カイラスは能力を隠す
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綾もといジェーンは早速動いた。
カイラスの質素な部屋の改善、そしてカイラスだけに施される教育内容、調べると専属の従者も付けられておらず、これが貴族の生活なわけがないでしょうが!とジェーンは憤慨した。
「お嬢様、カイラス坊ちゃんは分家の者で……」
「養子としてこの家の子となったのでしょう?なら私と同じ扱いを受けてないとおかしいじゃない」
「お嬢様、カイラス坊ちゃまはこの侯爵家の跡取りとして今から学ばなければなりません」
「それをいうなら私は王子の婚約者よ?王子って王族でしょう?王族は侯爵家よりも地位は高い、なら私の方が多くを学ばなければならないのになんでカイラスの方が忙しそうなのよ」
「お嬢様、カイラス坊ちゃまは男児として身の回りのことは自分で出来る様にならなければ-」
「うちってうまく経営が回ってないのかしら?なら私付きのメイドも不要よ。職を失うことが怖いのなら階級を落として給与を減らせばいいから」
ジェーンは次々と論破していった。
そして少しずつカイラスの待遇が改善され、快適に過ごせる頃には一年が過ぎ、更に仲を深めた時にはジェーンは九歳、カイラスは八歳となっていた。
四年も経てば二人の関係は大きく変わっていた。
少しの笑みも見せなかったカイラスはジェーンの前限定ではあるものの、少しずつ笑顔を見せるようになった。ジェーンは喜んだ。可愛い子の笑顔ほどうまいものはないと、心の中で涎を垂らしながら母性なのか欲望なのか、なにかを溢れさせる眼差しで見つめていた。
ジェーンは純粋に弟であるカイラスを好きだった。それは家族愛によるもので、恋愛感情ではない。
そもそも九歳であるジェーンは、前世の記憶はあっても恋愛感情を抱く年頃ではないのである。
だがカイラスは違った。ジェーンのことを唯一であり、神から自分に与えられた特別な存在であると思い込んだ。
歪んだ執着は愛情へと変化しつつあったが、八歳である今の時点では目立った影響は出てはいない。
そんな時だった。
「ジェーン、外に行かないか?」
庭で花を摘んでいるジェーンにカイラスが話しかけた。
「外?」
ジェーンは首を傾げたが、もじもじとなにやら照れくさそうにするカイラスにジェーンはピンとひらめく。
【ははーん。そろそろ私の誕生日だから欲しいものを探りに来たんだな。う~ん、可愛いやつ!】
ジェーンは直ぐに頷いた。
「うんいいよ!」
【私はカイが選んだものならその辺の石ころだって嬉しいのにね!】
満面の笑みを浮かべるジェーンにカイラスの心は熱くなる。まるで冷え切った心に火が灯されたような、そんな感覚だ。
そしてそれはジェーンに対してのみ起こる現象。
カイラスはこの感情が示す意味を、解き明かし始めていた。
「………あれ?そういえば私婚約者なんだよね?第二王子の」
護衛を連れ、街へと繰り出していた二人は仲良く手を繋ぎなら歩いていた。
そしてふとジェーンは口にする。
カイラスはジェーンの言葉にむっと嫉妬しながらも「そうだけど」と答えていた。
「ひょ……記憶をなくしてから私一度もあってないんだけどいいのかな?」
(今憑依って言いかけたな)
「いいんじゃないか?ジェーンは意識不明の重体だったんだから、様子見ってことだろ」
「意識不明って……確かにそうだったけどもう四年が過ぎたのよ?それなのに一度もあったことがないのって婚約者としておかしくない?」
「そうか?」
「そうよ」
カイラスは当然の疑問を持つジェーンが気に入らないのか、眉を寄せるとじっと見つめた。
ジェーンは機嫌が悪いほど何故か人の顔、正確には顔の横辺りをじっと見つめるカイラスに疑問を抱きながら考える。
【悪役令嬢としてメインのストーリーはヒロインの略奪なのよ。可愛い弟の関係を改善することももちろん大事だけど、最重要課題はメインストーリーの流れを阻止すること。つまり婚約者との関係も見直さないといけないわ】
(婚約者との関係を見直す?)
【とはいえ、私が憑依してから王子との出会いはない。ということは私は王子から望まれた婚約者ではないという事は確実よね。カイへの扱いも酷かったし、婚約者としての立場をお金で買ったのかしら?】
「!…ごほっ」
カイラスは思わず噴き出した。ケホケホと小さく咳を繰り返せば、心配そうな眼差しを向けるジェーンに「気管に入っただけだよ」と誤魔化すと安堵した表情を向けられる。
だがジェーンの思考はそこで終わってしまった。
【まぁいいわ。会った時に考えましょう】
と思考を切り替え、カイラスとのお出かけに意識を向けたことは嬉しく思うが、ジェーンとして婚約者とどうなりたいのか、その考えを知りたいとカイラスは思っていた。
(くそ、読心術が出来ると伝えられたらどんなに楽か…)
だがそれは出来ない。
血縁問題以外にもカイラスが家を追い出されたのは、人の心を読むことが出来るとわかった実の母親が強く訴えたからだ。
その際にカイラスは酷いものを見た。
【いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないらないいらないいらないいらないイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイ!!!!!】
見たこともない黒い感情は乱暴に書き綴られた文字として表された。その文字は激しく揺れ動き、カイラスは吐き気を催した。
もうあんな文字は見たくもない。幼い子どもの心に、脳裏に強く焼き付けられるほどの光景はトラウマのようなものとして刻まれてしまったのである。
優しいジェーンがそんな感情を抱くことなどカイラスには想像できないが、それでも何かしらの負の感情の変化が生まれてしまったらと思うと怖かった。
結局カイラスはジェーンに能力のことを明かすことなく、先に進むジェーンの手を繋ぐと横に並び街を歩いた。
九歳と八歳の子供が仲良く手を繋ぐ姿は可愛らしいと微笑まれ、また二人の身分に気付いた領民達は将来に期待した。
貴族の揉め事など民としては不利益しかない。このまま仲良く成長していけば、困った時には助け合えるような、そんな関係になるだろう。何故ならジェーンは第二王子の婚約者。王太子の使命はされていないが、それでも王族の婚約者となれば侯爵領も更に発展するだろう。
二人はお出かけを楽しんだ。そしてカイラスはジェーンに贈るプレゼントを無事選んだのである。




