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心が読める義弟は姉を離さない  作者: あお


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試作2



 翌朝、まだ屋敷の使用人たちが本格的に動き出す前の暗い時間。ジェーンとカイラスは寝間着の上に厚手のガウンを羽織り、抜き足差し足で煙突の裏へと向かった。

 壁に手を触れると、昨晩の残り火の名残でまだじんわりとだが温かみが残っており、これならば乾いている筈とジェーンは期待に胸を膨らませた。

 重石を退かし、ハンカチを広げると、目で見てもわかるほどにからからと乾いているたんぽぽの根。


「……見て、カイ! カチカチになってるわ!」


 昨日は白くて瑞々しかったたんぽぽの根は、一晩ですっかり水分が抜け、小さく縮んで茶褐色に変わっていた。指で持ち上げ、少し力を入れるとパリと音が鳴る。


「よし、次はこれを焼こう。今なら誰もいないからキッチンでさっさと済ませよう」


 太陽も登り始めない、まだ夜ともいえる時間帯。例え使用人が異変に気付き起きてきても「お腹が空いて何か焼いているんだろう」と思われるだけだ。

 二人はキッチンへと向かうとかまどに火を灯した。

 カイラスはフライパンに乾燥した根を入れ、色の変化を見逃さないようじっと見つめる。

 最初は薄茶色だった根が、熱が加わるごとにその姿を変えていく。キャラメルのような色から、チョコレートのような焦げ茶色に変わり、香りも香ばしく、スモークのようなどこか不思議な香りが鼻をくすぐった。

 そして“焦げる”前に火からフライパンを退けると、本物のコーヒー豆と見間違うばかりに黒光りするたんぽぽの根があった。


「すごい……!本当に出来るだなんて!」


 ジェーンは出来上がった“コーヒー”に目を輝かせた。


「……でも、これをどうやって粉にしよう……ミルを借りに行くのは勇気がいるわ」


 貴族が使う食器棚には鍵がかけられている。毒物の混入を防ぐためだ。

 当主だけではなくジェーンやカイラスが使う食器も鍵付きの棚に並べられており、その中にはコーヒーミルもある。

 誰もいない時間帯だからこそ焙煎することが出来たが、誰もいない時間帯だからこそミルを使用することが出来なかった。そもそもコーヒーは貴族の嗜好品。平民では手の届かない贅沢品であるがゆえに、例え主の子であったとしても簡単に借りれることは難しいだろう。

 ジェーンの不安そうな声に、カイラスはキッチンの扉を開けていった。何かを探すような行動にジェーンは首を傾げる。


「あった。これで砕けばいいんだよ」


 カイラスが手にしたのは乳鉢だ。確かにこれならば子供でもゴリゴリと押しつぶすように回すだけで粉砕できると、ジェーンは【なんで思いつかなかったんだろう】と嬉しそうに頷いた。


【駄目ね。前世の知識があっても先入観っていうものが強いわ。コーヒーはミルで砕く、その考えが邪魔をしてる。カイラスがいなかったらどうなってたことか】


 ジェーンはぐるぐると円を書くように乳棒を回していくカイラスを後ろから覗き込んだ。


ゴリゴリゴリゴリ


 チップス状の粒がだんだんと細かい砂のように変わっていく。

 そして磨り潰されていく過程にも「本物のコーヒー」と間違えるほどの香りが漂った。


「……できた」


 カイラスが手を止め、一仕事終えたように呟くと、後ろからジェーンの手が伸び、磨り潰したたんぽぽの根を指先に着けると口に含む。


「……苦!」


 ジェーンは顔をしかめながらも目を輝かせた。


【コーヒー!正真正銘これはコーヒーだわ!】


 心の中で喜ぶジェーンにカイラスはくすりと笑うと、乳鉢の中のたんぽぽコーヒーに目を向ける。


「あとはお湯を入れて実際に飲むだけだ」


 カイラスは鍋に水を汲むと、水を沸騰させた。そして適当なタオルを使いドリップして、少量のコーヒーを入れる。

 独特の良い香りがあたりに充満し、色もコーヒーと同じように黒く濁る。それでも少しだけ薄さが目立つように思えたが、目を瞑れば完全にコーヒーであることに、とりあえず満足した。


「……ジェーン、飲んでみてくれないか?僕は本物を飲んだことがないから判断しようがないんだ」


「わかったわ。……まずは、何も入れないストレートからね」


 ジェーンは少しだけ口に含んで味わった。

使用したたんぽぽが少量の分、作ることが出来たコーヒーも少なく、多くを口に入れることは出来なかった。

 ストレートで味わった後にはミルクもいれて…と考えているため、ジェーンは目を瞑る。より味を感じるために視界からの情報を遮断したのだ。


「……に、苦いわね。でも普通にコーヒーよ。スッキリとした軽いコーヒーって感じかしら。ドリップで味がうまく出てこないなら、煮だすって方法もやってみてもいいかもしれないわね」


 ジェーンは顔をしかめながらも、その本格的な味わいに驚いた。

 コーヒー豆を一粒も使っていないのに、鼻に抜ける香りはまさにコーヒーそのもの。

 前世でたんぽぽコーヒーを飲んだことはないが、それでもコーヒー豆から入れるコーヒーはバイトの関係上飲んだことがあった。

 本物のコーヒーに引けを取らない自作のたんぽぽコーヒーに、ジェーンは満足気に口角を上げる。


 次に、ミルクとハチミツを入れたたんぽぽコーヒーを口に含んだ。

 少量のコーヒーにミルクとはちみつは入れすぎた気がしなくもないが、“子供舌”のジェーンの舌にはちょうどいい。

 ジェーンは目を輝かせて「おいしいわ!」と声を上げていた。

 「カイも飲んで」とカップに少しだけ残っていたコーヒーを差し出されたカイラスは、少し頬を赤く染めながらも受け取り、しっかりと口を付けて飲み干す。


「…キャラメルみたいだな」


「そうよね!苦味が優しくなってずっと飲みやすいわ!」


 カイラスも同意するようにジェーンの言葉に頷いた。


 ただの雑草であるたんぽぽを有効活用する方法に大成功を収めた二人は、にこやかな笑みを浮かべて手を合わせ、そして朝日が昇る前には自室へと戻ったのだった。




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