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心が読める義弟は姉を離さない  作者: あお


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憑依者の環境



 自室へと戻った二人。

 ジェーンは夜中に起きたことから再び布団へと戻り、カイラスは今日の午後にやってくる家庭教師に“相談”するための資料作りのためにデスクへと向かっていた。

 “少しだけ”そう思っていたが、暗闇から始めた作業は気が付くと陽が昇るまで続けていた。

 カイラスはギシギシと廊下を歩く使用人の音に顔を上げると、書き綴っていた書面をデスクへとしまい込む。

 そして“着替えをしていた”とばかりに、寝間着のボタンをはずしている最中に扉が開かれた。


「……もう、お目覚めでしたか」


「ああ。夜中に目が覚めてね、ジェーンはまだ寝てるでしょ」


「……はい。いつも以上に寝起きが悪いと聞いています」


 カイラスの部屋に訪れたのは、従者であるマイクである。二年前、カイラスが六歳の時、ヴァルモア侯爵家で働くメイドの子供がカイラスと同じ年齢だからと従者として選ばれた。

 メイドは子供が早々に貴族の邸で働くことが許される喜びから申し出を受け入れたが、マイクは怖かった。なにかミスをしてしまうのではないかと怯えていたのだ。

 だがそんな不安も杞憂で、主であるカイラスは優しかった。


【(これならやっていけそうだ!)】


 不安で埋めつくされる心の声はいつしか尊敬の言葉へと変わっていき、カイラスもまた心を許し始めていた。

 それでも関係は従者と主の関係であること、本来の主が養父であることから、それ以上の関係にはならない。やはりカイラスの心にはジェーンがいればいいという思いが根強くあった。


【えっと……、今日は、……そうだ。庭園でティーパーティーが行われるから近づかないようにって言わないと】


 カイラスはマイクの心の言葉を見るとチャンスだと感じた。

 午後は家庭教師の授業時間ではあるものの、相談できるチャンスはいくらでもあるように見えて実はそうではない。

 屋敷の中を管理することが夫人の役目であるのなら、カイラスの教養の進捗度合いを把握するのも侯爵夫人の役目であった。

 幼少期にはマナーのみだったが、今では次期跡取りとしての必要な知識をも学んでおり、家庭教師がやってくる訪問数も増えている。

 だが、ジェーンに関しては将来の王子妃でもあるのにマナー教育ばかりで、知識を教えるといった教養は進められていない。それでもジェーンが何不自由なく計算したり、物事の理解力が優れているのは前世の知識と記憶があってのことだった。


【もし家庭教師から噂が広まれば……!】


 そのような侯爵夫人の考えが手に取るようにわかっているカイラスは、見て見ぬふりをしている。

 養母であるマティルダは、ジェーンの中身が別人だという事に四年が経った今でも気付いておらず、またたった一度の失敗を再び繰り返すことを恐れていた。

 少しでも悪い噂が出回らないように、そう思っての行動だったが王子の婚約者としての立場を考えるのであれば教育は受けさせるべきだった。


(綾が婚約者としてふさわしくないと判断されるのは僕としても願ったり叶ったりだからいいんだけどな)


 完全にマティルダの自業自得ではあるものの、カイラスにとっていい方向に動いてくれるのならば指摘なんて必要ない。

 例えバルタザールにも「滞りなく教育は進めているわ」とマティルダが伝えていても、カイラスはほくそ笑むだけで口を挟むことはしなかった。

 それに前世の知識があるジェーンは、たまに父親から出される問いに関しても問題なく答えている。

 だからこそ何もしなくてもいいとマティルダの勘違いを加速させていた。


 そしてマティルダは、カイラスが家庭教師から教育を受けている間、ジェーンがその場にいることを嫌っていた。

 幼い頃のたった一度の失敗から、マティルダは屋敷の人間以外との関わる機会を与えたくなかったのだ。


 そしてこの日、ちょうどよくマティルダも茶会を開催し、屋敷の中には目を向けない。

 つまりカイラスと共にジェーンも家庭教師へ“相談”する場にいても指摘する人は誰もいないという事である。


「…カイラス様?」


 ジェーンは呼びかけるマイクの声にハッとすると「聞いてました?」と尋ねられ咄嗟に「聞いていたよ」と答える。


「………母上がティーパーティーをするんだろ?僕はぞの時間授業中だし、邪魔をすることはないから安心してくれ」


「はい、その通りです。……では私は一旦失礼しますね」


 マイクは顔を洗う水を置いていくと部屋を出ていった。

 男同士だから気遣うことはないのだが、それでも着替え中という無防備になる瞬間、マイクは毎回こうして部屋を出ていく。この気遣いがカイラスはとても心地よく感じていた。





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