試作1
■
カイラスとジェーンは早速コーヒーづくりに繰り出すために、外へと出かける。といっても敷地内から出るわけでなく、二人が向かう先は庭師が働く庭園だ。侯爵家という高位貴族ではあるものの、規模は狭い。だが手入れされた芝生に彫刻を施した噴水、そして管理されて咲いた薔薇は美しく、中規模な公園ほどの広さから小さなパーティーが開催されても不思議はないほどに美しい外観を保っていた。
その為、侯爵家では昼間のティーパーティーや夜会などと言った交流の場が定期的に開かれているが、二人が足を運んだ時間帯は午前の為、パーティーには影響はない。そもそもこの日にパーティーが開かれる予定はないため、午後に向かっても何の問題もないのだが、まだ学園へと入学していない年齢と、王子の婚約者ともありながら王宮へ招かれないことから、マティルダは二人に、特にジェーンにはパーティーが開かれている間は庭園に来るなと釘を刺していた。
「ねぇ、たんぽぽの根を使うことは知っていても出来るものかな?」
ジェーンは尋ねた。
前世の知識からノンカフェインであるたんぽぽコーヒーがタンポポの根から作られていることは知っていても、実際に作ったことはない。ちゃんとした製造方法も知らないのだ。
しかもコーヒーの作り方も、既に焙煎されたコーヒー豆をミルでひき、粉末状にしてからお湯を注いで飲む、といった知識しかジェーンにはない。
そんな浅い知識でうまくいくのかと不安だったが、カイラスは「問題ない」とジェーンの手を引いて答えた。
「収穫したコーヒー豆は精選、焙煎、抽出の三つの工程によってコーヒーが作られている。天日干しして乾燥させた実から種子、つまりコーヒー豆を取り出す工程が精選だから、タンポポを活用する際は天日干しだけすればいい。あとは焙煎からの作業になるから、難しいことはないはずだ」
そういったカイラスにジェーンは「うん」と呟くが心の中では【そんなに上手くいくかな】と不安がる言葉が表されていた。
「問題の時期までまだ時間はあるだろ?使う材料だってわかっていて、手軽に入手できるものを使うんだ。失敗すればまたチャレンジすればいい。だからそんなに心配しなくてもいいんだ」
まるでどちらが年上なのかわからない言葉ではあるが、ジェーンはカイラスに励まされると胸を熱くさせた。ジーンと感動した時のように温かい気持ちになり、「そうだよね!」と笑顔を浮かべる。
そしてジェーンとカイラスは庭園へと向かうと、庭師にタンポポを集めるように指示を出した。
「えっと、……タンポポ、ですか?」
庭師は困惑していた。
雇用主が花を見に来ることはたまにあるが、雑草であるタンポポを指定して集めてほしいとお願いすることは今までの経験上なかったからだ。
九歳であるジェーンと一つ年下のカイラスは、意外と体格の良い庭師を見上げ頷いた。
「そう!根までしっかりある状態で集めてほしいのよ。出来るかしら?」
「出来ることは出来ますが……」
いまいち煮え切らない庭師の様子にカイラスは目を細める。
だが庭師の反応も当たり前のものだった。タンポポは貴族の家で働く庭師にとっては除去すべき対象であるがため、“管理された庭園で”雑草であるタンポポを探すことはかなり難しいだろう。
キッチン近くの勝手口や、使用人の居住エリアのような普段雇用主がやってこない場所であれば咲いている可能性があるが、果たしてそんなものを渡してもいいのだろうかと庭師は考えていた。
「………本で見た“花”なんだ。だけど庭園には咲いていないだろ?だから見たくなったんだ」
カイラスはそう言って目線を下げた。
二人よりも背の高い庭師から見れば、悲し気に目を伏せ、気持ちが落ち込んでいるかのように見えただろう。
だがカイラスは落ち込んはなく、【なんでタンポポを?】と庭師が不思議に思っていたことがわかっていたからこそ、それが子供のお願いごとだと印象付けただけだが、最初から拒否する気持ちなんてなかった庭師は落ち込むような仕草をとるカイラスに慌てた様子で取り繕う。
「も、問題ありません!すぐにお持ちしましょう!」
そうして庭師は短い時間で取れた両手にこんもりと積まれた根まであるタンポポを持ってきた。
黄色い花を咲かせたタンポポは根が若干細めだが、それでも途中で切れることなく長い根を維持した様子に庭師の技術が伺える。
二人は「ありがとう」と庭師からタンポポを受け取ると屋敷へと戻った。
二人が次に向かう先は水がある場所だ。
まず根についた土を取り除かなければならない為、キッチンの勝手口にある水道でタンポポの根を洗う。
勝手口の水道には仕入れた野菜をその場で洗うことが出来るように常にたわしが置かれていた。二人はそのたわしを使ってゴシゴシと泥を落としていく。
「あとは乾燥させるだけよね」
「……そうだが、ムラなく乾燥させるためには細かく刻んだほうがいい」
「と、なるとシェフたちにお願いするってことよね?」
ジェーンは勝手口からキッチンを覗くが、あまりにも忙しそうにする様子からその選択は難しいのではないかと考える。だが私たちは貴族であり、雇用主の子供。お願いされれば受け入れる以外ないが、あまり勝手なことをし続ければ早々に親の耳にも入ってしまう為に、あまりその選択はしたくなかった。
ジェーンの言葉に、カイラスはキッチンの中をじっと伺った。
カチャカチャと鳴り響く銀食器の音、肉を焼く香ばしい匂い、そして飛び交う指示。
カイラスはため息を吐き出した。
「……自分たちでやるしかないな」
カイラスは再び水洗い場所へと視線を戻すと、キョロキョロと辺りを見渡した。そして何かを見つけたかと思いばパタパタと近づき手に取ったそれは、野菜の固い皮を剥いたりするための下処理用の小さなナイフだった。
「これを使うの? 危なくない?」
「大丈夫だ。細かく刻むんじゃなくて薄く削ぐだけだからな」
カイラスは洗い終えたばかりの、まだ水気が含んだタンポポを手に取った。そして、根の表面を薄く削り始める。
「これなら乾燥も早いし、乾燥させたら手でも行けそうだ」
「凄いわね! 私も手伝うわ」
二人は勝手口の段差に腰を下ろすと、夢中で根を削り始めた。真っ白な根の内側が顔を出し、二人は庭師がとったタンポポを次々と削っていく。
「これをどこで乾かす? お部屋に持ち込んでもし見つかったら『まあ、なんて不潔な!』って捨てられちゃうわよ」
そんなジェーンの指摘に、カイラスはニヤリと笑う。
「キッチンの裏にある、大きな煙突のそばに置こう。厨房なら常に火を焚いているから料理の熱が壁を通して伝わる、一晩あればカラカラに乾くはずだ」
「風はどうするの?軽いからすぐに飛んで行っちゃうわ」
「重石を載せておけば飛んでいくことはないよ」
二人は削り終えたタンポポの根をハンカチに大切に包むと、煙突の裏へと回り込んだ。そして壁に手を触れるとカイラスが言ったように温かい。
ジェーンはハンカチに包まれたたんぽぽの根を置くと、重石を置いて飛ばされないようにした。そしてすくっと立ち上がるとカイラスににこりと笑う。
「あとは明日のお楽しみってことね」
ジェーンが期待に胸を膨らませて言った。カイラスも「そうだな」と頷いている。
二人は思ったよりも順調に進められていく過程に満足すると、にこにこと笑い合って自室へと戻っていった。




