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11/27

11-寿命11秒で、人生観が変わった

 翌朝。



「……重い」

 

 目を覚ますと、ミレイユが俺の右腕を枕にして眠っていた。


 昨日あれだけ恥ずかしがっていたくせに、寝てしまえば遠慮も何もないらしい。

 俺の胸元に頬を寄せ、片腕まで腹の上に乗せている。


「ん……」


 寝顔を観察していると、赤い瞳がゆっくり開いた。


「おはよう」

「…………」


 しばらく俺のことを見て――昨夜のことを思い出したらしい。


「――っ! お、おはようございます!」

「朝から元気だな」

「ち、違っ……!」


 慌てて起き上がろうとして、ミレイユの手が俺の左肩に触れた。


「痛っ」

「あっ! ごめんなさい!」

「大丈夫だ」


 結局、傷口を確認されるまで解放してもらえなかった。


          ◇


 ミレイユが女将から服を借りている間、俺はベッドに寝転がったまま天井を眺めていた。


 身体はまだ重いし肩も痛い。

 だが、昨日よりはずっとマシだった。

 そんなことを考えていると。


 《お知らせがあります》


「…………」


 嫌な予感がする。


(何?)

 《レベルが上昇しました》


「…………」


 ――レベルっ?


(この世界、レベル制だったのか?)

 《いいえ。私のレベルが上がりました》


(お前にレベルがあんのかよ!?)

 《ございます》


 初耳なんだけど。


(今まで聞いたことないぞ)

 《お問い合わせがありませんでしたので》


(相変わらずだなお前)

 《ありがとうございます》


(褒めてねえよ)


 朝っぱらからHELP機能(コイツ)の相手は疲れる。


(で、なんで突然上がったんだ?)

 《HELPサービスの累積利用量、および利用実績が所定の基準に到達しました》


 使いすぎたせいか……全然嬉しくない。


(で、レベルが上がると何か変わるのか?)

 《「簡易解析」が利用が可能になりました》


(簡易解析?)

 《利用者がすでに取得している情報のみを対象として、整理、比較、関連性の抽出、矛盾点および特異点の指摘を行います》


「…………」


 それ、めちゃくちゃ使えるんじゃないか?


(俺が知っている情報だけを使って分析してくれるってことか?)

 《はい。最新の外部情報の取得、未知情報の検索、正解の提示等は行いません》


(その代わり安いのか?)

 《通常の情報照会と比較し、低額となる傾向があります》


 なるほど。


 たとえば今回なら、ミレイユから聞いた4人の容疑者の名前、店で聞いた話やバルガスの証言という、俺がすでに知っている情報だけを並べて、「ここがおかしい」と指摘させることができるというわけか。


 答えを教えてもらうのではなく、あくまで、俺の頭の中にある情報整理を手伝ってくれる。


(いいじゃん)

 《今後ともHELPサービスをご愛顧くださいますようお願い申し上げます》


(急に商売臭くなったな)

 《なお、利用レベルの上昇に伴い――》


(まだあんの?)

 《利用実績が蓄積されるようになりました》


(ソシャゲみたいに言うな)

 《「ソシャゲ」に該当するサービス形態ではありません》


(分かってるよ)


 しかし、レベルがあるということは当然、その先もあるはずだ。


(ちなみに次のレベルで何が増えるの?)

 《当該情報は現在の利用レベルでは開示対象外です》


(そこも課金じゃなくてロック解除系かよ)

 《利用実績をお積みください》


(嫌な言い方するなあ……)


