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心が読める義弟は姉を離さない  作者: あお


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憑依者は無害



 次期侯爵としてカイラスは教育を受けた後、一人廊下を歩いていた。


「あの……カイラス、さん」


 ジェーンがおどおどとした消極的な態度でカイラスに声を掛ける。

 怖いのか、そう思ったが心の声を見る限り、ジェーンがカイラスに恐怖を抱いていることはなさそうだ。


【ううう……ここがどこなのか知りたいのに、これを聞いていいのかわからない!でもカイラスって名前聞き覚えがあるんだよね。ジェーンって名前もそうだし】


(記憶喪失になったといっても一応の記憶はあるんだな)


【でもメインキャラじゃないと判断できないよ!何万ものネット小説を読んできたと思ってるのよ!しかもアニメ化やコミカライズしてない作品はキャラクター表現は色合いくらいしかわかんないし、てか小説なんて個人の想像力に任されるんだから文字だけ見てもキャラの容貌なんて知るわけがないじゃない!】


「……は?」


「え?」


 カイラスは不思議そうに見つめるジェーンに、咄嗟に声を漏らしてしまったことを自覚すると、きゅっと口元を結び、目を細めてジェーンを見た。


「………用件は?」


「え、あ、あの……、こ、の国の名前を教えてくれませんか?!」


「国の名前?どうして」


「え、えっと、私記憶喪失でしょ?何も思い出せなくて、だから少しでも知りたいなって……」


 しどろもどろに目線を彷徨わせるジェーンは誰が見ても怪しく見えた。

 まるで知っているのに、なにかを誤魔化すために尋ねている、そんな勘繰りをしてしまう。

 だが


【私がジェーンって子の体に乗り移ったなんて言えるわけないじゃない!流行ものなら悪役令嬢の転生もの。バッドエンドを回避するために色々動くのが定番だけど、作品名もわからなかったら動きたくとも動けないわ!ていうかまだ小説の中だってことも確信できてないし!】


(“乗り移った”?)


 カイラスは長い文面で表されるジェーンの心の声に考え込むと、「いいよ」と口を開いた。


「へ?」


「なにも“思い出せない”から知りたいんだろ?僕が協力してやるよ」


 この時のカイラスは心の言葉を見ながらも、完全にジェーンが別人であることを信じなかった。だからこそ、本来のジェーンならば怒り狂うような口調でわざと言った。

 余所者に偉そうな言葉遣いをされることをジェーンは死ぬほど嫌がっていた。少しでも敬う言葉を使わなければ髪を掴み、一歳の年の差を利用してカイラスを床へと押し付ける。

 だがジェーンはカイラスの言葉に喜んだ。


「ありがとう!とても助かるわ!」


【よかったぁ!メイドさんたちも優しいんだけど、どこか怪しむような眼を向けるから聞けなかったのよね!】


 口に出す言葉と心の中の声が一致するジェーンに、カイラスは何故か強張った表情筋が解れる様な気がした。

 実際にカイラスは綻ばせ口角が上がっていたが、その様子をみたジェーンは【何その笑顔!可愛すぎる!】と心の言葉を浮かばせるため、カイラスはすぐ気を引き締めた。






 ジェーンはカイラスの部屋に招かれると、質素な程に何もない部屋の様子を見渡しながら、小さな丸テーブルに添えられた椅子へと腰を下ろした。


【嗜好品とかなにもないじゃない。もしかしてこの子、いじめられているの?】


 ジェーンはそう思ったが言葉にはしなかった。まずは情報を仕入れ、現状を把握することがなによりも大事であると考えているからだ。

 その考えは心の声を見ることが出来るカイラスには筒抜けだが、一度たりともカイラスを貶すような言葉を吐き出さないジェーンに、次第にカイラスも壁をなくしていく。


「この国の名前はアステリア王国。千年ほど続いている歴史ある国だ。王族はレギウス家が代々継ぎ、君はその中の第二王子であるシグルド王子殿下の婚約者として選ばれた」


「え、私が王子の婚約者?……でも私五才、よね?そんな早く婚約者を決めるの?」


 ジェーンは眉を顰め不満そうに告げる。


【今の年齢から王子の婚約者なんて、やっぱりこれ悪役令嬢物の転生?いや、でも私は憑依したから転生ではないわね】


 カイラスは“悪役令嬢”という言葉が気になったが、表情にはおくびにも出さなかった。

 気を引き締めたことで変わらない表情に、淡々とした口調。愛想がないと本来のジェーンが思うのも当然だが、小さい子供は黒目が大きく、皆可愛いと思っている今のジェーンは非難めいた言葉は何も思わない。

