事業計画をする
「なるほど……じゃあまず僕たちだけで資金を集めよう」
カイラスはジェーンから話を聞くとそう告げた。
ジェーンは何故ヴァルモア侯爵家の帳簿を探したり、情報を集めたりしないのかと疑問に思う。例え企みがアリスによって阻止されたとしても、その事実はいつか明るみになり、それは今から対策していれば断罪されたとしても家の没落までは回避できるはずだとジェーンは考えていた。
「お金?どうして?」
【確かにこれからくる極寒期が原因で起こる病気や飢餓に対応する対策は、作中で明かされているから今から対策を取らなくても大丈夫だけど……】
来年ジェーンが入学する学園で、第二王子とアリスの関係は健全を維持したまま深まっていく。
物語は王道を突き進み、悪役令嬢であるジェーンはアリスを虐げることは変わらないが、学園卒業まであと一年というところで、極寒期が訪れた。
数百年に一度しか訪れない、予想することもできなかった冷害に国は困惑する。国として貯蔵してきた食料があるために、すぐに飢えることはなかったが、それでも備蓄は徐々に減っていき、行き届かなくなっていった。
1000年の歴史がある国の文献でも、極寒期が訪れたのは一度だけ。今は既に廃れてしまった錬金術のお陰で当時は乗り切ることが出来たが、今はその錬金術を理解しているものも、出来るものもいない。
そんな中、ヒロインであるアリスが食糧不足の解決をした。それが菊芋である。
このように作中で活躍する菊芋は、国内全土に分布している野草だ。見た目はヒマワリのように黄色い花を咲かせるため、誰も食用として認識してはいないが、菊芋はじゃがいもと違い土の中で凍っても腐らない。寧ろ寒さにあたることで成分が分解され甘みが増す。さすがに温かくなってしまうと、目に栄養が取られ食べられなくなるが、数年後に来る極寒期の中での食用不足の解決には大いに役立つ食材であることは間違いない。
例え寒さで成長しなかったとしても、国全土に分布していることから数も豊富にある為、今からすることは特にないのである。
それよりも重要なのはヴァルモア侯爵、つまりジェーンたちの父親であるバルタザールの癒着問題である。
まず新聞にもあった王子誘拐。これはバルタザールが企てたものだった。
今から四年前、娘であるジェーンが王子の婚約者となったことにバルタザールは喜んだ。
だがその喜びは一気に失望へと変わる。婚約が交わされジェーンは一度だけであるが茶会の席に呼ばれた。憑依した綾には記憶がないが、その席の場でジェーンは失態を犯してしまった。第二王子に火傷を負わせてしまったのである。
当時のジェーンは非常に緊張していた。震える手で熱いお茶がはいっているカップを持てばどうなるかわかるだろう。
だが“子供だから”という言葉は流石に王族には通じず、それ以降一切の連絡はなかった。勿論まだマナーも満足にできない年齢でもあったことで、ジェーンに対する評価は見送られた。
家庭での教育を済ませ、学園での生活ぶりから改めて判断する、と正式な婚約者から仮の婚約者となっていたのである。
謝罪の手紙を送っても一切の反応はなく、バルタザールは焦った。
そんな時に怪しい老人と出会ったのである。
『目に見える毒など三流よ。本当に恐ろしいのは、鼻にもつかず、目にも映らぬ静かな煙だ。そいつを吸い込ませれば、人間は五満足のまま、ただの空っぽの器に成り果てるだろう』
老人はバルタザールに直接話しかけたわけではない。
だが、バルタザールにとっては図ったようなタイミングで現れ、心の内を読まれたかのように求めていた言葉を告げられたのが衝撃的だった。
バルタザールは老人を捕まえた。
今どき平民でも履物を買う金を持っているというのに、老人はまるで奴隷のように泥にまみれた素足に、骨だけの体だった。
踏ん張る力もない老人は倒れた。
そして、一酸化炭素による高次脳機能障害、つまり失語症に関することを話したのである。
バルタザールは変装し、他の貴族領へと足を運ぶと、山賊へと声を掛けた。
そして王子の誘拐事件を起こしたのである。
当時、ジェーンと同い年で五歳であったにもかかわらず第二王子は聡明だった。
娘を王族の婚約者としたのはいいが、ジェーンの失態を忘れることがない王子は苦労を無にしてしまうのではないのか。もしくは第二王子の手によって領地に課していた重税を指摘し、更には横領を指摘するのではないか。バルタザールは怖かった。
だが失語症にしてしまえば誰も王子の言葉に耳を貸さなくなる。王族の婚約者を持つ家族というステータスもそのままだ。
また老人が言ったように、ただの煙であれば足が着くこともない。ましてや依頼した山賊には身分を偽り、またわざわざ他の領地まで足を運んでいるのである。
バレることはないとバルタザールは高をくくっていた。
だがバルタザールの計画はアリスの存在で崩れた。
一酸化炭素中毒にならなかった王子は今も“健やか”に生きている。
