憑依者は遺跡調査をする
◇
耳が痛くなるほどの冷たい空気が、冬のような寒さの森を支配していた。
風すらも凍りついたかのような冷気の中、ジェーンらは馬車から降り、雪を踏みしめる。ギュっという雪独特の足音が伝わり、ジェーンは白い息を吐き出した。
【平地だとまだ冬って感じなのに山では吹雪なのね】
【まだ夏なのに】
ジェーンは顔を上げ、巨大な石造りの門が佇む遺跡を見上げた。前の世界でよくゲーム画面に映し出されるような神秘的な光景が広がっている。そんな遺跡を肉眼で見ることが出来たジェーンは不謹慎ながらも素直に喜んでいた。
「これが………」
【遺跡かぁ……凄い】
そんなジェーンにカイラスが手を差しだす。
「転ばないよう手を繋ごう」
問答無用で手を繋いでくるカイラスにジェーンは首を振った。
「いい?雪道は手を繋ぐ方が危ないのよ?」
「じゃあ遺跡で迷わないように」
「どこの子供よ、皆についていくだけで道に迷うわけがないじゃない」
「じゃあ僕が泣きださないように」
「それは………仕方ないわね」
それこそどんな子供だとツッコミを入れたくもなるが、この四年間でシグルドもギルバートもジェーンとカイラスの関係にはすっかり慣れた。ジェーンもカイラスも基本常識人ではあるものの、弟だからかカイラスに甘く、カイラスも姉弟以上の感情を持っていることは目に見えてわかるために、これが二人の通常なのだと受け入れていたのだ。
そしてジェーンも成長したカイラスは更に魅力的な男性へと変貌し、懸命に心を揺るがされないように引き締めてはいるものの結局甘々だった。こうして年頃の男女が姉弟であっても仲良く手をつなぐことを許すくらいには甘々だった。
ちなみに一年の頃の懇親パーティーで起こった事件では、故意でシャンデリアを落とし、王族であるシグルドを負傷させたという罪でバーネット公爵令嬢を訴えた。やはり予想通り、知らないと否定するセリアに、錬金術師と交わした契約内容を証拠として突き付けると、流石に口を閉ざす。だが第一王子の婚約者という立場が災いし、思ったよりも重い処罰を与えることが出来なかったのであった。
だがそれでも、バーネット公爵家の所有する財産の半分を慰謝料として支払うことを処罰の案として提案したことで、バーネット公爵家は以前よりも大きな顔が出来なくなった。
少し軽い処分だったと悔やむシグルドだったが、今後の極寒期への対策費用としてあてることが出来るというシグルドの意図が伝わり「そのお金を国民の為の備蓄にあててくれるんですか?」と喜ぶアリスの姿を見れたことで十分満足したことは内緒だ。
護衛を引き連れた四人は遺跡の中を進んでいく。
薄暗い中、だがコケも虫もいない、それどころか何故か中は心地よい温度が保たれ寧ろ居心地がいい。静かな世界に足を踏み入れているという不思議な感覚を覚えながら、やっと古代語が書かれた場所まで到着した。
ジェーンは顔を上げ、壁に大きく刻まれている文字を見るなり目を見張った。
「どうだ?わかるか?」
なにかを期待するシグルドの声色。
「ジェーン?」
心配そうに尋ねるカイラスの声が続く。
ジェーンは見覚えのある文字にゆっくりと口を開くと、書かれている文字を読んでいく。
「“精霊の呼吸は世界を巡り、大気は恵みの魔力で待ちていた”“人間は世界に充満する魔力を使う事で、火を起こし、水を呼び、豊かに暮らすことが出来たのだ”」
その言葉が何を意味しているのかなど関係なく、“読める”か“読めない”かの返答としては不適切なものだったが、ジェーンの言葉にシグルドの目が輝いた。
「やはり読めたか!これで解読できなかった古代語の研究を進めることが出来る!」
【やはりって………、ていうか読めて当然よ。だってこれ“日本語”だもの】
ジェーンはそう思いながら呆然と日本語が書かれた壁を見上げていた。嬉々としたシグルドが高揚しジェーンへと近づくが、カイラスが繋いでいた手を引き寄せたことで、シグルドから距離を取る。そして訝しげな視線をシグルドに向けながら口を開いた。
「想い人がいる男が他の女性に近付くのはいかがなものかと……」
「………ただの友達と喜びを共有しあうことも私は出来ないのか?」
「ただの友達なら、早く婚約関係を破棄してもらいたいところですけどね」
「それはそなたらの親の問題を片付けなければならないと何度言ったらわかるんだ……」
頭を抱えるシグルドにカイラスは顔を背けた。何と言おうとジェーンに触れることは許さないと態度で示すカイラスに、シグルドは呆れながらも口角を上げる。
「まぁこれで錬金術師のいう回路へ刻む古代語を埋めることが出来るというわけだ」
「ですが私、どんな文字が必要かわかりませんよ?」
「それは聞いている。アグニア国の精霊の名だ。アグニア国の遺跡に行けば間違いなく見つけられると思うのだが………」
「行けるんですか?」
「難しいだろう。そこで時間はかかるが、我が国にある遺跡の文字を見て、精霊の名が刻まれているかを確認して欲しいのだ」
遺跡の中に欲しい内容があるかどうかの可能性は高くはなかったが、それでもジェーンは頷いた。
夏だというのに山はもう雪が吹き荒れているという事は、平地でもそのうち静かに降る雪が吹雪となるだろう。今は通れる国境も、様々な手続きや遺跡の調査の時間を考えれば、次第に閉じられてしまうことは考えなくともわかる。
文字がわかっても国に戻ることが出来なければ本末転倒であり、結局はシグルドの提案を引き受けるしかないのである。
【それに……作中になかった世界の設定が自分の行動でわかるなんて凄いことだもの……】
まるでゲームの中に自分というキャラクターがいるような感覚にジェーンは少しだけ喜びを感じた。ジェーンに憑依した時は文化も何もかも違うというのに、何故か普通に受け入れられていたからだ。自分がジェーンなのだと、だからカイラスにも綾ではなくジェーンを呼んでと言っていたのかもしれないとさえ感じる。
そんなジェーンだが、遺跡で古代語を目にした時は、まるで違った感覚に心が沸いた。本当にゲームの中に入り込んだのではないかと思えたのだ。
「ジェーン……」
カイラスはそんなジェーンをぎゅっと抱きしめた。まるでどこかに消えてしまうような不思議な感覚に、ジェーンを繋ぎ留めたくなったのだろう。
抱きしめられたことにジェーンは顔を赤く染め、ワタワタと慌てる様子を見てカイラスはやっと安堵した。




