刻まれた言葉でわかること
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それからジェーンは国中を飛び回った。
数か月後に控えていた筈の卒業式の日は既に過ぎた。本格的に訪れ始めた極寒期によって中止となり行われることはなかったが、そもそも最初から出席する予定もなかったジェーンは、学園から遠く離れた遺跡の中にいた。
様々な遺跡に訪れ、書かれている内容を読み上げ、それを記録していく。そんな毎日を過ごしていた。
だが、どこにも精霊の名を刻むものはなかったのである。
ジェーンは頭を抱えた。本格的に訪れてしまった寒波で既に国境は閉じられている。暖房器具の開発に必要な火の精霊の名は、もしかしたら他国であるアグニア国に行かなければ知ることが出来ないのではないのだろうかと、不安にさいなまれていたのだ。
例えクリスやアリス、そして国王をはじめとした協力者のお陰で、しばらくの間国民が飢えることがなくとも、次第に備蓄は底をつくだろう。ジェーンが知っている物語はあくまで一時しのぎの対策であり、生涯を約束するものではない。
作中にあった菊芋もその例だ。例え爆発的に増える食材であっても陽がなければ育たない。
ジェーンは最後である遺跡の内容に目を通すと、その場に崩れそうになる。だらんと力なく腕を下ろすも、次第に怒りが沸いた。
「………殿下、これだけ回っても遺跡には精霊の名が刻まれてはいません!一体どうすればいいのですか!」
ジェーンはわかっていた。シグルドにあたるのはお門違いだという事を。だが、それでも希望を裏切られたように精霊の名が記されていない遺跡調査が長く続けば、怒りが沸いても仕方ないことだった。
声を荒らげるジェーンの肩を、カイラスは静かに、だが力強く掴んだ。
「落ち着け、ジェーン。大丈夫だから」
「でもカイ!もうこれで最後なのよ!?精霊の名なんて一つもない!この遺跡にだって記されていなかったわ!」
カイラスの手に重ねられるジェーンの手はわずかに震えていた。それでもカイラスの手を離さないのは不安からか、ジェーンはぎゅっと力強く握っている。
「……遺跡にはなんと書かれていたんだ?」
ジェーンは涙を堪えながら、遺跡へと視線を戻した。ジェーン以外にはただの奇妙で複雑な模様に見える文字は、ジェーンの目には言葉として認識できる。
「……精霊の名前じゃなく、精霊が眠りについた理由よ」
ジェーンは震える声で、そこに刻まれた文字を読み上げた。
「“――もし汝ら、精霊の再醒と大地の救済を望むなら、始祖の遺せし『言葉』を捧げよ”」
「言葉を捧げる、……つまり今までの内容を繋ぎ合わせるとこうなるな。『かつて、世界は魔力で満ちていた。精霊の息吹は大気を巡り、人間はその恩恵によって魔法を使うことができた。しかし、人は私欲に狂い、精霊は怒り。長い眠りへとついた』これに今回の内容を繋げると、『人が再び私欲を捨て、精霊の目覚めと世界の救済を望むのなら、言葉を捧げろ』……殿下、なにか王家で伝わる言葉はありませんか?残した言葉が鍵ならば、禁書庫などに保管されている可能性があるかもしれません」
カイラスの言葉にシグルドは考えるも頭を振った。「すまない」と一言呟くと、その場は重い静寂に包まれる。
【…………結局、無駄足だったってこと………?】
【そんな言葉が記された書物など、……私は聞いたこともない】
【錬金術師に代替案を考えてもらえないだろうか】
三人それぞれの想いにカイラスは目を通す。こんな状況下でも前を向き、別の方法を模索するギルバードは放置しても構わない。そしてシグルドもこんな心強い護衛が傍にいるのならば、王である父に聞くなりしろと叱咤を飛ばしてくれるだろうとカイラスは期待した。
だが問題はジェーンだった。遺跡に刻まれた言葉があり、その言葉はジェーンしか読むことが出来ない状況下で、きっとなにかがあると期待したのだろう。だが現実はそうではなかった。
刻まれていた文字は確かに読めた。だがそれは極寒を凌ぐための必要な情報ではなく、ただの昔話。そして最初の人の言葉という謎が、更に混乱させる。それでも既に極寒期は訪れており、王都でも雪が降り続けていた。強い風がふいていないことから、雪は深々と降り積もるだけであるが、これから更に風は増し、作物はもう育てられる環境ではなくなるだろう。寧ろ王都以外の町や村では既に強風が吹きよせ、被害が出ている。ジェーンたちがいるこの遺跡も、外に出れば雪が横殴りで吹雪いていた。
カイラスはショックを隠し切れない様子のジェーンを支え、シグルド達の後に続き、遺跡を後にしようとした。
だがふと立ち止まる。
「カイ?どうし―」
ジェーンが急に立ち止まったカイラスを見上げた。だが、理由を尋ねる前にカイラスによって遮られる。
「あれは……文字か?前にジェーンが教えてくれた文字に似ている気がするんだが…」
そういってカイラスが指さした先を見上げれば、確かに文字が書いてあった。ジェーンがカイラスに教えた文字は前世の名前である“綾”という一文字だけ。その文字に似ているとカイラスが言っているが、そこにある言葉は一文字ではなく文章だ。
遺跡に通じる扉の枠に、模様のように刻まれている様子がジェーンの目にしっかりと移り込む。ジェーンはゆっくりと近づき、そして口を開いた。
震えるジェーンの声。だがそれでもしっかりと耳に届けられる声量から、これが最後の希望だとも感じられる。
どうか奇跡を起こってくれ。そのような期待に溢れながらも、最後はこれでいいのかという疑問が溢れ、ジェーンは首を傾げた。
「“最高管理者権限、認証、ログイン。魔力循環回路を最優先で接続――再起動、開始……”?」
まるでIT関係者になったような言葉選びであるものの、魔力循環という言葉は確かにファンタジーそのものだ。だが錬金術師はいてもIT産業革命などないこの世界では、文字の解明が出来ても、その意味まではわからないだろう。
そしてジェーンが読み上げたその瞬間、扉が光り出す。いや正確に言えば文字が刻まれた扉の枠が光ったのだ。
ゴゴゴゴと遺跡全体が地鳴りのような音を立てて震え出し、シグルドらは驚愕する。
古い遺跡のため、崩壊の危険があるのではないかとその場から離れようとするが、あまりの大きな揺れにその場から動くことすら出来なかった。
ジェーンが態勢を崩し、カイラスが受け止める。
だがカイラスもまた、激しい揺れに立ち続けるのが難しく、ジェーンを抱きしめたままその場に座り込んだ。
そんな中で光がジェーンに延びる。いや、正確にはジェーンとカイラスの背後にある遺跡に伸びたのだ。
「な、なんなの!?これ!」
「なにが起こっているんだ……!?」
「ジェーンッ………!」
「殿下!こちらへ!」
光は遺跡の中を白く照らす。あまりの眩しさに目を閉じた、その直後だった。




