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心が読める義弟は姉を離さない  作者: あお


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憑依者は前の名前を教える


「……前世って、前の人生ってことだよな。ジェーンには前世の記憶があるのか?」


 カイラスの言葉にジェーンはきょとんと目を丸くする。

 ちらりと視線をずらせばポコポコと吹き出しが浮かび、目の前の視界を埋め尽くすのではないかと思うほどに次々と増えていく。


【え、カイってば前世肯定派?何それ可愛い!僕の前世はぁ絶対これだ!って考えてた時もあるってことよね?】

【ていうか前世のことを否定しないなら私にとっても都合がいいわ!否定されずに受け入れてもらえるんだもの!】

【でも待って。私の前世ってこの世界とは違うのよ?世界レベルで違う話したら、え、なにそれファンタジー?ってならない?ファンタジーって言葉が通じるかわからないけどね!】

【てかてか!きょとんってするカイがマジ可愛いんですけどおお!スマホスマってここにはないんだったあああ!ほんと小説の世界なのに色々とファンタジーすぎる!便利なのか不便なのかわからないわ!】


 -くすっ


 カイラスは思わず口元を隠すように手を添えた。

 だがジェーンはしっかりとカイラスの笑い声を掬い上げており、不思議そうに首を傾げている。

 その眼差しを見てしまったら、思わず目を逸らすことは許されないような、赤子のような純粋な眼差しで見つめられたと錯覚したカイラスは、小さく息を吐き出して言った。


「……馬鹿にしたわけじゃないよ。ジェーンの百面相が面白かっただけだ」


「え、私変な顔してたの?」


「変じゃないけど、さっきは面白かった」


「………それ変ってことじゃない?」


「変じゃないから」


 カイラスはもう一度言うと、ジェーンは何も言わなかった。心の声は【まぁ、変じゃないならいいや】と切り替えていることがわかる。


「それで、前世の記憶があるんだよな?ジェーンの前世ってどうだったんだ?」


 そう尋ねるカイラスにはどうしても知りたいことがあった。

 ”綾”という文字だ。

 ジェーンの心の言葉にあまり出てくるような文字ではないが、何故か惹かれてしまう。この文字にはどのような意味が込められているのだろうかと、カイラスは尋ねるチャンスが巡ってきた際には絶対に教えてもらおうとずっと思っていた。

 それが今である。

 前世の話なんて日常会話で出てくるものではない。ましてやカイラスには前世の記憶などないから余計にそう感じている。

 ジェーンが口を滑らせた今がその時だと、カイラスはじっとジェーンを見つめた。


「……私の前世は大したことないよ。学生時代はバイト代を生活費にしてたし、社会人になってからは派遣で働いてたから貯金だってそんななかった。家と会社の往復で………正直色んな小説に出てくる主人公みたいに料理に詳しいとか、美容に詳しいとか、なんかの知識だけは凄いっていうのとかないから、普通のどこにでもいる女の子だったよ」


【あ、でも三十後半にもなって独身っていうのはある意味凄いことね】


 ジェーンは自傷気味に笑うと小さくため息を付き、「今もそうだけどね」と呟いた。


「そんなことない」


「え?」


「そんなことない。ジェーンは僕にとって特別な存在なんだ」


「特別?どうして?」


 首を傾げるジェーンにカイラスはヴァルモア侯爵家に来たばかりの頃の話をした。

 次期跡取りとして保護されてはいるものの重い責任感、それに加え憑依前のジェーンからの仕打ち。元の家でも居場所がなかったカイラスは、次第に心を閉ざしていた。

 そんな時に生死を彷徨ったジェーンはまるで別人に生まれ変わったかのようにカイラスに微笑んだ。

 実際別人が憑依していたわけだが、誰も本当の意味でカイラスに関心を向けることがなかった中、今のジェーンだけは違ったとカイラスは感謝の言葉と共に話す。


「ありがとう、ジェーン。モノクロのような世界に色がついたのは全て君のお陰だ」


 実際にカイラスの視界には黒や灰色に染まった吹き出しが多く見えていた為、全くの比喩ではなかったが、それでもまっすぐに見つめられながらそのような言葉を伝えられたジェーンは思わず目をそらしてしまう。


