやつだ。
「お前、めちゃくちゃ偉い家の娘じゃん」
「そう……なのでしょうか。生まれたときからそうなので、他の家と比べたことはあまり……」
「『そうなのでしょうか』じゃねぇ!」
頭が痛くなってきた。
伯爵家の娘と王家から下賜されたような品物。
それを母親の部屋から勝手に持ち出して学校へ持ってきた。
そして無くした。
「……銀貨1枚って言う前にブツの詳細を聞けばよかった」
「あ、あのっ、料金でしたら、もっとお支払いできます。私のせいで大変なことになっているので、必要でしたら――」
「いや、もう銀貨1枚って言っちゃったからいい。見つけたら銀貨1枚、見つからなかったらなし。それで受けたんだから、それでいい」
自分で言っておいてかなり後悔した。
俺は金に細かい。
だが、一度決めた話を相手の身分や金を持っていることを知った途端に変えるのはもっと嫌いだ。
「で、指輪を見たいと言い出したのは、そのノエルって子なのか?」
「はい。ノエル・バルツァーです。同じクラスで、彼女も男爵家の子です。家宝の話をしたらすごく興味を持って……それから何度も一度でいいから見てみたいと言われました」
こいつ、今はっきりと『家宝』って言いやがった。
「はぁ……それで、その話はいつ?」
「たぶん……えっと、1ヶ月くらい前です」
「それからずっと言われ続けてたのか?」
「毎日ではありませんけど、何度かお願いされました。私も最初は駄目だと言っていたんです。でも、見るだけなら何も起きないと思って……」
「それで先日持ってきたと」
「はい……」
俺は机を見る。
ノエルとやらが最初から盗んだと決めつけるには早い。
少なくともセシリア自身が、ノエルが帰ったあとにも指輪を見ている。
ならばノエルがその場で持ち去ったわけではないし、単純にセシリアがどこかへ落とした可能性もまだ十分にある。
ただし——何度も見せてほしいと頼んでいたクラスメイト。
伯爵家に伝わる家宝で、王家から下賜された指輪。
セシリアが短時間とはいえ鍵をかけずに部屋を空けた。
そして、そのあと指輪が消えた……と。偶然で片付けるには、少しだけ引っかかる。
「その……やっぱりノエルを疑っているんですか?」
「まだ誰も疑ってない。そもそもノエルが帰ったあとにも指輪を見たんだろ? だったら今の情報だけであいつが盗んだと決めるのはな」
「よかった……ノエルは友達なので」
「だからこそ、現時点では重要参考人だな。まず本当にこの部屋のどこかへ落ちてないか確認して、それから最後に指輪を見たとき以降、お前が何をしたのか順番に追っていく。誰かを疑うのは、それでおかしいところが出てきてからでいい」
俺はそう言って、女物の制服の袖を少しだけ捲った。
非常に格好がつかないが、仕事は仕事だ。
銀貨1枚のなくしもの探し。
俺は改めて部屋の中を見回した。
ベッドと机に、本棚。
衣装棚……あとは窓と入口の扉。
「……なんで俺のところに来る依頼って、普通に終わらねえんだろ」
《簡易解析を実行しますか?》
(まだいい。まずは自分で調べる)
《承知しました》
こうして俺は、女物の制服を着て女の声を出しながら、伯爵家から持ち出された家宝を探すことになった。
銀貨1枚で。