 どうやら俺は知らないうちにHELP機能(コイツ)の優良顧客へ近づいているらしい。

 まったく嬉しくなかった。


          ◇


「何を難しい顔してるんですか?」


 1階へ降りると、先に席を取っていたミレイユが首を傾げた。


「ちょっと朝から嫌な成長を実感してた」


「成長?」

「こっちの話」


 朝食は黒パンに卵、野菜の入ったスープ。

 俺が席につくと、ミレイユが当然のように向かいへ座る。


「レイジさん」

「ん?」


「食べられます?」

「右手は怪我してないからな」

「そうでした」


「まさか口移しで食わせたかった?」

「朝から何言ってるんですか!」


 ミレイユの顔が真っ赤になった。

 昨夜の乱れ具合との落差がすごい。


「……もう」


 ミレイユがパンをちぎる。

 そのまま少し食べたところで、不意に手を止めた。


「そういえば」

「何?」


「私、まだレイジさんに依頼料を払ってませんよね」

「…………」



 そうだった……今回は「殺されそうだから助けてくれ」と飛び込んできたところから始まって、そのまま調査に入った。


 金の話なんて一度もしていないんだが、一夜を共にしてから金を払えと言うのもなんだか居心地が悪い。



「いくら払えばいいですか?」

「そんなことより、ミレイユは金持ってるのか?」


「普通ですね」

「冒険者の普通が分からない」


「金貨を何十枚もすぐに払えるほどではありません」

「だよな」


「でも、できるだけ払います」


 ミレイユは真剣そのものだが、一晩中お互いを求め合った朝になって、今さら金を払えというのも憚られた俺は少し考えた。


「……飯」

「はい?」


「何回か飯を奢ってくれ。それでいいよ」

「それだけですか?」

「それだけでいい」


「でも、解毒剤の材料も――」

「じゃあ豪華な飯ってことで」

「そういう問題ですか?」


 精一杯の提案だったのだが、ミレイユは納得していない顔をする。


「とりあえず5回ぐらい飯を奢ってくれれば」

「少ないです」


「じゃあ10回」

「…………」


 料金を倍に増やしたとたん、嬉しそうな顔になった。


「なんで笑ってんの?」

「笑ってませんよ……ちなみに私の手料理でも有効ですか?」

「いいけど」


「本当ですか?」

「飯は飯だろ」


「じゃあ、私の部屋で――」


 そこまで言って止まった。


「…………いえ、なんでもないです」


 顔を赤くしながらなにやら百面相をし始めた。

 まあ、俺としてはタダで飯にありつけるならなんでも良い。


「じゃあ、最初はいつにする?」

「今夜でも! 明日でも!」


「早いな」

「駄目ですか?」


「別にいいぞ。飯は毎日何かしらで食うからな」

「では明日で!」


 これで明日の予定は一つ埋まってしまった。


「……レイジさんは……他の人にも、こういうことしてる人いるんですか?」

「こういうこと?」


「女の人を助けたり……その……好きになられたり」

「知らん」


「でもリディアも綺麗ですし……」

「あいつには婚約者がいるぞ」


「知ってますよ……でもリディア以外の……その」

「……?」


「あ、あのっ、他の人に負けないように、頑張りますから!」

「他の人って誰のことだ?」


「これからできるかもしれないじゃないですか」

「できる前提かよ」


「レイジさんは、綺麗な女の人は好きですよね」

「否定はしない」


「だから、私もレイジさんが他の良い人が出来てからも、飽きられないように頑張ります」

「…………」


 なにやら見えない誰かに闘志を燃やしているようなミレイユだが、どうも話が食い違っている気がする。

 それともミレイユと『良い仲』になれたと思っているのは俺だけなのか?


「ちょっと待て」

「だから——……はい、なんでしょうか?」


「前提の話を聞きたいんだが、恋人とか嫁って普通1人だよな?」

「……普通?」


 なんだその顔。


「たまにそう言う変わった人が居るというのは聞いたことはありますが、貴族でも平民でも、普通は複数の恋人や妻が居るものでは?」

「…………」


 マジか。


「あれ、そっちが普通なの?」


 知らなかった。

 こっちへ来て、生きていくための法律や常識はHELPから散々聞いた。

 だが男女の付き合いの文化や、結婚制度なんて質問した覚えがない。


(なぁ)

 《はい》


(この国では複数の妻を持つことは社会的に普通。YESかNO)

 《回答には生命時間換算で十一秒を要します》


(頼む)

 《承認しました》

 《YES》


 寿命11秒を支払って俺の人生観が変わってしまった。


「…………」

「レイジさん?」

「いや」


 とんでもない世界に来てしまった。


「じゃあお前、本当に俺に他の女ができてもいいの?」

「当然気にはしますよ」


 そう言って、ミレイユが少し胸を張った。


「だから、負けないように頑張るんです」

「何を?」


「りょ、料理とか」

「うん」


「冒険者としてお役に立ったり」

「うん」


「その……ほかにも、色々……その……夜の……」


 最後だけ急に声が小さくなった。


「…………」

「なんで黙るんですか!」

「顔赤いぞ」

「もう!」


 だがこれはかなり重要な話だ。


 俺が探偵をやり、誰かを助ける。

 真正な感謝や信頼が生まれれば、債務が減る。

 さらに相手が俺を好きになれば、継続的な返済ができる。

 そして複数人と関係を持つこと自体、この世界ではおかしくない。


「…………ふむ」

「レイジさん……また悪い顔してますよ?」


「してないよ」

「してます」


 失礼な……ちょっと今後の人生について、真剣に考えていただけだ。


          ◇


 朝食を終え、宿の前までミレイユを見送る。

 昨日洗った服はまだ乾いていないので、女将から借りた服のままだ。


「服は明日取りに来ますね」

「おう」


「ご飯奢りますからね!」

「楽しみにしてる」

「任せてください」


 ミレイユは心から嬉しそうに笑う。


「ちゃんと安静にしてくださいね」

「はいはい」


「返事が軽いです」


 まだ何か言いたそうだったが、ようやく諦めたらしい。


「では、また明日」

「おう」


 宿から出て、数歩歩いたと思ったら止って、また戻ってきた。


「何?」

「レイジさん、少し屈んでくれますか?」

「なんで?」

「いいから」


 言われた通りに身体を屈める。

 ミレイユが背伸びをしだと思った直後に頬に柔らかい感触が当たった。


「でっ、では、また明日!」


 顔を真っ赤にしたまま、今度こそ走っていった。

 俺はその背中を見送りながら頬に触れる。


 そして、昨日HELP機能(アイツ)に聞いた言葉を思い出していた。

 恋愛感情は信頼感情以上に、継続的に債務を減らす。

 そのうえ、この国では一夫多妻も珍しくない。


「……探偵――しかも美人専門か。案外、本当にありなんじゃねえか?」


 誰もいなくなった通りで呟いた。

 《簡易解析を実行しますか?》

(しなくて良い)


 レベルが上がって、こいつちょっと積極的になってないか?

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