共同経営者への依頼
手早く着替えた二人は、共同経営者であるクリスの元へと向かった。
街の中で一際大きく存在を主張する二人とクリスの店。 創業からが一年しか経っていないのにも関わらず、ここまで大きく店を構えることが出来たのは、ノンカフェインのコーヒーというコーヒーを楽しむことが出来なかった人たちの心を掴んだ商品自体の力もあるだろうが、家庭教師として広く人脈を作っていたクリスの力が大きかった。
二人は従業員に声を掛けると、クリスのいる執務室へと向かった。二人が経営者だという事を知っている従業員はお茶を持っていくことを伝えるがが、仕事中ということもあり丁寧に断る。
扉を開けると、忙しそうに書面と向き合うクリスの姿が視界に入った。
「………これはこれは、カイラス様とジェーン様ではありませんか。今日はどうなされました?もしかして新しい商品の提案ですか?」
クリスの口から出た言葉は、家庭教師だった面影をすっかり無くした商人の言葉だった。
二人が子供で学生という立場もあるが、経営を任せっきりにしている手前、そんなクリスに思う事はあっても伝える言葉はない。カイラスとジェーンは首を振り、否定しながらクリスの前まで歩を進めると真剣な表情を浮かべ話を切り出した。
「クリス先生、今日はお願いがあってやってきました」
「お願い、ですか?」
不思議そうに尋ねるクリスだが、心当たりなんてものは考えても思いつかず、手にしていた書面を置くと立ち上がる。
そしてデスクを挟み、向かうあうようにして設置されたソファへと腰を下ろすと「どうぞ」と二人に座るように促した。
二人が座るのを見届けると、クリスは「それで?」と続きを尋ねる。
「お金が必要なんです」
「お金、ですか?」
クリスは予想もしていなかったからか目を瞬いた。
確かに平民であれば、小遣いが足りずお金を求めることがあるかもしれないが、カイラスとジェーンは貴族。 決して少なくない小遣いを親からもらい、クリスとの共同経営で得ている収入が給与という形で個人名義に振り込まれているため、普通の貴族の子息令嬢と比べて遥かに大金を持っている。そんな二人には当然、資金の援助は必要ないと考えているのだろう。
だが、二人が求めるのはもっと大量の資金だった。
「はい。信じられないことかもしれませんが。……近いうちにこの国だけでなく、世界規模で寒波がやってきて極寒期が訪れるのです。ですから、今のうちに対策するためにお金を貸してほしいのです」
クリスは眉をひそめ、訝し気に二人を眺めた。極寒期という突拍子もない情報に、どこから得た情報なのかと、そんな信用するに値しない情報であることは教わらなくとも判断が付きそうな二人だからこそ、クリスは悩み考えた。
そして尋ねる。
「………それはどこから得た情報なんですか?」
まずは二人が得た情報がどこから来たものなのかを確認することにしたのだろう。だが、二人は首を振る。
「どこからも得ていません。僕たちがこの目で確認して判断したのです」
「君たちが?……それならば、その証拠を見せてください。話はそれからです」
カイラスとジェーンは互いの顔を見合わせると頷いた。そしてジェーンが話し始める。
「クリスさんは白化現象というものを知っているでしょうか?人間には感じることが出来ないわずかな変化でも植物たちは過剰に反応する」
「ええ。以前、海水温の上昇が問題になった時代、サンゴにそのようなことが起こったと文献で見た覚えがあります」
「サンゴだけではなく植物にもその現象は当てはまるのです。そして葉緑素を失い白くなった葉を、私とカイラスがこの目で見ました」
「………なんですって?」
驚くクリスにジェーンは構わず続ける。
「勿論これだけで極寒期が来るという証拠にはなりません。なんらかのストレスが植物に影響を与えたという可能性も否定できません。……ですが、それでも私は極寒期の可能性を無視できません」
「……そのように考える理由は?」
「……すみません。今はお伝えすることが出来ません。でも………信じてほしいのです」
感情に訴える様なジェーンの表情にクリスは思わず、隣に座るカイラスに視線を移した。だが、カイラスも同様に信じる以外ありえないという表情でクリスを見つめている。
思えばノンカフェインコーヒーを生み出したのもジェーンだった。二人の開発と話してはいたものの、後にカイラスに話を聞けば、ジェーンの名を出していたことから、クリスはノンカフェインコーヒーの発案者はジェーンであると認識している。
他の貴族令嬢よりも教養を受ける機会は決して多くなかったはずなのに、それにもかかわらず他の誰でもないクリスの教育を受けているカイラスにも劣らない知識量をジェーンは持っていたことをクリスは知っている。