 それどころか不満を口にしながらも、ふと気づいたときには再びカイラスのことを可愛いと考えるものだから、逆にカイラスは顔を背けるように心の言葉を見ないようにしていた。

 実の親にも言われたことのない言葉を、嫌いだと思っていた人間の中にいる別人格に言われることが不思議であり、そして初めての言葉に気恥ずかしく感じるところがあったからだ。


「高位貴族ともあれば高い教養が必要になる。加えジェーンの相手は王族だ。侯爵家では学ばないようなレベルの教育を受けるためにも、子供のうちから婚約者を決めなければいけない」


「そういうもの、なのね……」


 ジェーンは目を伏せると腕を組んだ。

 人の部屋で物思いにふけるのなら自分の部屋でやってくれと思われるものだが、ジェーンの心の言葉を確認したいカイラスは咎めることをしなかった。

 ただじっと黙り込み、チラチラとジェーンを見ては心の言葉を盗み見る。


【……状況を整理するのよ、綾。まだ小説の中の世界とは断言できないけど、もし仮にそうだとしたら私は悪役令嬢として憑依したことは確実】


(……“綾”?何だこの言葉、線が多く、深い意味が込められているのか?だが文面的にそれも違う気がする……まさか名前か?)


【それにこの男の子、カイラス君と言ったけど、子供なら少しくらい浮かべる笑顔がない。そこに気にするような素振りは誰も見せなかったわ。しかもこの部屋、子供部屋としてはあまりにも不適切よ】


(!)


 カイラスはジェーンの心の言葉に目を通すとその考えに驚いた。

 ただ無邪気に食事をしていたわけでも、何の考えもなくカイラスの元に訪れたわけでもない。しっかりと周りから情報を集め、それをくみ取り推測する、今までのジェーンでは考えられない思考回路に、カイラスは無意識に胸を熱くさせた。

 自分の置かれる状況に目を向けてくれた唯一の人物に出会ったからでもあるだろう。

 カイラスはこの子なら、と少しだけ期待に近い感情を抱き始めた。

 そして、ジェーンだった者はもういないことを悟ったのだ。


【つまりカイラス君をジェーンはいじめていた。悪役令嬢物で定番はヒロインの略奪愛。カイラス君のこの見た目からして攻略対象であることも確実ね】


(俺が攻略対象?)


 攻略とは敵陣を攻め入り、勝利に導くための具体的な戦略を意味する言葉だが、ジェーン、いやジェーンに憑依した綾と同じ知識を持たないカイラスは、ヒロインが対象の男性に恋心を抱かせるという意味で発言したことまではわからなかった。

 その為、綾の言葉にカイラスは首を傾げるが、それを尋ねることは出来なかった。


【まだこの小説のタイトルを知らないけど、大体のストーリーは推測出来たわ。つまり私がジェーンとしてこれから平和に生きていくためには、カイラス君との関係は良好でなくてはいけない。……まぁ別に物語と関係なく関係は良好であるべきだけど。あと王子との婚約だってなくさないとね。さて、早速この部屋について色々言わないと!】


 ジェーンはそう決めると席を立った。

 「教えてくれてありがとう」と笑みを浮かべながら告げると、カイラスは少し照れくさそうに目を伏せ「別に……これくらい、なんでもない」と答える。


 別人に憑依された新しいジェーンはカイラスの心を掴んだ。口から出すその言葉と心の言葉が一致し、しかも綺麗だ。

 吹き出しの色もピンクで可愛らしく、汚いところなんて一つもない。そんな存在をカイラスは初めて見たのだ。加え、カイラスのことを貶さず、優しさが伝わる内容ばかりを考えていた。

 カイラスはジェーンを引き留めたかった。

だが


【まず執事のところに行かなきゃね!カイラス君の部屋改造計画!いざ出陣!ってね!】


 ルンルンと鼻歌交じりにスキップをするジェーンの後姿。その陽気な行動の裏に自分への思いやりが込められていると知っては引き留めたくても出来なかった。


(“綾”……その言葉がなんと読むか、いつか知れるときが来るだろうか……)


 カイラスはそんなジェーンの後姿を見つめ、唯一読むことすらできなかった文字を思い浮かべた。





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