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心が読める義弟は姉を離さない  作者: あお


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憑依者は作品名を思い出す




 次の日の朝、ジェーンは父の持つ新聞に目を向けると、悲鳴を上げそうになった自分の口を押えた。


『シグルド王子の無事を確認、王宮へ無事帰還!』


 一面に大きく書かれた記事は、そのタイトルの通り第二王子の誘拐事件を物語っていた。

 そしてその内容はジェーンにとある小説の内容を思い出させることとなった。


【ちょっとこれ『平民アリスの逆転貴族生活 ~命の恩人として王宮へ招かれましたが、王子には婚約者がいらっしゃいました~』みたいじゃない!】


 カイラスは思わず“(なんだこのネーミングセンスのかけらもないタイトルは)”と思ったがすぐに意識を切り替えらざるを得なくなる。

 何故ならジェーンにあった心の言葉の形が変わったのだ。他の者と同じ四角ではあったが、それでも薄暗くはなく、うっすらと緑がかった吹き出し。

 その中には、このように書かれていた。


【『平民アリスの逆転貴族生活 ~命の恩人として王宮へ招かれましたが、王子には婚約者がいらっしゃいました~』とはシグルド第二王子が誘拐され、平民のアリス(ヒロイン)が救助したことをきっかけに恋に落ちる物語です。

アリスの勇敢さから爵位ある貴族へと身分が変わるものの、シグルド王子には既に婚約者がいました。それがジェーンです。シグルド王子を誘拐した裏には……、そしてアリスを虐げるジェーンへの断罪、二人のぴゅあな恋物語とざまぁ展開を綴ったすっきり楽しめる小説となっています。

お楽しみいただけると嬉しいです】


 まるで宣伝しているかのような言葉遣いから、ジェーンが思ったことではないと推測できるが、では何故ジェーンから伸びるように表示されているのかカイラスは首を傾げた。


(もしかして“思い出している”?)


 カイラスはそう思ったがその表示は直ぐに消える。


【ちょっと待って、もしアリスの貴族生活の中だとしたら私だけじゃなくて、ヴァルモア侯爵家自体がやばいんじゃない?ていうか貴族全体のバランスが変わってしまうわ!いや、物語的にはそれが面白いんだけど、ジェーンを断罪した二人は、幼い頃に誘拐された裏に隠された不正についても暴いて、第二王子は王太子に、アリスは婚約者として選ばれるもの!つまりこの家が不正に手を染めているということよ!!あああ!やばい!やばすぎるわ!!!】


 新聞の一面を飾るほどの大きな事件。

 不正に手を染めているというジェーンの言葉に、カイラスは養父であるバルタザールに目を向けると、悔し気に顔をしかめる様子が見えた。

 その内情には娘に対する怒りで埋めつくされている。実の母親から感じたことのある醜い感情だ。

 文字が揺れ動くほどではないが、それでも十分すぎるほどの強い感情。


「……お食事中のところ申し訳ございません。ジェーン姉上は体調が優れないようです。お部屋まで送り届けたいのですが、よろしいでしょうか?」


 カイラスは状況を理解すると、青ざめたジェーンを心配する弟を装って食堂から出ようと声をかけた。

 このまま食堂にいれば、バルタザールは「婚約者の癖に何をしていたんだ!」と叱りつけるとわかったからだ。

 バルタザールは先にカイラスが動いたことで、怒りをぶつけることは出来なかった。

 体調が悪い娘を叱りつける親などいない。ましては表面上は仲のいい家族を装っているバルタザールは、婚約者が危険な目にあったと知り衝撃を受ける娘を気遣い、許可を出すことしかできなかった。

 震える声で退室を許可すると、バンと大きな音を立てて新聞をテーブルへと叩きつける。


(………僕の親もそうだけど、ジェーンの親も相当だな)


 初めから知っていたこととはいえ、娘を気遣う事もなく、理不尽な怒りをぶつけようとする大人に、カイラスは食堂を出ると息を吐き出した。


「……カイ、ありがとう……」


 ジェーンは震える声で弱弱しくだが、それでも感謝の言葉を伝えた。

 心ではきっと同じように感謝の気持ちが表示されているか、もしくは混乱から抜け出せていないだろうことがわかる。

 だが確認しようにも今カイラスはジェーンを支えていることから、顔の横に浮かぶ心の言葉を確認することは出来なかった。


(……それでも見なくてもわかるって思えるくらい、僕はジェーンのこと“知ってる”んだな……)