だからこそ、あまりにも信じられない情報ではありながらも、信用してみようと考えた。誰にも教わっていない知識を持つジェーンが、まさにあり得ないくらい不思議な存在だったからだ。
「……わかりました。信じましょう」
そう告げたクリスに二人は喜ぶ。
「ですが!まずどれほどの規模を想定をしているのか教えてください。でなければお金を貸してと言われてもどれぐらい必要になるのか判断できません」
二人はクリスの言葉に納得すると、作品中の状況を簡単に伝える。勿論、この世界が小説という人の手で書かれた物語であることはカイラス以外には伝えていないため、あくまでも作品であったことは伏せて話した。
「まず気温が下がります。具体的な気温を伝えることは出来ませんが、川や海が凍り付き、雪が降り続け、流通が止まるレベルで冷え込みます。当然作物は育たないので、今は平穏な日を過ごせていてもいずれ治安が悪くなるでしょう」
クリスは思ったよりも壮絶な環境を予想するジェーンの言葉に困惑し、思わずカイラスへ視線を向けるも、カイラスは静かに頷くだけで何も言わない。
「極寒期はおそらく五年以内には訪れるでしょう。勿論その間でも気温は下がり続け、専門家をはじめとした人々が異変に気付きます。そして原因を突き止め公表すれば、商会や貴族たちはこぞって物資をかき集めるでしょう。その前に私たちも今のうちから確保しなければなりません」
【なんと……年数まで言い当てようとしているのか……】
「……その極寒期はどれぐらい続くのですか?」
クリスの問いかけにジェーンは眉間を寄せる。
【答えにくい質問ね……。でもかつての地球では氷河期は数万年単位でやってきたとなんかのアニメでいってたわ……それに番外編を読んでないけど作中でもずっと極寒期の状態だった……】
「……なにか画期的な対策や超常的な現象が起こらない限り、私たちが生きている間は続くかと思われます……」
「なッ!」
「ですから!早く動かなければならないと、こうしてお金を借りに来たのです!!」
驚愕するクリスにジェーンは遮るように話した。クリスは立ち上がりかけた体をソファへと戻すと、膝に肘を置き、頭を支える様にして俯いた。
「………正直、想像がつきません……生涯続くという言葉が本当であれば、資金はいくらあっても足りませんよ……」
【一生続く?事業資金を全部使っても持って数年。自足自給が出来なければ明らかに飢え死にだ。話を聞くと植物は育たない、そんな環境でどう飢えずに生きていくというんだ……】
「わかっています。ですからここからは、商品を売る、だけでなく長期保存が可能になるよう食品加工も同時に行っていかなければなりません」
【なるほど、保存食という事か。でもそれでも持って数年】
「防寒対策についても木材もいずれ底をつくでしょう。世界中の国や人々が欲するようになるものを、いつまでも手に入れ続けることは不可能ですから」
「食品加工はわかりますが防寒対策はどのように行うのですか?」
「ジェーンの婚約者である第二王子のコネを使うのです」
「ジェーン様の?」
クリスはちらりとジェーンに視線を向けると、不安そうに眉を寄せる。ヴァルモア侯爵家で家庭教師を行っていたクリスは、婚約者との仲が良好ではないことを察していたのだ。その為、コネといわれても本当に通用するのかと不安になる。
そんなわかりやすいクリスの視線にジェーンは苦笑した。
「不安に思われる気持ちもわかりますが、最近互いの誤解も解けて和解したんですよ。今では普通にお友達として仲良く過ごさせていただいております」
【その期間は短いけどね】
心の中で本音を呟くが、当然その言葉はクリスには伝わらない。
「良好な関係を築いているのなら……」とクリスは口にした。
「では、押し付けるようで申し訳ございませんが、クリス様は木材や防寒具、穀物等の長期保管が可能な食品を出来るだけ買い占めてください」
「お二人は?」
「僕たちは殿下にも同じ話をし、協力を仰ぎます」
二人は白紙の小切手帳を渡すと立ち去った。二人の今まで貯めてきた私財を自由に引き下ろせるような紙切れ。
急ぐ様に立ち去る二人にクリスは小切手を見つめながら苦笑する。
「私が悪用したらどうするつもりなんですか……全く」
だがクリスにはそんなつもりは一切ない。
二人の私財よりも先に自分の私財と事業のお金でなんとかしようと考えていた。
当然そんなクリスの心情もカイラスには筒抜けなわけだが、クリスは知らない。
クリスはこれから来る極寒期に天井を見上げ、深く深く息を吐き出したのだった。