作中通り、“しばらくの間は”王子の誘拐の黒幕であることがバレることはなかったが、最後には王子とアリスの手によって暴かれるのである。
「簡単だ。善行だ」
「善行?」
「そうだ。これから極寒期が訪れる。食に対する対策は出来たとしても、住に関してはそうじゃない。今から住居に対して備えること、そして極寒で震える民に私財から施しを与えることも重要だ」
カイラスはそう言ったが実際の考えは違う。
例え、王子の暗殺ではなかったとしても一生残る後遺症を与える重罪を犯した。うまく証拠を消せたとしても罪は一生消えることはない。企てを行ったヴァルモア侯爵当主であるバルタザールだけでなく、一族へ処罰が下される可能性は十分に高かった。
だからこそカイラスはジェーンを助けるために、そして一緒に国外へと逃亡するために資金稼ぎが必要だと考えた。
そんなカイラスの気持ちを知らないジェーンは「確かにそうね」と納得する。
「でも、お金を稼ぐとしても何をすればいいのかわからないわ……」
「……小遣い稼ぎなら僕たちは読み書きができるから、それを活かすっていう手があるが、求めている資金は何万人もの民を救う金だ。しかも極寒期が来るまでに貯めなければならないとすれば、相手にするのは貴族になる」
「貴族ね。それなら嗜好品よね」
ジェーンは目を瞑り、嗜好品なるものを思い浮かべていく。
【嗜好品っていったらタバコにお酒、コーヒーにスイーツ……あとは………】
候補を挙げていく中、カイラスは思わず呟いてしまう。
「………コーヒー」
「ん?コーヒーが気になるの?」
「あ、……、うん」
カイラスは思わず肯定したが、実際には街を歩いていた際、優雅なひとときを楽しむ紳士の姿を見て、ジェーンが【素敵…】と考えていたのを見たからだ。
カイラスの煮え切らない返答にもジェーンはあえて深く尋ねずに、「じゃあコーヒーにしよう!」と答える。
「いいのか?」
「いいもなにも、コーヒーなら人や場所を選ばずに製造や販売ができるじゃない」
【たばこやお酒は大人で男性ってイメージが強いし、なにより貴族が優雅に、というイメージがつよいわ。しかも主成分である葡萄だって契約を結んでいない農家はない。他の果物だってそうよ。そもそも法律的にも厳しいわ】
ジェーンがそう考えている通り、この国では綾として生きていた日本同様に、許可なく酒を醸造することは法律で禁止されている。
空気中の雑菌や野生酵母が入り込みやすく、腐敗や食中毒を引き起こすリスクや、メタノールなどの人体に有害物質が発生した際の危険性から、厳格な管理が求められているために、醸造するためには国に許可を申請しなければならない。
同じようにたばこも法律で禁止されている。依存性が高いことで人の安全面から定められているためだ。
つまりスイーツとコーヒーという選択肢しか残られていないが、スイーツは砂糖がふんだんに使用されていること、販売することを目的とするならば見目も良くなくてはならなく、パティシエのような経験がある人材が必要となる。
ジェーンはその点を挙げ、カイラスに答えるがカイラスは「それならばコーヒーもそうなんじゃないか?」首を傾げる。
コーヒーにはコーヒー豆が必要であり、栽培している農家は殆どが契約済みだ。今から新しく農家を探したり栽培することは現実的に難しい。
「ふふん。こういう時前世知識というものが役に立つわね。私がコーヒー屋さんで働いていた時、たんぽぽコーヒーというノンカフェインのコーヒーが売られていたの。その他にもどんぐりコーヒーとか菊芋コーヒーとかね」
【作り方は知らないけど。まぁでも一応たんぽぽコーヒーはたんぽぽの根から作られているということくらいは知ってるわ。お客さんに聞かれて調べたから】
カイラスはそんなことを考えているジェーンにクスリと笑うと、「それなら出来そうだな」と答える。
「じゃあ早速作ってみましょう!」
ジェーンは目標ができたことに喜んだ。
作中とは違う行動をすればいいという漠然な考えはあったが、それ以外に回避する行動を起こしてはおらず、不安だけが常にあった。
もし原作の強制力というものが働き、今は仲良くしているカイラスにも変化が起こったら、そして断罪されずとも極寒期に対して生き抜いていけるか、他にも作中にはヒロインとヒーローが乗り越えるべきイベントが沢山ある。ジェーンは不安だった。
それが今では一つ目標ができた。
お金を稼ぐこと。
お金があれば暖をとる薪も確保できるし、菊芋を栽培する広大な敷地も用意できる。
更にカイラスが言ったように人に恩を売ることも出来る。
【…最悪、国を出ることもできるわ】
ジェーンは軽くなった気持ちで、今度はコーヒーの製造方法を思い出そうと記憶をたどる。
そんなジェーンを見ながらカイラスは広角を上げた。
“最悪”
ジェーンはそう考えていたが、家を出ることを今の段階で選択肢にあることが嬉しかった。
自分との未来も視野に入れてくれているジェーンに、カイラスは喜びを感じていた。




