憑依者は作品の展開を教える
ジェーンは話した。そしてカイラスは静かにじっと聞いていた。
小説のあらすじにもある通り、シグルド第二王子が誘拐されたことから物語は動き出す。
ヒロインのアリスは平民で、生活の為に山に柴刈りに出かけていた。
貴族の子供は教養を学んでいるが、平民では既に働いている。それが実際に金にならないことでも、生活の為にアリスは働いていた。
アリスは山の中を散策しているとふとうめき声のような音を耳にする。小さなボロい山小屋に視界を塞がれ、悲鳴を上げないよう猿ぐつわを噛まされながら、縛られている体を懸命に捻らせながらロープを解こうしていた王子を見つけたのだ。
アリスは山小屋に入ると、中にいた男たちを難なく倒し、王子を助けたのである。
これが二人の出会いだった。
「……女の子が助けるのか?」
「そうよ。この話のヒロインは何といってもあっさりさっぱり、腕っぷしが強い女性が魅力のお話なんだから」
ジェーンはそういったがカイラスは違和感だらけの言葉に首を傾げる。
だがその感覚は当たり前のものだ。
綾が憑依したこの時代では、貴族でも平民でも力仕事は任されない。平民でも良くて水汲み、火おこし等の家事に関する労働くらいで、男のような力仕事はしないのである。力仕事は主に男性がするものだと根強い考えは、子供から大人までの共通認識だった。
だからこそ王子を“誘拐”した“男達”を倒したという展開に疑問を持つことは当たり前だった。
【作中のアリスはまさに女の憧れ!モデルのようにスラリとした長身、見た目は細いのに男家族の中で過ごしたからか、子供の頃から兄弟と一緒に鬼ごっこや駆けっこ、木登りや川泳ぎ、木の枝を使ってチャンバラごっこをしていたのよ。だから腕っぷしも強いってわけ。そして困った人がいたら手を差し伸べる優しさ!王子が惚れるのも無理ないわ】
うんうんと一人で頷くジェーンの心の言葉を呼んだカイラスは、「……そうなんだ」と言葉にする。
「それで第二王子を助けたアリスは爵位を与えられるの。ただ元の身分は平民だから一代限りの貴族って感じね。勿論他に功績を積んだら次の世代もってなると思うけど、結局アリスは王妃になるからそこらへんは深く書かれていなかったわ。私も気にしてなかったし」
「なら今はその叙爵式の真っ最中か、それに向けて動いているって感じか?」
「たぶんね。お父様が読んでいた新聞の日付までは見えなかったけど、流石に情報は新鮮じゃないと価値がないから……遅くても昨日の新聞ってことを考えると、一週間以内にアリスは貴族になるわ」
カイラスは頷くと「それで?」と尋ねる。きょとんと首を傾げるジェーンにカイラスは言った。
「そのアリスって子が貴族になって、綾……ジェーンの代わりに王妃になるんだろ?つまりジェーンは婚約者の立場じゃなくなるってことだ。だが今までも王子とは会っていなかったのに、なんであんなに顔を青ざめさせていたんだ?」
ジェーンは「あ」と短く声を出すと、目を伏せて俯いた。
「あのね、物語には二人の恋を盛り上げるための障害が存在するのよ。ヒーローは第二王子でヒロインはアリス。そして私はヒロインとヒーローがくっつくまでの障害としてアリスに嫌がらせをするのよ。所謂悪役令嬢ポジションね」
【信じられないけど、作中のジェーンはこの嫌がらせを行った罪で断罪される……その中にはカイラスもいたってことは………言わない方がいいわね】
ジェーンはそう考え、敢えて言葉にしなかったがカイラスには意味がなかった。
(僕が綾を断罪する……?)
「っ……、意味が分からない」
「え?まぁそうよね。私と王子は婚約者同士って感じじゃないから、嫉妬して嫌がらせするといってもピンとこないわよね。でも大丈夫よ。私自身が知っている話のキャラクターに憑依したんだから、作中と違う行動をとればきっと結末も変わるわ」
【この作品では幼少期にカイラスを虐げたことでジェーンはカイラスに恨まれる。そしてカイラスは跡取りとして与えられた権限から侯爵の企てに気付くのよ。そして王子の婚約者からも外されたジェーンに、親だって見限り誰も味方するものはいなかった。だから事件に関与していなかったとしてもジェーンの言葉は誰も聞こうとしなかった。……アリス以外はね】
カイラスはジェーンの最後に言葉に眉を顰めたが、ギリッと歯を噛みしめると続きを促した。
「………それで?作中と違う行動をっていうのは?」
「第一に私がアリスを虐めなければいいのよ」
「…………」
カイラスは目を細めてジェーンを見た。
そして視線をゆっくりと下に落とし、小さくため息を付く様子にジェーンは慌てる。
「も、勿論これだけじゃないわよ!?作中に出てきた事件を先に解決するのよ!」
「作中の?……確かにそれはいい考えだな。善行を行えばその分ジェーンの評価が上がる。もし見えない強制力というものが働いて、ジェーンの断罪が行われそうになった時、周りの声は意外と重要だからな」
すらすらとそう話したカイラスにジェーンは目を瞬いた。
「…………カイっては本当に優秀ね。私、物語の基本的なあらすじしかいっていないのに、まるで既に内容を知っているように感じるわ」
「……流石に知らないよ。だけど、ジェーンを連れて食堂から出る前、父上の表情は怒りで染まっていた。普通、娘の婚約者に何かあったなら心配するだろう?ましてや王子だ。王子の安否の関心もなく、婚約者であるジェーンを気遣う様子も見せないから、なにかあるって思ったんだよ」
カイラスはそのように答えたが、本当は新聞に目を向け【しくじったか】と悪態をつく養父の考えを読んだからこそ、企みがあると気付けた。
心の言葉がわからなければ何故怒りで震えているのか、疑問に思うだけですぐに忘れていただろう。それほど養父の存在はカイラスにとってどうでもよかった。いや、跡取りとして養子となったが、ヴァルモア侯爵家自体カイラスにとってはどうなってもいい存在だった。
例え平民になったとしても、今までの教育から分かった自分の要領の良さと能力があればなんとかなると、本気で考えていた。
だが今はそう思わない。カイラスにはジェーンがいる。ジェーンを守るために、ヴァルモア侯爵家もなくすわけにはいかなくなった。今はまだ。
「で?作中にはどんなことが書かれていたんだ?」
カイラスはジェーンに尋ねた。
ジェーンは「えっと……」と呟きながら部屋の天井を眺め、思い出していく。
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