 それがカイラスは嬉しかった。

 心の言葉を見ることで安心できた。だが今では見なくても十分安心できる。

 こんな気持ちを抱けるのはやはり、ジェーンだけなのだとカイラスは思った。


「大丈夫。それより僕でよかったら力になるよ。こんなジェーン初めてだ。きっとなにかあったんだろ?」


 食堂で父が読む新聞に娘が目を向けただけ。普通ならただそれだけの行動に、なにかあったなんて思う事もないが、カイラスは違う。

 いや、婚約者になにかあればなにかしら思うこともあるだろうが、なにぶんジェーンは“記憶喪失後”一度も婚約者に会ったことはなかった。その為、赤の他人を心配するような気持ちくらいしかわかないだろう。

 そして困惑中のジェーンも、何故カイラスがそのような考えに至ったのか、そこに気付く余裕はなかった。


「っ………、カイ~」


 ジェーンはカイラスの言葉に言葉を詰まらせると、潤んだ瞳を向けた。


「僕はまだ八歳で出来ることだって限られているから何の役にも立たないで終わるだろう。でも話すだけでも気持ちが軽くなると思うんだ」


 「それでも僕はジェーンの役に立ちたい」そう耳元で囁くカイラスにジェーンは感動で胸を打たれた。

 そんなジェーンの表情にカイラスはあと一歩だと察する。

 互いの顔が近いことで、ジェーン心の言葉を読むことは難しくても、カイラスは手に取るように分かった。それほどジェーンは顔に出る。

 まったく、これで王子の婚約者が務まるのかと不安に思えてしまうが、そもそもカイラスにジェーンを手放す選択肢は今のところない。

 それにジェーンだって心の声を読む限り、王子との婚約をなくそうと思っている。だからこそ会ったことがないと口にしながらも、ジェーンから会おうと行動したことはない。

 ちなみに母であるマティルダが動かないのは、相手が王族だからだ。お伺いの手紙を出してはいるが、それに対しての返事はない。

 婚約者であるシグルドだけでなく、国王ならびに王妃も今更ながらにジェーンを婚約者として選んだことを後悔しているのかもしれなかった。

 しかし真相は分からない。何故婚約したのにもかかわらず顔を合わせないのか。そして何故相応しくないと後悔しているのであれば直ぐに婚約関係を解消しないのか。

 

 ジェーンはカイラスから離れると、「私の部屋で話そう」と言って先に進んだ。

 表情は食堂から出た時よりも明るく、すっきりとしているように見える。

 どうやらカイラスという味方の存在に、ジェーンの心に圧し掛かった不安が少しは解消されたようだった。


 カイラスとジェーンは部屋に着くなり鍵を閉め、扉から出来るだけ離れた窓際へと移動した。ついでに窓の鍵も開いていないか確認済みである。

 そうして誰にも聞かれる恐れがないことを確認したジェーンは、「こほん」と咳ばらいをすると話し出した。


「……あのね、カイは信じられないかもしれないけど、ここは小説の……他の世界の人間が作った小説の中の世界なの」


 真剣な眼差しの中には不安でたまらないと訴えているような様子のジェーンに、カイラスはとりあえず驚いたように小さく口を開けると「え、と…」と言葉を詰まらせた。

 決死の覚悟で話をしようと決めたジェーンに少しでも答えるための演技である。

 いくら事前に知っていたとしても、カイラスはジェーンの期待に応えたかった。

 だから


【うわあああ!言っちゃったよおお!カイってはめちゃくちゃ驚いてるっ、そうだよね。小説の世界とか言われてもピンとこないのは当たり前だもんね!】


 そんな慌てふためく様子でありながらもピンク色のもこもことした吹き出しに、アンバランスさを感じ、カイラスは吹き出しそうになったがぐっと耐えた。


「え、っと……信じられないと思うけど本当なの。小説のタイトルは『平民アリスの逆転貴族生活 ~命の恩人として王宮へ招かれましたが、王子には婚約者がいらっしゃいました~』っていうお話で、書籍化はしていないんだけど月間ランキングでよく名前みかけたから人気な作品だよ。私も読んでたし」


「………随分長いタイトルだな」


「あ、うん。私が前の世界で読んでた時、タイトルからでもある程度の内容がわかるような付け方が流行ってたんだ。だからー」


「ちょっと待ってくれ、前の世界ってなんだ?」


 ジェーンはきょとんと眼を瞬かせた。「あ」と短く声を出したかと思えば、サァーと血の気が下がっていくように青ざめ始める。


【わあ!前世の記憶があるとかいわないようにしてたのにうっかりしちゃってた!】


 心の中で慌てふためく様子にカイラスは“(なんだ、言わないようにしてたのか……)”と思うと少しだけ面白かった。

 青ざめるジェーンには申し訳ないという気持ちはあるが、その裏ではてんやわんやと騒いでいるのかと思うと、もっと表に出してもいいのにと思ったからだ。



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