「そ、そっか」


 ジェーンは照れたように頬を赤く染めるときょろきょろと目を彷徨わせた。


【は、恥ずかしい……てか、これってジェーンというより“綾”に言ってる、よね?憑依してから今までジェーンとして暮らしてきたけど、“私”を受け入れてくれてるって……どうしよう、すごい嬉しい……】

【ていうか待って、ジェーンってカイの事そんなにいじめてたの!?いくら女の子の方が子供の頃大きいからって、いじめちゃだめじゃない!………ん?それなのにカイは普通に返してくれてたよね?え、凄くない!?私なら絶対笑いかけてこられても相手しないよ!?】


 頬を赤く染めるジェーンをカイラスは愛おしそうな眼差しで見つめていたが、心の言葉を見て目を見開く。


(やっぱりあの文字は名前だったんだ!)


 初めて見てから何故か気になっていた文字。カイラスの推測通り、ジェーンの中にいる人物の“本当の名前”だと知ったカイラスは急に喉が渇いたように緊張した。

 だが不自然にならないよう、慎重に言葉を選ぶ。


「………じゃあ、ジェーンの前の名前は?」


「名前?……ふふ、もしかして“ジェーン”じゃなくて私の前世の名前で呼びたいの?でもダメダメ。全然違うもの、不自然だし、今の私はジェーンだからジェーンって呼んで」


「……ダメか?」


 ジェーンは正体を知らないのにもかかわらず、今のジェーン、つまり“綾”という人物を受け入れたカイラスに、少しだけ意地悪をしてみようと返すが、逆に返り討ちにあう。

 上目づかいで困ったように眉尻を下げたカイラスの表情は、この四年の間で見た笑顔と同じくらいの破壊力を持った可愛さだったのだ。


「ウッ!!!!」


 ジェーンは胸を押さえた。可愛さのあまりに心臓が大きく揺れ動いたからだ。

 手でしっかりと押さえていなければ、きっと飛び出していただろう。

 そんなことはありえないが、それが起きてしまうと思うくらいにカイラスの上目遣いは可愛かった。


【こ、これがあざとかわいいってやつね!漫画の一コマでしかみたことなかったけど、実際に見るとこんなにも可愛いとは!!!】


「……教えてくれないのか?」


 悲しそうな声を出すカイラスにジェーンは「綾よ!」と間髪入れずに告げた。


「アヤ?」


「そう。こう書くのよ」


 ジェーンはカイラスの手のひらに指先を当てると、絵を描くように書いて見せる。

 そこには吹き出しで見た字と同じ文字が描かれた。


「……こっちの世界では私が使ってた漢字は使わないからよくわからないと思うけど、前世の私は“綾”っていうのよ」


 ジェーンはカイラスの手のひらから指を離すとそういった。

 カイラスは手のひらを見つめながら、何度も言葉を繰り返す。そして正しい発音を紡げた時には顔を上げジェーンを見つめた。


「………アヤ、アヤ、あや、………綾」


「っ」


 カイラスは意図した行動ではなかったが、それでもカイラスの無意識の行動を意識したジェーンの姿を見た時には気分が高揚した。

 ほんのりと、なんて可愛い表現ではなく真っ赤に染まるジェーンに、カイラスの心臓も大きく跳ねるとこの時が一番人生の中で幸せだと感じた。


「あ、えっと、この世界はね、小説の中の世界なのよ!」


「ああ、それで?」


「そ、それで……、それで、ね」


「うん。なに?綾」


「~~~!」


【恋愛経験ゼロの私が!!弟だとわかってはいても顔の良い男の子の醸し出す甘い雰囲気にドキドキしないわけがないじゃない!!!】


 ジェーンはぎゅっと目を瞑ると耳も塞いだ。強く目を閉じることで光すらも遮断し、音も出来る限り通さない。

 そうすることで自分を空間から切り離しているように感じ、ジェーンは徐々に落ち着きを取り戻す。

 そして先に耳から手を離すと、待ってたと言わんばかりにカイラスの声が聞こえてきた。だが、女心をもてあそぶような言葉ではなく謝罪が伝えられる。


「ごめん、意地悪だった」


 カイラスが動物ならばぴんと立っていた耳が力なく垂れ下がる、そのような光景が見えるだろう。ジェーンは悲し気に顔を伏せるカイラスに「大丈夫よ」と声を掛ける。


「よかった。じゃあ続きを教えてくれ」


「うん」



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